船内案内
総勢、152名の生徒たちを乗せて、豪華客船は出港した。
約15ノット(時速27.78km)で海を走る豪華客船は、やはりデカイ船だけあって安定感がある。クルーズ客船は横揺れをコンピュータ制御しており、時化にでも遭わない限りは大きく揺れたりはしない。
AからEクラスに分かれた俺たちは、班ごとに集まり、マリーナ先生の指示を待っていた。
「で、では、ごほえっ!! おええっ!! おえっ!! ええっ!!
ということですので……お願いします!」
どういうことですか(困惑)。
初めてのお泊りの引率……初心者マーク付きの先生に、緊張するなと言っても無理だろう。
顔を真っ青にしたマリーナ先生は、身体をブルブルと震わせており、安定している筈の船上で揺れていた。
現在にも倒れそうな彼女は、生徒たちに支えられており、船が揺れた途端に宇宙まですっ飛んでいきそうだ。
そんな先生の前に、すっと、女性が出てくる。
「では、皆様、ご注目ください」
黒のズボンに白ワイシャツ、チョッキを着ているスタッフ。
ブロンドのショート・ヘアをなびかせた彼女は微笑む。
「3日に渡る船旅の間、Aクラスの皆様の専属スタッフを勤めさせて頂きます『A』と申します。ソレ以上の呼称は必要御座いません。
カジノで引いたカードのように、一期一会の精神で、気軽にお呼びお申し付けください」
深々と頭を下げた彼女は、白手袋を着けた手で行き先を示した。
「先程、マリーナ様からご説明がありました通り、まずは、クイーン・ウォッチの船内案内をさせて頂きます。
その後、皆様の魔導触媒器に取り付ける小導体をお配りします。こちらは、皆様がお泊りになられる客室の鍵にもなりますので、なくさないようにお気をつけください」
どうやら、他のクラスと順繰りで、広い船内を回るようになっているらしい。
俺たちは、Eクラスとすれ違うようにして、彼女に続き船の中へと下りていく。
「クイーン・ウォッチのデッキは、4から14まで存在しております。デッキ・プランは、後ほど、小導体を通してお配りしますので、イベントプラン等もそちらからご参照ください」
「「…………」」
俺と月檻は、顔を寄せ合う。
「……ヒイロくん、なに、デッキって?」
「……いや、たぶん、遊○王だとは思うんだ。そこまでは掴めてる。M○Gでもポ○カでもなく、遊○王だとは思うんだ」
「コレだから庶民は!!」
ド派手な扇子で口を隠したお嬢は、ふんすと、鼻息を荒くする。
「デッキとは、甲板のことに決まっていますわ! 甲板とは船体上で安定した床の役割をする場所ですから、わたくしたちの使える設備の殆どは甲板上にあることになります。
だからこそ、デッキ・プラン……つまり、船内案内が必要になりますのよ!」
「なるほどぉ! さすが、お嬢だぁ!」
「オーホッホッホ! わたくしレベルになりますと、このくらいは知っていて当たり前ですわぁ!」
「……なんか、ヒイロくん、この子に甘くない?」
判官びいきってヤツなんです。すいません。
俺たちは、Aさんに連れられて、甲板を一通り見学する。
Aさんが開いた大画面上の船内案内を参照しながら、俺たちは、広大な船内を練り歩く。
恐ろしいことに、この豪華客船、船内にエレベーターがある。
各デッキには、憶えやすいようにか宝石の名前が付けられていた。
例えば、ダイヤ・デッキにはバーやナイトクラブがある。
最上層のタンザナイト・デッキには、屋外ジャグジー、ミニ・ゴルフ。その下のベニトアイト・デッキには、プール、更衣室にサウナ、大浴場、シアタールーム、フィットネス・センターが存在する。
中腹のサファイア・デッキには、バルコニーにプール・ジャグジー、屋外レストラン『ライト・アテンダント』、パンと軽食が食べられる『スウィート・ランデブー』にアイスクリーム・バーにカフェ。
目が!! 目が回る!!
とてもじゃないが、この3日間で、堪能しきれるとは思えない。
デッキ8から12は客室となっており、全てがスイートルームで、そのスイートの中でも格が異なる。
グランド・ファミリー・スイートルームとか、最早、意味がわからない。
パンフレットから部屋の設備情報を視てみたが、ココは本当に船の上かと思うくらいの充実具合だった(当然のように、部屋専属のメイド・サービスがあるってどういうことだよ)。
本来であれば、泊まれる部屋の格や使用出来る設備は、スコアによって決まるらしいが……今回は、班行動ということで、そこらへんはお咎めなしとのことだ。
なにせ、今回、我々は班でひとつの部屋を用いる。
百合ゲーはね……女の子同士が同じベッドで眠って、朝、ふたりが寄り添って朝日に包まれるイベントCGがあればある程良いんだよ……。
もちろん、俺は、月檻やお嬢と同じ部屋に泊まる気はない。
男連中は、例年、部屋から叩き出されるので、彼ら専用の部屋が用意されているらしい。
俺は、そこに泊まるつもりだ。
そんなことを考えているうちに、船内案内も殆ど終了しており、最後に俺たちは船底へと連れて行かれる。
そこには、無骨なエンジンルームがあった。
用途のわからない機器が、所狭しと並ぶ空間。
なぜわざわざ、こんなところに連れてきたんだと訝しんでいると……Aさんは微笑みながら大扉を指した。
「こちらが、このクイーン・ウォッチの心臓部……敷設型特殊魔導触媒器、『女王の瞳柱』です」
どこからともなく、魔導触媒器で武装した女性が現れる。
無表情の彼女らは、円形の大扉をふたりがかりで開き――瞬間、膨大な魔力が吹き付ける。
俺と月檻は、同時に魔導触媒器を抜刀した。
のほほんとしていたお嬢は、俺たちの反応を視てあわあわと首飾りを構える。
「ご安心ください。
ただの魔力の渦です。各種機器で完璧に制御されており、エンジンルーム外部に存在する安全機構が外れなければ爆発するようなこともありません」
「……爆発?」
ささやいた月檻を他所に。
Aさんは、生徒たちを引き連れて大扉をくぐり抜ける。
広大な空間。
異様だ。あの狭苦しい船底のサイズより、どう考えても大きい。
真っ白な広々とした空間の中央に、蒼白く光り輝きながら、ゆっくりと回り続ける巨大な円柱が存在していた。その円柱には、複雑怪奇な導線が引かれており、瞳のように大きな導体が付けられている。
天井から床まで、一本、貫いている円柱。
その異常な太さと大きさ。
圧倒された俺たちは、ただ、その巨柱を見上げる。
「この『女王の瞳柱』こそが、我がクイーン・ウォッチの誇る心臓部。
この船の駆動部を一手に引き受けるエネルギーの基であり、未だ破られたことのない対魔障壁の源……そして、迎撃システムの要となる魔力の中枢でもあります」
天井から壁、床にまで、響き渡る声でAさんはささやく。
「普段は、厳重に施錠されておりますが、以前、とある組織の人間が忍び込む事件がありました。
その輩は、この内部で爆死しております」
ざわつく生徒たちに向かって、Aさんは、丁寧に頭を下げる。
「お嬢様たちにお願い申し上げます。
どうか、このエンジンルーム付近にはお近づきにならぬように。もし、誤って近づいたとしても、決して魔力を流し込むことがありませんように」
「な、流し込んだらどうなるのかしら?」
俺と月檻の後ろに隠れたお嬢は、びくつきながら、円柱を見上げる。
Aさんは、くすりと笑った。
「魔力が励起反応を起こして連鎖爆発します。
ただ、この部屋の内部には、幾重にも対魔障壁が張られておりますので、その爆発によって船が沈むことはありませんし『女王の瞳柱』が壊れることはありません。
ただ、魔力を流し込んだ当本人が爆発によって粉々になるだけです」
意味深に言ってますが、コレ、別に爆発したりはしません(ネタバレ)。
原作ゲームでもこの下りはあるのだが、結局、爆発するする詐欺で終わる。
たぶん、プレイヤーに危機感を与えたかったんだろうが、主人公が爆発を視るってことは、主人公ごと爆発してるってことだからね。爆発させられるわけないね。
百聞は一見にしかず。
この脅しは、かなり効き目があったらしい。クラスメイトたちは顔色を悪くして、エンジンルームを避けるように最上層へと戻っていった。
ようやく、お日様の下に戻ってくる。
エンジンルームの説明で、ビビりすぎて腰を抜かしたマリーナ先生は、Aさんにお姫様抱っこされて(A✕マリ、ありだな……)帰還を果たす。
「で、では、お部屋の鍵を配布します!
い、一班から、順に小導体を取りに来てください!」
程なく、五班の順番がやって来る。
当然のように、我が道を行くお嬢を先頭に、俺たちは小導体を受け取った。
既に、荷物は、部屋へと運び込まれているらしい。
暫く、時間が空くとのことで、俺たちは客室に向かい――
「貴方は、出ていきなさい!!」
秒で、部屋から追放された。
作戦通り(ニチャァ)。
廊下で荷物をまとめた俺は、ウキウキで、男部屋へと行くことにした。
数歩、歩いて。
待ち構えていたかのように、別の客室の扉が開いてレイが現れる。
「お兄様、もしかして、部屋を追い出されたのですか……?」
妹様、もしかして、俺が部屋を追い出されるのを待ってましたか……?
「もし、よろしければ」
髪を耳にかけて、俯いたレイは俺に切り出す。
「私たちの部屋に来ませんか……あの……もうひとりの班員の方も、とても話しやすい方で……きちんと、事情を説明すれば、問題ないかと……」
「いや、でも、ベッドは三つしかないよね?」
「ツインベッドなので……大丈夫かと……」
男と女が同じベッドで目を覚ますって、なにがどう面白いんじゃゴラァッ!!(強気)
「いや、でも、年頃の男女が同衾するっておかしいですよね(頭脳明晰)」
「兄妹なのに、なにを意識してるんですか(天下無双)」
くぅん……(弱気)
俺は、無言で、後ろに下がり――ぶつかる。
月檻が、ぎゅっと、俺の肩を掴んでいた。
「悪いけど、レイ、ヒイロくんはわたしと同じ班だから。
ヒイロくんが、別の部屋に行くなら、わたしも一緒に行く」
微笑んだレイは、優しく、俺の手を取る。
「お兄様と初めての旅行なんですから譲ってください。いえ、譲るべきです。この日のために、私、スノウに習ってUN○を憶えてきたんですから」
「ダメ。ひとりで寂しくUN○ってて」
ソロのUN○とか、最早、刑罰だろ……。
わーわー言い合いながらも、なぜか、ふたりからはギスギスした感じがしない。
なんか、微妙に、コイツら距離が縮まってるような……嬉しいけど、なんで……?
「じゃあ、三人で泊まる?」
「致し方ありませんね」
えっ。
普段であれば、いがみ合う筈のふたりは、息を合わせて両脇から俺を挟み込む。
「では、先生に事情を話して、部屋をひとつ用意してもらいましょうか」
「うん、良いね」
がっちりと挟まれて、キャトルミューティレーションされつつある俺は、驚愕でひとつの答えに辿り着く。
コイツら、婚約者に対して、共同戦線張りやがったな!?
気づいたものの。時、既に遅し。
絶望の面持ちで引きずられる俺は「たすけて……たすけて……」とか細い声でささやき、その声は百合の神に届いた。
「あ、あれぇ~!? ヒイロ、なにしてるのぉ~!?」
正面からやって来たラピスは、ふたりの間に身体をねじ込ませる。
スペースが出来て、俺は、そこから一気に脱した。
「さっき、オフィーリアさんが呼んでたよぉ~!? たぶん、部屋に戻ってきて良いってことじゃないかなぁ~!?」
ラピスさん!! ラピスさぁん!!(観客総立ち、全俺号泣)
「オーケー、サンキュー!!(ダッシュ)」
俺は、五班の客室の扉に縋り付き、何度もノックを繰り返す。
「もう! さっきから、な――ひいっ!?」
「泊めてください(土下座)」
俺は、綺麗な姿勢で頭を下げる。
「泊めてください(脅迫)」
「わ、わかりましたわよ! あ、頭をお上げなさい! しようがありませんわね!」
勢いに押されたお嬢から、宿泊権を手に入れて。
『ただいまより、第一寄港地にて、AからEクラス合同でのレクリエーション・イベントを行います。
部屋の確認が終了次第、ダイヤ・デッキにまでお集まりください』
最初のイベント・アナウンスが流れた。