断罪の歓談
鳳嬢魔法学園を牛耳る鳳皇家の現当主、本学園の学園長を務める傑物――鳳皇羣苑。
三寮戦後、寮長と訪れて以来の学園長室。
鷲、獅子、一角獣。
三寮を象徴する三体の獣、その中央に君臨する鳳凰。
四つのモチーフを円形の紋章として型取り、見せつけるかのように後方の壁を飾り付けている。その紋章を後背に背負う形で、羣苑はワインレッドのレザーチェアに腰掛けていた。
「久しぶり~、どう元気してた? 三寮戦の後のご褒美以来だよねぇ? なんだか、ちょっと太ったんじゃない? いやいや、学生たるもの肥えてなんぼのものよ。若い時に食べておかないと、ほら、将来的に歯がなくなったら美味しいモノも食べられなくなっちゃって損した気分になるでしょ?」
相変わらずのマシンガントーク。
胸元の開いた白シャツにタイトスカート、バリバリのキャリアウーマンを思わせる風体で学園長は俺を指で招き寄せる。
「ほれほれ、こいこい、もっとちこうよれよ若人よ。そんな、貴方、こんなおばさん相手に緊張してどうするのよ。まぁねぇ、わたしだって人間だもの、昔はもうちょっと若くて美しい時期もあったけど、まぁなんていうか、寄る年波には勝てぬってヤツで娘のつやつやお肌が羨ましくなっちゃうわよ」
「……いや、おばさんには視えませんが」
本心からそういうと、彼女は笑いながら俺に椅子を勧めてくる。
お付きの秘書がソファーを掌で指し、その勧めに従う形で俺は腰を下ろした。
「で、なに飲む? ビール? ワイン? レモンサワー?」
「とりあえず生で」
「よし、生一丁!!」
「……学園長」
秘書の圧に敗けて、学園長は笑いながら「冗談冗談」と手を振った。
「それで」
俺は背もたれに身体を預けて足を組む。
「ご用件は?」
「あはははは、そう威圧することはないのよ。大した話なんてすることないんだから。ただのねぇ、ほら、一学園長と一生徒の世間話? コミュニケーション? ママ活? みたいな感じだから?
ねぇ?」
同意を求められた秘書は、苦笑しながら肩を竦める。
「…………」
組んでいた足を戻し、俺は前のめりになってから微笑する。
「学園長、失礼ながら俺も忙しい身でしてね。トゥービジーなわけですよ。スケジュールがギチギチのギチに詰まってますから、とっとと用件をお聞きしたいですね」
「あれ? 三条燈色くん、暇だったって話よね?」
「はい、お付きの従者の方にタイムスケジュールを確認いたしました」
有能そうな学園長の秘書は、画面を広げる。
「昨日は、午前9時から午後6時まで、連続で二枚裏返したカードの絵柄を確認し、女性同士の属性カップリングが成立すると自分のものに出来る『百合神経衰弱』をひとりでプレイしており、本日の早朝から地味女✕アイドルが成立するかどうかの街頭アンケート調査を行っていました。
本時刻までにアンケートに回答したのは、サクラであるお付きの従者一名のみです。調査時間の累計は約10時間にも及びます」
「あら~、それは暇そうねぇ~」
「………………?」
どう聞いても、多忙究めてるが……?
「夏休みを満喫していそうで実に結構結構。学生なんてもんは、犯罪以外だったらどんなことにでも時間を使っても良いのよ。若くて健康で無謀でいられるのは、ちょうど、それくらいの時期しかないんだから。
で、その青春極まる夏休み中、三条燈色くんは魔法合宿にも参加しましたと」
まぁ、学園長が俺を呼び出すとすればその件だわな。
薄く笑って、俺は頷く。
「大変だったらしいわね~、なんだかわんさか魔人が湧いたって? 三条燈色くんも戦闘に参加して、千切っては投げ、もぎっては投げの大暴れだったらしいじゃないの?」
「記憶にございませんね」
学園長の視線に促されて、秘書の女性は俺の眼前に画面を展開する。
蒼の寮に設置されていたらしい監視カメラに映った俺の姿が映り、ものの見事に戦闘場面も捉えられていた。
「記憶にはございなくても、記録にはございますね……残念だけど」
学園長は苦笑する。
「三寮戦に続いて、大活躍じゃないの。
三条燈色くんったら、カルイザワにも行ったんだって~? どちらでも貴方が躍動する姿が映り込み、しかも、怪我する場面も大写しになってる」
にこりと、彼女は微笑む。
「病院は? どこに行ったのかな?」
「さてね、病院は嫌いなんで忘れましたよ。
なにせ、若いんで、足繁く病院に通うことなんてありませんので」
「あはははは、どんなに高名な医師でも万能でもなければ神様でもないんだから。大半の医師が重傷と診断するに値する傷病が、この数コマで完治するなんてことは有り得ないでしょーが」
「なら、フェイク映像だ」
「いやいや、どちらかと言えば、三条燈色くんの身体が偽物じゃないの?」
笑い合いながら。
俺と学園長は、真正面から見つめ合う。
「それはさておき、三条燈色くん、この世界が未曾有の危機に陥っていることを貴方は知っているでしょうか?」
「インフルエンザでも流行ってますか?」
「世に巣食う死病だよ」
肘を突いた学園長は、さっきから鳴り響いている着信を片っ端から切断して多忙から耳を切り離す。
「立て続けに魔人が復活している……つまり、コレは六忌避の掟が意図的に破られたことを意味し、一柱だけでも手がつけられない魔人が野放しになっていることを示唆しているわけね」
「人間の裡側には、蓋が出来ない。
つまり、六忌避なんてモノはただの飾りで、何時までも避けて歩くことは出来ないっていうことでしょう?」
「だとしても異常なのよ。わたしをお守り代わりにしているお偉方が、安眠をねだってお電話してくるくらいにはね」
学園長は、綺麗な顔をしかめてため息を吐いた。
「そしてついに、魔法協会はエスティルパメント・クルエ・ラ・ウィッチクラフトを起こすことを検討している」
「……正気ですか? 自国に向かって、核を撃つようなモノでしょ?」
「まぁそうなんだけどね、現在、エスティルパメントは現異連合が管理している。要は、現界と異界の主要国家が集って、核兵器もどきの動向に目を白黒させてるわけでね。エスティルパメントを起こす場合は、参加国の3分の2の投票が必要とされるし、どこで叩き起こすかも平和的に投票で決定されるわけだ。
そして、どこでエスティルパメントと魔人たちをやり合わせるかも、平和と安全保障の名の下に決められる」
話を聞きながら、俺は心中で舌打ちをする。
聞きすぎている……いつの間にか、自然に渦中に巻き込まれ始めている……一学生相手に話すような内容ではない……ということは、この後の展開にも予想がつく。
舌打ちを抑えながら、俺は舌を動かし始める。
「なにもエスティルパメントを起こさなくても、魔法協会には祖の魔法士がいる筈でしょ?」
「何事にも思惑と利権が絡む。魔法協会は現界の組織だからね。
例えば、最も癖がないアステミル・クルエ・ラ・キルリシアは異界の神殿光都に所属しており、彼女の手で魔人が倒されてパワーバランスが崩れることを協会は望んでいないし、神殿光都もまた自国を脅かさない脅威に彼女を使わせるつもりはない」
「んなこと言ってる場合かよ……」
「残念だけどね、国家間の思惑と利権争いがなければ戦争もまた存在していない筈なのよ。
そういう面倒事を避けるために、この世界は『封印執行者』という存在を求めたわけで……実際、現異連合が投票で戦闘場所を決定したとしても、どんな国家、組織、団体にも所属しない封印執行者は個人としてその決定に従う義務がない」
「要は、日本で戦えと現異連合に命令されたとしても、バルト海あたりでクルーズ楽しみながら魔人をぶっ殺しても良いわけだ」
正解だと言わんばかりに、学園長はコーヒーが入ったカップを持ち上げる。
「なら、とっとと、エスティルパメントの枕元に目覚まし時計をセットしに行けば良い」
「残念。わたしは、ついさっき、その行為を『検討』と銘打ちました」
彼女は、カップ上を這っていた人差し指を伸ばして――俺の胸元を指した。
「世界は、英雄を求めている」
「軍国主義のプロパガンダですか?」
「三条燈色くん」
鳳皇羣苑は、コーヒーをすすりながらささやいた。
「貴方が、封印執行者になりなさい」