画面越しのエンカウンター
両眼が。
闇の中に灯った光を見つける。
光源……パイプ椅子の上に放置されているノートパソコン、その真上からひとつの電球がぶらぶらと揺れていた。
「…………」
腰の後ろ、九鬼正宗の引き金を引く。
音もなく。
指の尖端から足の爪先まで、蒼白の魔力線が引かれて流れていき、俺は周囲の魔力を窺った。
「…………」
アルスハリヤは、俺の中で眠っている。
あの性悪魔人であれば、強大な魔力を感知すれば喜んで顔を出す筈だ。だとすれば、周辺に俺の脅威と成り得る魔法士はいない。
そこまでわかりやすい罠を仕掛けなかったと考えるべきか、本当に友好を結ぼうとしているか……何れにせよ、この密室に独り閉じ込められている現状、なんらかのアクションは起こさなければならない。
そっと。
宙空を指で掻き混ぜる。
眼前の空間に仕込みがないことを確認し、腰の後ろに差した九鬼正宗の握り手の位置を調整する。
ノートパソコンへと指を伸ば――ログイン画面が表示され、咄嗟に俺は回避動作を取った。
「………………」
なにも起こらない。
見慣れたWindowsのログイン画面、急に恥ずかしくなってきた俺はラジオ体操をするフリをして羞恥心から逃れる。
再度、俺はノートパソコンへと人差し指を向けた。
パスワードの入力……JIS配列のキーの前で躊躇っていると、黒丸でマスクされたパスワードが自動的に入力されていく。聞き慣れた起動音と共にOSが起動し、デフォルトのデスクトップが表示される。
「…………」
俺は、天井と壁の四隅に目線を走らせる。
設置可能な場所に、カメラがあるようには視えない……となると。
「三条燈色だよ~!」
俺は、笑顔でノートパソコンのカメラに向かって手を振る。
反応はない。
両手の中指を立てたまま、笑顔で反復横跳びを繰り返す。その場で逆立ちしたまま開脚した後、バカらしくなって煽るのをやめる。
俺は、ノートパソコンの上端をつまんで、ちらりとその裏面を確認する。
『二忍が忍忍』と書かれたステッカーが貼られており、その持ち主を把握した俺はなにも見なかったことにした。
「おっ」
リモートコントロールで、画面上のカーソルが動いた。ブラウザが起動して、検索履歴に『エイデルガルト・忍=シュミット』、『忍法 使い方』、『ハニートラップ 糖度』といった文字列が表示される。
「…………」
やっぱり、エイデルガルトのパソコンかよコレ……アイツ、忍者の癖に自分のことエゴサしてるし、忍法の使い方をグーグル先生に教えてもらってる上にハニートラップのことをデザートかなにかだと勘違いしてる……。
自動で、検索欄に文字が打ち込まれる。
「…………」
俺は、無言でバックスペースを押し込んだ。
だーっと、せっかく打ち込まれた文字が消えていき、数秒の沈黙の後、またタカタカと文字が打ち込まれていく。
俺は、バックスペースを押し込む。
沈黙、打鍵。
バックスペース。
打鍵。
バックスペース。
打鍵。
バックスペース。
打――バックスペース。
バックスペース。
バックスペース。
バックスペ――部屋に飛び込んできたエイデルガルトは、右手で俺の手首をもって左手を背中に回し、自身の右手首を左手で持つことでアームロックをかける。
「がああああ」
俺は、悲鳴を上げる。
「痛っイイ!! お……折れそう~~!!」
ボキリと音がして、俺の手首がぐにゃりと曲がる。
「がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! また、折りやがったこの女ぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「それ以上いけない」
「遅ぇえんだよぉッ!! 制止が遅刻しちゃってるよぉ!!」
俺の手首が折れてから止めに入ったスノウはエイデルガルトに捕まり、すごすごと部屋の外にまで追い出され、俺は泣きながら手首の治療に当たる。
「この世界に百合がなかったら致命傷だった……」
改めて、俺はノートパソコンに向き直る。
もう悪ふざけはしないと誓った俺は、ようやく動き始めたカーソルに視線を注ぐ。検索欄へと辿り着いて、カタカタと文字列が入力されていく。
カチッと音がして。
ページが移り変わり、有名な動画投稿サイトが映し出される。
配信中。
一件のライブ動画が映り、限定配信らしいそこには『視聴者数1』の文字が踊って、真っ黒な画面が眼前に広がった。
無音、暗闇。
シーンとした音なき音が鳴り、耳孔の中で血液が流れる音色が響いた。
コントロールされている。
俺は、現在、この場で画面を見つめるという行動を取らされている……主導権は華扇にある……原作通りであれば……いや、前提知識は余計な雑念になる……待つしかない……。
俺は、両手を空けたまま、無手でお相手を待ち惚ける。
安っぽい例えだが、巌流島で佐々木小次郎相手に新免武蔵が仕掛けた策のようだ。武蔵は小次郎を約2時間も待たせたらしいが……そもそも、この巌流島での決闘について、武蔵の自著には一行の記述すら遺されていない。
果たして、俺にとっての武蔵は来るのか、その自著に俺の名を遺すつもりはあるのか。
1分、10分、30分。
体感で40分ほど待たされてから、唐突にOPが始まった。
可愛らしいアニメキャラクター。
長髪のツインテールを揺らしながら、白雪姫、シンデレラ、人魚姫に赤ずきん……有名な童話の仮装をした彼女は、笑顔を振りまきながらアニメーションを流し、画面が切り替わると同時に3Dモデルが表示される。
赤と青のオッドアイ。
宮廷ドレスを模したネイビーカラーのゴスロリファッション、耳からは十字架のイヤリングがぶら下がり、逆時計回りで回転している懐中時計が胸に埋め込まれており、その両腕はデフォルメで白骨化されていた。
『は~い、皆、おっすうっすち~っす!』
おどけながら敬礼して、3Dモデル姿の彼女は――
『今日も今日とて、カオーちゃんの定例雑談配信始めっぞ~!』
三条華扇は、俺へとウィンクをした。




