封印する者、執行する者
俺は、口端を曲げる。
「スコア0の男性は、封印執行者としてこの上なく適切であると言い切れる」
人差し指と中指で。
次々とかかってくる着信を拒否している学園長は、億劫そうに腕時計を確認した。
「なぜなら、スコア0の男性はなにをしようとも0であるから。1になることはない。魔人を倒そうと世界を救おうとその他諸々の一大スペクタクルを巻き起こそうとも、誰も貴方のことを1にしようとは思わない」
「不存在とは、決して存在にはならない無所属者……エスティルパメントのように、敵も味方もいない孤立の覇者ですか」
「そうそう、そのとおり。この世界におけるスコアとは人間の存在証明であり、そのスコアをもたない存在は幽霊として取り扱われる。なにをしようとも、その履歴が遺ることはなく、時間の流れが滞ることもない」
「なぜ?」
「…………」
背もたれに全身を預けて、彼女は数回の瞬きに思いを馳せた。
「思えば、この世界は貴方のような存在を求めてきた……男性でありスコア0でありながら、魔人でさえも打ち倒す存在者を……仕組まれた英雄……糸括りの電気人形か……わたしは、アステミル・クルエ・ラ・キルリシアこそがそうであると思っていたけれど……なるほど、そうか……」
「悦に浸ってるところ悪いんですが、俺が断ることを想定してはいますかね?」
「三条燈色くん、わたしが思うに貴方は断らないと思うよ」
彼女は、指を立てる。
「なぜならば、貴方は賢いから。カルイザワや魔法合宿での戦いが表に出ることは想定していただろうし、その後、わたしに呼び出されてこういった話を持ちかけられることすらも念頭に置いていた。
そうであるならば、封印執行者の特権についてもご存知の筈じゃないのかな?」
肩を竦めて、俺は首を回した。
「魔人討伐のためであると証明出来る場合、封印執行者には超法規的措置が認められる……過程は問わず結果のみ。強盗だろうと殺人だろうと倫理を問わぬ行為を働こうとも、俺に逆らえる者はいなくなるわけだ」
「朗々と正しいわね、暗記したみたいに。
ただし、枕言葉に『魔人討伐のためであるならば』、とつく」
「また、大概の我儘も七面倒な承認なしで通る。はんこ要らずで楽ちんだ。
そうですよね?」
微笑をたたえながら、学園長は首を縦に振る。
「封印執行者のメリットは、およそ計り知れない。この世のすべての欲望を煮詰めて抽出したような欲深でも、封印執行者になれば『これ以上は要らない』と口にするでしょうね。それに、魔法協会からその身の安全が保証される」
「実にわかりやすい脅しだ」
「わたしは、こんなちゃちな脅迫よりも、的確で適切で敵対せずして目的を満たす手段を知っているし、現在、この場でお披露目することも出来る。
飽くまでもわたしは、乞われて這い出た八百万のメッセンジャーであり、一生徒を案じる学園長なのよ」
疲労の滲んだ目つき。
メイクでは隠しきれていない隈の上で、無感情な眼差しがこちらを捉えて捕縛しようとしていた。
「受けなさい、それが最善よ」
「やめておけ」
出現したアルスハリヤは、学園長のコーヒーをすすりながら首を振った。
「こちらに得がない。わざわざ、封印執行者なんて鎖をつけられなくても、いくらでも魔人殺しくらいは愉しませてやる。
『封印執行者』なんて肩書き、芳醇なコーヒーに香り付けするようなものだ」
アルスハリヤを無視して、俺はニタニタと笑う。
「俺は」
足を組んで、足先を揺らす。
「魔人の討伐しかしない。封印は結構だ」
「非効率的ね。
エスティルパメントほどの実力者でも、封印という手段にこだわるのには相応の理由がある。大元の魔神を潰せない以上、魔人討伐は徒な挑発にしかならず、魔神復活の時期を早めることにしかならない」
「だから、そう言ってるでしょ」
俺は、天井を見上げてささやいた。
「百合を護るために魔神を滅ぼす」
「無理よ、神は殺せない」
「だが、ありとあらゆる神話で神は神に殺される」
視線を漂わせて。
ぼんやりと、視界に映るすべてを捉える。
「この世のすべてを俯瞰し、掌握する存在を神と呼称するのであれば……そうであるなら……」
俺は、気怠さを口から吐き出し――微笑した。
「回答は、保留させてください」
静かに、学園長は頷いた。
「やれやれ、ココまで、君が阿呆だとは思わなかったよ」
ふよふよと。
俺の隣を浮いているアルスハリヤに嫌味を言われ、歩きながら窓の外を眺めていた俺はあくびをする。
「お褒めに預かり光栄だね」
「保留なんて言ってたが、あの申し出を受けるつもりなんだろう? 封印執行者になって、君になんの得がある?」
「美少女同士をデートさせられる」
「バカが。
良いか、僕の完璧な計画で民意はこちらに傾きつつある。魔人であるということが魔法協会にバレていようとも、その事実で脅されようとも、こちらにはアステミルも劉もいる。ヤツらを上手く使えば、協会は手どころか舌も出せない」
「そんなことくらいはわかってる。
この後、魔人・三条燈色の強化を図るという体で、神聖百合帝国とアールスハリーヤ教の拡充まで成し遂げるのがお前の計画だろ」
「そうだ、そして君の脳は破壊される」
俺の飛び膝蹴りが、アルスハリヤの顔面を捉える。
「思いっきり、尻尾、出しちゃったねぇ!!」
「うるさいなぁ!! いちいち、人の趣味に膝を出すなよ!!」
「そんな、思春期の中学生が母親を邪魔者扱いするみたいな……つーか、お前、なにが『魔法合宿中は消えてたから無罪』だ。お前は消えてたかもしれないけど、俺の脳と心についた傷は決して消えたりしねーよ?」
「クロエの唇の感触も消えたりしないからな?」
そっと、俺はアルスハリヤの首を引き戸のレーン上に置く。
思い切り、引き戸を引いた瞬間、簡易式ギロチンでアルスハリヤの首は千切れて吹っ飛んだ。
「処刑のレパートリーの豊富さに愛を感じるね」
「黙れ、俺の憎悪にまみれて死ね」
コロコロと。
生首になったアルスハリヤは、転がりながらついてくる。
「魔人とやり合うなら、封印執行者の特権は役に立つ。なにかと便利だし、寝起きのエスティルパメントとやり合うような羽目も避けたい」
「だが、君は魔人だ。
魔人討伐を続けるということは、いずれ魔神復活の引き金を引くことになる。そうなった場合、魔神と人間の戦いは避けられずに君は――」
「端からそのつもりだ」
少し開いた窓から、歓声が聞こえてくる。
運動部がレクリエーション形式のミニゲームをしているらしく、汗を流しながらグラウンドを駆け回っていた。
「やれやれ、それに付き合わされる僕の身にもなって欲しいものだね。まるで、オタクな彼氏に付き合って、興味のないカードショップに付き添っているような気分だよ。
この慈愛の精神、まさに大天使だな」
「勝手に押し入ってきた分際で文句言うなよ、大悪魔」
「……こんなことなら、どんな手を尽くしてでも、あそこで七椿の首を落としてロザリー・フォン・マージラインと家庭でももたせてやればよかったな」
「聞こえてんぞ、オラ」
俺は生首を蹴飛ばし、ほくそ笑んでいる彼女は階段を転げ落ちていく。
「まぁ、君は君で好きに動けば良いさ。
自由意志を持つ一個人として、僕も僕で好きなように蠢くようにするよ」
「蠢くな!! 死ね!! 死ね、死ね、死ね!!」
壁際に追い詰めて蹴りを浴びせていると、二人組の女子がひそひそ話をしながら足早に俺の後ろを通り過ぎていった。
ポケットに両手を突っ込んで。
生首を抱えたまま本校舎の外に出ると、見覚えのある姿が目に入ってくる……鳳嬢の制服を身に着けたエイデルガルトは、紙パックの牛乳を片手に手を振った。
「待ってたわ、ダーリン」
「待たないで、ハニー」
手慣れた手付きで、エイデルガルトは制服の第2ボタンを引きちぎる。
「いけない、胸が大きすぎてボタンが弾け飛んじゃったわ。
制服が小さすぎたのかしら?」
「大きすぎたのは腕力で、小さすぎたのは脳みそだね」
「大変よ、燈色さん。このままでは、燈色さんの視覚上に、わたしの水色の下着が表示されてしまうわ」
「大丈夫、俺の眼球ディスプレイ上では表示拒否だから」
エイデルガルトは、思い切り地面を蹴りつけ、俺の胸に飛び込んできて――
「ゲボァ!!」
彼女の頭頂部が、俺のみぞおちに吸い込まれる。
悶絶して転がっていると、エイデルガルトは上目遣いでぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「いけない。ころんじゃったわ。だいじょうぶ。ひいろさん。けがはない。って。きゃー。わたし。ぱんつ。みえちゃってる。もお。ひいろさんのえっち」
「…………ッ!!」
手足をバタバタさせて、苦悶を逃しているうちに、すくっとエイデルガルトは立ち上がった。
「燈色さん、貴方、興奮してるわね?」
「エイデルガルト、お前……」
エイデルガルトは、ズコココと牛乳を吸い込み――
「ハニートラップか?」
勢いよく、鼻から牛乳を吹き出した。
「なにを言っているかわからないわね」
「すげぇ、鼻から牛乳垂らしてるのに美少女だ……」
ぽたぽたと。
鼻から牛乳を零しているエイデルガルトは、陽光に照らされ輝く髪を掻き上げる。
「とりあえず、ホテルに行きましょうか」
「両鼻から牛乳垂れ流しながらホテル誘うなよ」
「わたしは、一流の忍者よ。一流は、瑣末事を気にしたりしないの」
「その謎の自信、牛乳と一緒に鼻から流し去っちまえよ」
「当然、一流たるもの房中術も自己学習でマスターしてるわ。そんじょそこらのセクシーとは、一線を画していると言っても過言ではないわね」
「不安しかないその自己学習方法はさておき、お前に聞いておきたいことがあったんだけど」
牛乳を拭っているエイデルガルトへと、俺はささやく。
「なんで、Qはわざわざ自動訓練人形なんて使った?」
一瞬。
エイデルガルトは動作を止めてから、ゆっくりと動き出しハンカチを胸元に仕舞う。
「……なんの話かしら?」
「自殺呪詛だよ。
初回の襲撃時、Qは自動訓練人形を使って俺を襲ってきたが、自身で人形を生み出せるQが、わざわざ鳳嬢の自動訓練人形を使う意味があるのかと思ってな」
「操っていたクロエ・レーン・リーデヴェルトを犯人だと思わせるための布石でしょう?」
「だとしたら、間接証拠ではなく直接証拠を残すべきだ。その布石の敷き方は、どちらかと言えば、犯行者を特定させないための動きだろ?」
「つまり?」
「Qとは別の犯行者がいる」
口端を曲げた俺は、牛乳パックを握り込んでいる彼女を見つめる。
「魔人にお詳しい俺の知る限り、自殺呪詛はQが即座に思い当たるような分野じゃない……あぁ、そういえば」
俺は、指を鳴らす。
「黒砂が言ってたが、三条家は呪詛を得手とするらしいな」
ランニングで駆けていく鳳嬢生を横目に、俺はエイデルガルトから牛乳パックを取ってゴミ箱に放り入れる。
空の牛乳パックが、ゴミ箱に入って――
「三条霧雨か、三条華扇か、どっちだろうな?」
さり気なく、エイデルガルトは俺の小指を握り込んだ。
「折るわ」
「待て待て待てぇ!! お前、展開が早いんだよ!! なにそれ、お前、クロの人間の動きだよ!? 俺の骨、ポッ○ーかなんだかと思ってない!?」
小指を握り込んだまま、エイデルガルトは進み始める。
「……どこ行くの?」
「ホテル」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 犯されるぅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!」
必死の形相で抵抗する俺の小指を掴み、彼女は圧倒的なフィジカルで俺を運び始める。泣き叫びながら助けを求める俺の声は誰にも届かず、座り込んで逃れようとするが引きずられる。
「おねえちゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! おねえちゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!」
「無駄よ、劉は戦場にいるわ」
強制連行されていく途上。
胴体を取り戻したアルスハリヤは、地面に両肘をついてニコニコとしていた。
「アルスハリヤァ!! アルスハリヤァ!!」
ニコニコ笑顔で、アルスハリヤは首を振る。
「アルスハリヤァ!! アルスハリヤァ!! 首振りアルスハリヤァア!!」
「燈色さん、貴方、興奮してるわね?」
学園から連れ出された俺は、道行く人たちに救助を求めようとし――
「……なにしてるんですか?」
買い物帰りらしい白髪メイドに発見される。
「スノウ!! スノウ、助けてくれ!! スノウ!!」
「ははーん、こいつはどうやら危機的状況というヤツですね。主人にどれだけ危機が迫っても、可愛いお目々をつむっちゃうスルースキルの高さに定評のある私ですが、夕飯が余っても困りますのでお助けしましょう。
エイデルガルト様、そこのアホ主人とどちらへ? 回答次第では、従者たる私が容赦しませんよ」
「ホ」
「同行しましょう」
「いやぁあん!! 即オチ1文字ぃいん!!」
俺の両足を持ったスノウは、えっさほいさと俺を運び始め、声を張り上げる俺の口に大根が突っ込まれる。
そのまま、ふたりの手で、俺はホテル街へと搬送されていった。




