画一的
画。
緋墨の胸の中心から、下腹部まで引かれた一本の線。
その隙間から覗いている目玉は、ぎょろぎょろと蠢きまわっており、まるで腹部に眼が寄生しているかのようだった。
「は? ライゼリュート?」
自身の肉体に、なんの異変も起こっていないかのように。
緋墨は、おかしそうに苦笑する。
「三条燈色、あんた、なに言ってるの? あたし? あたしがライゼリュート?」
「いや、お前の胸と腹にいるだろ」
線の上端から下端まで。
チャックを上げ下げするかのように上下する目玉を見下ろし、緋墨は戸惑いの視線をこちらに投げかけてくる。
「……面白い」
しゃがみ込んだ黒砂は、至近距離からその眼と眼を合わせようとし――俺は、彼女の首根っこを掴んで後ろに下げた。
「え? じょ、冗談で言ってるんじゃないの? ど、どういうこと?」
画を引かれた緋墨は、その線上に潜むライゼリュートを認識出来ず、慌てふためきながらくるりとその場で一回転する。
「緋墨」
俺は、引き金を引いてカメラを起動する。
「笑顔でピースしろ」
「え?
ぴ、ぴーす?」
両手のピースで顔を挟んで、緋墨はにっこりと笑う。
愛らしく片足まで上げやがった緋墨の全身像を撮影し、彼女に引かれた画からにょっきりとピースサインが伸びているのを確認する。
「めっちゃピースしてる!!」
「え? どういう意――ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
甲高い悲鳴を上げた緋墨は、ドタドタと走り出して壁にぶつかり、倒れた後に勢いよく起き上がってボロボロと涙を流した。
「とってとってとってぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
「いや、お前、そんな羽虫かなんかじゃないんだから。
ん……待てよ」
泣きじゃくっている緋墨を落ち着かせ、俺はグーを出してから彼女を撮影する。
「やっぱり……」
「なになになにぃ!? なんなのぉ!?」
俺は、緋墨に彼女の胸部から飛び出しているパーを見せつける。
「コイツ、じゃんけんしてる」
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 人の胸の中心でじゃんけんするなぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
俺の襟首を掴み上げ、緋墨はガクガクと俺を揺さぶる。
「どうにかしてよどうにかしてよどうにかしてよ!! なんで、無許可であたしとツーショットチェキ撮ってんのよ!! せめて、お金払いなさいよぉ!!」
バッと。
緋墨は服を下からまくり上げて、俺の顔面をそこに突っ込む。
「ぶぉ!?」
「早く取って早く取って早く取ってぇええ!!」
ぷにぷにとした腹に顔面を押し付けた俺は上方を見上げ、淡い水色の下着を確認してから脱出を図ろうとしてもがく。
「落ち着け緋墨、緋墨落ち着けぇ!! 俺にお気に入りの下着見せつけてる場合かァ!! 魔人を取る方法はちゃんと考えるから、俺を無意味に桃色空間に突っ込むんじゃねぇ!!」
「は、はぁ!? なんで、あんた、この下着がお気に入りって知ってんのよ!?」
「電話かける度に、着替えてるからだろうがっ!! なんで、お前、一回、ちゃんと服着てから電話とらないの!?」
「緊急事態だったらどうすんのよ!? ていうか、んっ……あ、あんた、なんであたしのおヘソ舐めてんの!?」
「お前がぐいぐい押し付けてくるから、必死で呼吸しようとしてるからだろ!! 俺を服の中にINするな!! そんなに強く引っ張ったら、服が破けちゃうだろうが!!」
美少女の服の中に頭を突っ込む不審者は、甘ったるい制汗剤の匂いに包まれながら薄暗闇から抜け出そうと後ろに下がる。
が、頭が抜けることはなく、むしろどんどん奥に入り込んでゆく。
「なんで、あんた、胸の方に進んでくるの!?」
「いや、ちがっ、俺はなにもしてな――」
目が合う。
緋墨に引かれた画から両手が伸びており、むんずと俺の襟首を掴み上げ、その暗闇に引っ張り込もうとしていた。
「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! なんか、やばいことになってるぅうううううううううううううううううううううううううううううう!!」
俺は必死で踏ん張ろうとするが、画から伸びるライゼリュートの両手は、ぐいぐいと俺のことを引き寄せる。
「黒砂さぁあああああああああああああん!! 委員長ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 引っ張ってくれぇえええええええええええええええええええええええええええええええええ!! 緋墨のCカップに吸い込まれるぅううううううううううううううううううううううううううう!!」
「人様のブラジャーのタグを読むなァアア!!」
「適当に言っただけなんだけど、Cなの!?」
真っ赤な顔の緋墨に殴られながら必死で踏ん張る俺は、腰をもった黒砂と委員長の助力でCカップから抜け出そうと画策する。
数分後。
ようやく抜け出した俺は、大量の汗をかいてぜいぜいと息を荒らげて、服がはだけた緋墨はぺたんとその場に座り込んでいた。
「さ、さすがは魔人の一柱だ……コレが魔人戦の極地……B寄りのCに殺されるかと思った……」
「つ、次、私のD寄りのCのことを言ったら殺すわよ……」
「いやぁ、坊っちゃん」
ゼリービーンズを食い千切りながら。
ニタニタとしている霧雨は、廊下の奥の暗がりから姿を現す。
「お盛んですなぁ」
「……なるほど、良い手だよ」
そっと。
俺の袖を握った緋墨を背に隠しながら、俺は握り手に手をかける。
「確かに、緋墨の中にライゼリュートを隠せば、俺であろうが師匠であろうが劉であろうが手を出せない。
緋墨」
「……うん」
「お前、本当に自分の意志で魔法合宿まで来たか? 俺の知る緋墨であれば、そのリスクを十分に理解出来てた筈だ」
「…………」
「緋墨」
「あ、あんたの命が狙われてるって、吸収した七椿派の眷属から聞いて……でも、アレは直接聞いたわけじゃなかったし……私があんたに会いに行くことで、得をする人間なんているわけないって思ってて……」
「繰り返すが」
俺は、霧雨を見上げる。
「良い手だ。胸くそが悪くなるくらいにな。
どの面下げて、俺に緋墨たちを殺せって提案しやがった」
「くっくっ、そう怒らないでくださいよぉ……坊っちゃんが、大事なお嫁さんたちを殺すわけないでしょぉ……? そう見込んだからこそ、大事な運搬係にそこのお嬢ちゃんを選んだんですからぁ。
おっと、こんなことを敵対行為と見做さないで頂きたいなぁ」
おどけた様子で、霧雨は両手を上げる。
「ぼかぁ、坊っちゃんのことをよく知ってますがねぇ、緋墨瑠璃の仕込みがなければ、ほぼ間違いなく、喜悦の面でライゼリュートの首を取っていたでしょぉ?
くっくっ、大事な坊っちゃんのお命を横槍ごときで奪われるわけにはいきませんからねぇ。すべて、坊っちゃんの命を護るためですよぉ。事実、ライゼリュートがいなければ、坊っちゃんは人形使いに追い詰められていたぁ。まぁしかし、勘づいていたのはぼくぅだけじゃないみたいですけどねぇ」
「…………」
「ほら、坊っちゃんは賢いからもう気づいてる」
霧雨は、煙草の先端で委員長を指した。
「勢揃いだ」
「……委員長」
俺は、顔を上げて委員長を見つめる。
「いや、お前、詰めが甘いんだよ」
面を伏せて。
クロエ・レーン・リーデヴェルトは立ち尽くす。
「俺は、クロエ・レーン・リーデヴェルトをよく知ってるが、彼女には俺の命を狙う理由がひとつもない。フーリィやアステミルを殺そうとする事由が存在しない。あからさまな動機不足だ。それに彼女の実力はよくご存知だが、まともに魔導触媒器すら使いこなせないんだぞ。
そんな人物が、自殺呪詛を使いこなす人形使いに……魔法士狩りに協力しようと思うか?」
「…………」
「お前」
俺は、目を細める。
「何だ」
ゆっくりと――顔が上がる。
満面の笑みを浮かべて、クロエ・レーン・リーデヴェルトは大量のカードを吐き出した。