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お見合い同時進行ムーヴメント

 創業文政七年の料亭――『葉月楼』。


 砂庭式枯山水を望める日本庭園、白砂による砂紋でわびさびを表現し、蓬莱山と呼ばれる方丈石の組み方によって道教の思想をもととする。


「…………」


 岩と砂で山水風景を表現した庭園を望みつつ、本場結城紬の着物を着せられた俺は、大量の汗を流していた。


 雲取りに、松、橘、桜、楓、女郎花に桔梗……綸子生地に金駒刺繍が入った着物を纏ったクリス・エッセ・アイズベルトは、本べっ甲の螺鈿らでんかんざしで白金髪プラチナブロンドをまとめ、淡く色づいたうなじを晒していた。


 ちょこんと。


 姉の隣に腰を下ろしたミュール・エッセ・アイズベルトは、雪輪に吉祥草花の正絹着物に身を包み、その淡いライトブルーの色合いにてられたかのように大人っぽい雰囲気で正座していた。


 クリスと比べて長さのある白金髪プラチナブロンドは、八輪菊梅のコームでゆるくまとめられており、愛らしく肩口を流れている。


 その姉妹の隣で、ディオールのジャケットを着込んでいるソフィア・エッセ・アイズベルトは余裕の笑みを浮かべていた。


 目を閉じていた俺は、アイズベルト家が座る左方から右方へと目を移す。


「…………」


 最高級の丹後駒無地。


 青藤鼠に琳派四季草花が咲き乱れる振り袖を着たオフィーリア・フォン・マージラインは、牡丹かんざしで美しい金髪を彩り、可愛らしい雰囲気から一変して傾国の辨天べんてんへと様変わりしていた。


 我らはチームだと言わんばかりに。


 姉妹でお揃いの着物に身を包んだレイディ・フォン・マージラインとシャル・フォン・マージラインは、満面の笑みを崩さず対面のアイズベルト家に威嚇を続けており、後ろに控える形で巨大なカツラを担った父親ヨルンが座していた。


「…………」


 睨み合うアイズベルト家とマージライン家。


 その両家に挟まれる形で、だくだくと冷や汗をかいている俺は、深呼吸をしながら右と左に目をやった。


「…………」


 右隣には、真っ黒なスーツに手袋。


 臨戦態勢の(リウ)悠然ヨウランは、かつて三寮戦で戦った時以上の殺気をもって、俺の直ぐ隣で両家をめつけていた。


「…………」


 左隣には、純黒の礼服と聖典。


 愛くるしい笑顔を浮かべているキエラ・ノーベンヴァーは、ニコニコとしながら呑気にお茶をすすっている。


 そして、俺の背後で、アルスハリヤが笑いすぎて過呼吸を起こし冷たくなっていた。


「…………」


 なんで……なんで、こうなった……?


 アールスハリーヤ教徒を加えた神聖百合帝国の懇親会と聞かされて、半ば無理やり連れてこられた俺は、腕を組んだまま汗を流し続ける。


 美味いものを食わせてやると言われ、ウキウキで来たらギロチン台に首をセットされた……そんな気分で、真顔の俺は静止している。


「それでは」


 神託を告げる巫女の如く。


 ぱたんと聖典を閉じたキエラは、笑顔で左方をした。


「お時間となりましたので、まずは、アイズベルト家の皆様方から自己紹介を」


 綺麗な所作で、クリスは頭を下げる。


「クリス・エッセ・アイズベルト、です。

 そちらの三条燈色のこ、こ、こ……」


 もじもじとしながら、真っ赤になった顔を下げたクリスは蚊が鳴くような小さい声でささやいた。


「婚約者です……」

「はぁん!? 婚約者ぁん!?」


 両目を見開いたお嬢は、あんぐりと口を開けて俺を見つめる。


「こ、ここここんにゃく者ってなんですの!? ヒイロ様とこんにゃくしてるのはわたくしの筈ですわよ!? そこの御方は、なにをこんにゃくしてますこと!?」

「こらこら、オフィーリア、落ち着くんだ。滑舌が悪すぎて、セリフの殆どがサトイモ科の植物で占められてしまっているよ。

 ほら、お茶を飲んで」


 お嬢は、ごくごくとお茶を飲んで――


「わたしは、ミュール・エッセ・アイズベルト! ヒイロの婚約者だ!!」


 勢いよく吹き出した。


「し、姉妹同時に……?」


 信じ難いモノを見る目で、マージライン家の女性陣に見つめられて、虚ろな目をした俺はニヤニヤと笑った。


「ソフィア・エッセ・アイズベルトと申します。

 このふたりの母親で」


 ソフィアは、しなを作ってぽっと頬を染める。


「燈色くんの婚約者です」

「テメェ!! ただでさえややこしい事態を更にややこしくするんじゃねぇ!! ひと足お先に、墓石の下に叩き込むぞ!!」

「お、お兄ちゃん、どこまでストライクゾーン広げるの……?」


 ばたーんっと倒れたお嬢は、カニみたいにぶくぶくと泡を吹く。


 すっとふすまが開いて、マージライン家の従者たちが入って来るなり、手慣れた手付きでお嬢の復帰作業を終えてから退場する。


 あっという間に再起動を終えたお嬢は、わなわなと震えながら、ぶんぶんと人差し指を上下に振り回した。


「よぉく、お聞きなさいアイズベルト家とやら!! わたくしは、オフィーリア・フォン・マージライン!! かのマージライン家の次女で、ヒイロ様と愛を誓い合いながら魔人七椿にトドメを刺した立役者!! しかも、ヒイロ様とは幼馴染でお嬢様言葉でお将来を誓い合った仲ですわぁ!!」

「お姉ちゃん、いけない!! それ、全部、負けヒロイン要素だ!!」

「オーホッホッホ!! アイズベルト家ぇ!? ちゃんちゃらおかしくて、おヘソでお紅茶が沸きますわぁ!! わたくし、お紅茶はアールグレイが好きで、おカップを持つ時は小指を立てるんですわよぉ!!」

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 小指を立てる仕草、マジで高等遊民ぅんんんんんんんんんんんんん!! こっちに小指立ててぇえええええええええええええええええええ!!」


 ノリノリで俺に小指を立てるお嬢と感涙する俺。


 クリスに殺気を飛ばされミュールに舌打ちされソフィアに中指を立てられた俺は、静かにペンライトを懐に仕舞った。


「マージライン家だかこんにゃくだか知らんがなぁ!!」


 袖をまくったミュールは、長机に足を叩きつけて凄む。


「燈色が、アイズベルト家に嫁ぐことは決まってるんだ!! どういう気の変わりようがあったかは知らないが、今更、『実はヒイロ様を愛してますの!』なんて言われて『はい、そうですか』なんて受け入れられるか!!」


 あたかも、紋所を突きつける水戸○門のように。


 ミラノ土産であるハロー○ティのキーホルダーを出した寮長ミュールは、ニヤリと笑った。


「わたしは、燈色のためにイタリアンマフィアと交渉してハロー○ティのキーホルダーを買ってきたんだぞ!! 凄いだろ!! 他にも、なんか龍が巻き付いてる剣のキーホルダーとか、『ミラノ』とか書かれた木刀とかあったけど、ご当地限定ハロー○ティを選んだわたしのセンスはずば抜けてるだろ!!」

「あら、可愛いキーホルダー……わたくしも、ご当地限定ハロー○ティ、従者の皆様がプレゼントしてくれるから集めてますわ。

 さすがは黄の寮(フラーウム)の寮長、そのセンスはずば抜けているモノがあると評論いたしますことよ」

「えっ、そうなの……せ、センス良いな……み、見る……?」

「是非に」


 にじにじと。


 ハイハイをして机の中央で巡り合った寮長とお嬢は、キャッキャウフフしながらキーホルダーの感想を言い合い、連絡先を交換し合ってから元の位置に戻る。


 ミュールとオフィーリアは、ニコニコしながら目配せし――ダァンッと音が上がり、青筋を立てたクリスが髪を掻き上げた。


「面倒だ、外来種の狛鼠ども。貴様らが燈色を欲すると言うならかかってこい。その浅慮を二度と忘れなくさせてやる」

「へぇ~?」


 一瞬で。


 魔導触媒器マジックデバイスを手元に現出させたシャルは、魔力で髪を浮き上がらせながらクリスをめつける。


「それ、シャルとやるってことぉ? 良い度胸じゃん、美人のお姉さん。

 来なよ、人のお兄ちゃんを奪い取る気なら相応の犠牲は払ってもらうからさ」

「ひ、燈色に相応ふさわしい美人のお姉さん……」


 難聴系クリス・エッセ・アイズベルトか?


「まぁまぁ、まぁまぁまぁ、双方とも落ち着きなさい(Calmer)。フランスの澄んだ空に似つかわしくない殺気は収めようじゃないか。

 ほら、(リウ)氏を視てご覧。さすがは仲介役の最年長だ。大人らしく、落ち着いて事態の推移を見守っ――」


 凄まじい炸裂音が聞こえて。


 机の端を拳で消し飛ばした(リウ)は、怒気を立ち昇らせながら口を開いた。


「燈色を嫁にやる気はありません!!」


 俺を抱き寄せた(リウ)は、周囲を睨みつけながら喚く。


「軟弱な連中に燈色を預けるつもりはない!! 私は、燈色のために管理栄養士の免許取得を目指しています!! 貴女たちの誰が、燈色が早寝早起きを心がけるように心をけますか!? こんなにも可愛い燈色を、貴女たちのように適当なやからの魔の手に渡すわけにはいかない!!」

「この女、さらっと雇い主をやから呼ばわりしたわよ」


 ソフィアの苦言には耳を貸さず、(リウ)は俺に頬ずりする。


「ずっと気になっていたけれど、(リウ)氏はボクの親友のなんなんだい……?」

「姉です」

「名字からして嘘偽りですわよねぇ!?」

「お姉ちゃんにまともなこと言われるのって、ホントに恥ずかしいことだからね!?」

「名字や血の繋がりなど、真の姉弟関係には関係がない」

「どうだ!! 燈色は、うちの(リウ)をぶっ壊してるんだぞ!! 償いきれない損害賠償で、うちに嫁に来るのが筋ってもんだもん!!」

ミュールの言う通りだな。愛らしい上に、筋が通っている」

「さすが、私の娘ね。可愛い上に、単純明快で天才的な結論だわ」

「……誰がなんと言おうと、彼には、もう婚姻届を渡している」


 ヨルンは、カツラを揺らして威嚇する。


 ギャーギャーワーワー、両家は喚き合いながら口論を続けて――ぱんぱんと、手を叩く音に応じて口を閉じた。


 手を鳴らして口論を収めたキエラは、その両手を顔の横にもっていって小首を傾げる。


「どうか、ご静粛に願います。

 サヒハの予言書によれば、本日は、両家にとって実に善き日になりますので」

「なんだ、お前!! また、ヒイロの新しい女か!! その予言書によれば、ヒイロの婚約者は何人まで増えるんだ!! ジャ○ププラスで連載されてそうなくらいにまで増えるんじゃないだろうな!?」

「作画担当が精神崩壊するくらいにまで増えます」

「一週目、打ち切りに決まってんだろうがァ!! 世の少年少女は、心中では百合を望んでんだよォ!!」


 俺に胸ぐらをつかまれ、ガクガクと揺さぶられながらキエラは続ける。


「かつて三条燈色は言いました、『お前の女は俺のモノ、全ての女は俺のモノ』」

「そんなジャイ○ンが謙虚に見えるようなセリフ言うわけねぇだろうがァ!! なんで、強欲が重複してんだテメェ!!」

「皆様、逆に考えるのです」


 両手を組んで、彼女は微笑んだ。


「『婚約者が増えてもいいさ』と考えるのです」

「「「「「「「……なるほど」」」」」」」

「そんなわけないやん!!」


 俺は、泣きながら右手で宙空を払った。


「そんなわけ!! ないやん!! 納得するわけ!! ないやん!! 増えたらダメだろ!! 増えたらァ!! アメーバみてぇに婚約者が増えたらダメだろ!! この日本国は法治国家だぞ!? そんなモノ認められるわけねぇだろうが!!」

「妥協には、二種類あると言います」


 人の良さそうな笑みで、キエラは二本の指を立てる。


「ひとつは『半切れのパンでも、ないよりはまし』であり、もうひとつは『半分の赤ん坊は奪われるよりも悪い』……つまり、世には妥協によって得られるモノと妥協することで失うモノがあるということです。

 私が思うに、三条燈色は前者になります」

「どう視ても後者だろ。

 誰が、種も仕掛けもない人体切断マジックの実現者やねん」

「本日、両家で顔を合わせてどのような印象を懐きましたか? そう、悪い印象ではなかったのではないですか? 伝説の鳳凰を追いかけ欲をかき逃げられる逸話は数多あり、それらが与える教訓とは『欲をかかず、協力しあいなさい』ということです」

「「「「「「「…………」」」」」」」

「聞くなァ!! こんな女の戯言に耳を貸すなァ!! 悪魔の御使いだぞォ!! ァア、百合の神よ我に力ォオ!! 滅びろ、悪魔ァ!! リンピョートーシャーリンピョートーシャァーッ!!」

「皆で手を繋ごうではありませんか! 三条燈色の独占を推し進めて失うは悪手! 文明人らしく、手と手を取り合って、三条燈色を分け合うことこそが平和的解決!」

「それ、俺の平和が崩壊することで解決しねんだわ」

「皆様、御安心ください!! どのように三条燈色を分け合うかは、我々、アールスハリーヤ教がサポートいたします!! 我々が望むことは、ひとりでも多くの三条燈色を好む者に幸福をお届けすることなのですから!!」


 数分の沈黙の後。


 両家は目線を合わせて――ソフィアとヨルンは、がっちりと握手を交わし合った。


 その瞬間、勢いよくふすまが開いた。


 潜んでいたアールスハリーヤ教徒の連中は、笑顔で拍手と喝采を送り、甲高い音を鳴らしながらクラッカーを炸裂させる。法衣に身を包んだ彼女らの手による演奏が始まり、急に打ち解け合った両家は笑顔で歓談を始める。


 その中央で。


 死んだ目の俺は、大量の金色の紙片の隙間から諦観を庭園に向けていた。


 和気あいあいとした地獄の中で……転生してから悪化を辿る俺の夏休みは、終わろうとしていた。






 夏休みの終了間際。


 呼び出された俺は、その重厚な扉をノックして――


「いらっしゃい」


 笑顔の鳳皇羣苑ほうおうむえんと対峙した。

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― 新着の感想 ―
[一言] カオス祭りだなっ!
[一言] 例のジャンプラ彼女オールスターズ出てきて笑った
[良い点] クラスが1番になるんじゃ! わしはまだ諦めてない!!
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