俺たちの戦いはこれからだ
空中に射出される人体。
原作内で、唐突に始まった水流滑りとかいうクソゲー……百合を求めてプレイを始めた俺の眼は、自分以外の全員の人体がミサイルと化し、大空へと羽ばたいていく姿を捉えていた。
その夢が現に。
勢いよく回転しながら、水飛沫を上げて飛ぶ人型ミサイル。
投げ出された噴水式波乗器は、俺の頬を切り裂きながら爆進し、甲高い悲鳴がそこら中から上がった。
「なんで、皆、よりによって『金剛炎上』選んじゃったの!?」
地雷ボードによる罠で吹き飛ぶ信徒たち、瞬時に白霧を展開させた俺は彼女らを霧紐で掴み取る。
――戻れ
同時、俺の意思までも掴み取ったかのように、信徒たちは瞬時に姿を消し――俺は、噴水式波乗器を蹴りつける。
爆発的に生み出された魔力が、裏面の砲口から噴き上がった。蒼白の魔力光が水面に投げ出され、前方へと吹っ飛んだ俺は最速角度である斜め45度をキープし、左足でアクセルを踏み込んだ。
「チッ」
舌打ちをして、風圧で吹き飛んだあて布を掴み取って右目を縛り直す。
8の字を描くように滑ることで、小規模の波を発生させて速度UPを図り、同時に俺は画面を開いた。
水流滑り、鳳嬢魔法学園コース。
鳳嬢魔法学園の広大な敷地内をぐるりと一周する道程で、全8種類存在するコースの中では、癖のない平和的なコースだ。
左下に呼び出したコースMAPを確認しながら、俺は、先行している委員長目掛けて加速しようとして――
「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
巨大な水柱を打ち上げながら、突如として緋墨・ライゼリュートが出現する。
器用にも。
八本の腕の先を『軽快疾走』に括り付けているライゼリュートは、ノリノリの動きで水面をムーンウォークしており、高い高い状態で悲鳴を上げている緋墨は上下しながら泣き声を発していた。
「スピード特化の『軽快疾走』を八本腕で固定することで安定化させてるのか……最近、1kg増えた緋墨を錘にすることでバランスも良い」
「なんで、最近、体重増えたこと知ってんのよ!?」
八本腕のうちの一本で。
全身を安定させたライゼリュートは、得意気に残りの七本の腕でピースサインを作り、その状態でぐいぐいと委員長へと迫る。
『坊っちゃん』
着信。
屋上で、暇そうに煙草を吹かしている霧雨は紫煙を吐いた。
『あとは、ライゼリュートにお任せなさいな』
「あ? なに、急に魔人の威を借るアホ面見せてんだ?
つーか、テメェ、俺の連絡先どこから調べた?」
『くくっ、ぼかぁね、昔から細かい事に頓着する連中には唾を吐きかけてきた性質でしてねぇ……残念ながら、現在は忠臣の体なんで、んなことはしやぁしませんが』
霧雨は、唾の代わりに煙を吐いた。
『現在、坊っちゃんが必死こいて追いかけてるのはQの駒のひとつに過ぎなぃ。あんなもん追いかけるのは、真贋の区別がつかない自称目利きの芸術家くらいのもんですよぉ』
「駒は駒でも、俺にとっては『王』なんだよ。取られたら、その時点で人生終了だ」
『おやおや、まぁまぁ、ふんふぅん、あんな抱き心地の悪そうな女が坊っちゃんのジュリエットですかぁ』
苦笑しながら、霧雨は煙草の尖端を揺らした。
『しかしねぇ、ジュリエットはひとりで十分でしょぉ? 誰も彼もがジュリエットになって、舞台上に上がってもらっては筋書きが崩壊する』
「……俺の嫁だ」
『坊っちゃん』
彼女は、口端を曲げる。
『あんたに死んでもらったら困るんだ』
瞬間。
俺はアクセルに足裏を叩きつけて――加速――委員長の胴体を貫こうとしたライゼリュートの爪先を弾き飛ばした。
「テメェ!! 霧雨ッ!!」
『すいませんねぇ、坊っちゃん。ぼかぁね、あんた以外の事柄には興味がない。このまま、Qの駒を追いかけてもらっては少々困る』
彼女は、にっこりと笑う。
『嫁は、あとふたりもいるぅ……でしょぉ……?』
腕が――伸びる。
抜刀していた俺は、引き金を引き絞り――割れ落ちた光剣を再生させて振るった。
後ろ向きでの走行。
逆8字を描きながら、がむしゃらに光剣を振るい、伸び縮みする七本の腕を斬りつける。
「ぐっ……クソが……ッ!!」
あまりにも数が多すぎる。
不安定な水上での戦闘、噴水式波乗器に意識を割いており、開き始めた傷口から血が滴り落ちた。
「三条燈色ッ!!」
「緋墨、良いから大人しくしてろッ!! 大丈夫だ!!」
両腕を振り回して抵抗している緋墨は、唇を噛み締めて悔しさを表し、次から次へと腕による連撃が迫り――飛来してきた『軽快疾走』のボードが、ライゼリュートの腕を切り裂いた。
真っ赤な血飛沫が迸る、と、同時に。
人影が眼前を過ぎり、破裂音を響かせながら三本の腕が吹っ飛んだ。
「瞬間移動式マルチタスク師匠、推参!!」
「全自動式出現姉姉、参上」
ブレて視えている師匠と劉が、消えたり現れたりしながらライゼリュートの腕をねじ切ったりへし折っていく。
八本腕の切断面から、悲鳴の合唱が上がった。
「師匠’s!!」
俺の歓喜の声に、ボードに乗った師匠たちは笑顔で答える。
「HAHAHA!! どうですか、燈色!! コレが師匠の安心感、生まれついてのシリアスブレイカー!! 絶体絶命状態でも加入出来る安心師匠プランにでっけぇ背中!! もしかして、私、またなにかやっちゃいましたかぁ!?」
「燈色、姉に任せなさい。この世界に、姉の弟愛に勝るモノはありません。反対意見は暴力でねじ伏せましょう」
「ギャハハハハハ!! どうじゃあ、霧雨さんよぉ!? こちとら、チート二段重ねの三条燈色さんですよぉ!? 魔人とかいうゆるキャラ如きで、この俺に苦戦をもたらそうって考えはスウィーティー・スウィーティーッ!!」
俺と師と姉は、三人で並んでゲハゲハと笑いながら霧雨を煽る。
「それじゃあ、師匠s、やっちゃってくださ――」
宙を飛ぶ人体。
噴水式波乗器の操作から意識を離していた師匠たちは、つんのめった状態で空を飛んでいた。
悲しそうな目で。
師と姉は、俺のことを見つめたまま落下していく。
「…………」
気まずい沈黙が立ち込めて。
画面の向こう側の霧雨は、どことなく申し訳無さそうな顔でささやいた。
『……ライゼリュート、介錯』
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 三条燈色先生の次回作にご期待くださぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
俺は絶叫して――ライゼリュートへと飛びかかっていった。