人形は誰だ
「……なにしてんの?」
もがもがと。
声にならない声を発している緋墨は、部屋の中央で縛られて藻掻いており、背中合わせで自由を奪われている委員長は目を閉じていた。
口に噛まされたタオルを外してやると、緋墨はげほげほと咽る。
「お、襲われた……!」
「ライゼリュートですか!?」
師匠は喜悦の声を上げ、俺は怒りのあまり壁に穴を空ける。
「クソがァ!! ライゼリュートの野郎がァ!! さっきから、卑怯な真似ばっかりしやがってぇ!!」
「魔人の風上にも置けない畜生だ」
「許しませんよ、ライゼリュートォオ!!」
俺の怒号に同調して、師匠と劉は声を荒らげる。
「いや、なにライゼリュートって……関係ないよ……?」
「「「え?」」」
俺と姉と師は、溜まった憤怒ゲージに任せて破壊した壁を見つめる。
「「「…………」」」
そっと、俺たちは壊れた壁から離れる。
「クソがァ!! ライゼリュートの野郎がァ!! 俺たちの心理を利用して、壁を壊させやがってぇ!!」
「魔人の風上にも置けない畜生だ」
「許しませんよ、ライゼリュートォオ!!」
「そろそろ、話を前進させてもよろしいですか?」
黒砂の手で縄を解いてもらった委員長は、コキコキと首を鳴らした。
「三条さん、本件、ライゼリュートは関係ありません。私と緋墨さんは行動を共にしていましたが、アールスハリーヤ教徒の皆さんから離れたタイミングで襲われました。
襲撃者の正体は、度会椎名です。彼女こそが人形使いで、三条さんの命を狙う者です」
「……度会椎名?」
「えぇ、最初に容疑者のひとりとして名前が上がった鳳嬢生です」
「…………」
「いかがしましたか?」
くつくつと。
片手で顔を覆った霧雨は、くぐもった笑い声を上げた。
「いやはや失礼、その面、どこまで厚かましくなるのかと思いましてねぇ」
「……どなたでしょうか?」
「コイツのことはどうでも良い。
委員長、襲撃されたって言ってたが、護衛にはエイデルガルトを付けてた筈だ。自殺呪詛に詳しい黒砂、交渉役兼おとりのアシュリィ先生以外は、教室内で待機の予定だったろ?」
「エイデルガルトさんは……消えました」
「消えた?」
緋墨は、こくこくと頷く。
「クロエさん、嘘言ってないわよ。なにも言わずに、急にどこかに行っちゃったの」
「急にどこかに行っちゃったって……幼稚園児じゃないんだから……」
「人形使いは、度会椎名です。解放された人質の中に居た彼女が我々を襲いました」
「……分かれよう」
俺は、ささやく。
「俺と委員長、緋墨、黒砂で度会を探す。師匠と劉と先生は、ライゼリュートを探し出してぶっ殺してくれ。霧雨は死ね。
よし、行くぞ」
「あのぉ、ぼくぅ、悪口言われただけなんですけどぉ……?」
俺の考えを理解しているのか。
霧雨は笑いながら姿を消し、師匠と劉は言い合いながら廊下の奥へと消えていった。
「…………」
無言で。
黒砂は俺の背後を取り、左と右に委員長と緋墨が並ぶ。
「緋墨」
「なに?」
俺は、腰の九鬼正宗を外して彼女へと手渡す。
「預かっててくれ」
「え……なんで……?」
「もし、人形に襲われても、自殺呪詛をかけられてる俺は戦えないからな。
代わりに、緋墨に護ってもらおうかと思って」
「そ、そんな急に言われても使えないわよ!! 自分の腕を斬るのが関の山だし、そもそも、まともに刃も生成出来ない自信がある!!」
「…………」
物静かに、黒砂は俺から九鬼正宗を受け取る。
俺たちは無人の廊下を歩き始めて、緋墨は静かにこちらを見上げた。
「あんた、他に武器は持ってないわよね?」
「あぁ、持ってないよ。
なんで、そんなこと聞くんだ?」
「い、いや、危ないと思って……聞いただけ……」
「そうか」
俺は、両手をポケットに突っ込む。
「緋墨」
「え……な、なに……?」
「なんで、お前、唐突に魔法合宿に参加したんだ?」
「な、なんでって……別に他意はないわよ? あんたが生活力皆無で心配だったし、フォローが必要そうだと思ったから」
「黒砂」
声をかけられて、背後の黒砂は九鬼正宗を抱えたまま顔を上げる。
「……なに?」
「お前、最初から、魔法合宿に参加予定だったのか?」
「…………」
「委員長、俺の股間は消えなかったよな?」
「………………はい?」
「光学迷彩で姿を消して、人質が居る三寮のところにまで行こうとした時だよ。
俺の股間は、消えなかったよな?」
「えぇ、くっきりと浮かび上がっていましたね」
「なぜだ?」
「三条燈色、あんた、なに真剣な顔でド正面セクハラかましてんのよ……?」
「俺の知る限り、あんな芸当が出来るのはひとりしかいない」
俺は、己の胸を指した。
「俺の裡に巣食ってる悪魔だ。
つまり、黒砂、お前が斡旋したマリーナ先生による悪魔祓いは見事に失敗した。いや、最初から成功したようなフリをしていただけだ」
「「…………」」
「その理由はひとつ――これから起きる愉悦現象には、なにひとつとして、その悪魔の関わりがないと示すためだ。悪魔祓いが成功して自分は姿を消しているのだから、一切合財、関係がないというスタンスだな。死ね」
俺は、苦笑する。
「今回の事件が複雑化したのは、同時に三つの思惑が魔法合宿で渦巻いていたからだ。
ひとつ、人形使いによる襲撃。
ひとつ、悪魔による愉悦罠。
ひとつ、ライゼリュートによる牽制。
そして、このひとつひとつに実行犯が存在し、各々の狙いと行動が絡み合うことで正答が見えづらくなっていた」
三本の指を立てたまま、俺は続ける。
「フーリィは、42個の偽の参加者リストを用意した。そのリストは参加者129名から一部の生徒を除いたモノで、その偽のリストに沿って人形使いが人形化を推し進めたことで容疑者を3名にまで絞ることが出来た。
だがしかし、ココで疑問が生まれる」
歩きながら、無防備に背を向けた俺はささやく。
「人形使いは、何時、生徒たちの人形化を推し進めたのか」
「…………」
「当然、偽の参加者リストを使ったのであれば、そのリストが配られた後のタイミングだ。参加者リストは、フーリィが用意した小導体を通して配られていた。だがしかし、そのリストが配られたのは『魔法合宿に参加予定だった生徒』のみだ」
――疑問点3、なぜ、俺のような一部の生徒には参加者リストが配られてないんですか?
なぜ、俺に参加者リストが配られていなかったのかは明白だ。
――小導体を通じて配られてるわよ。それに気が付かなかったということは、ヒーくんは首謀者じゃなかったってことね
俺は、この魔法合宿に参加予定ではなく、マージライン家から逃げるようにして飛び入り参加したからだ。
「そもそも、参加予定ではなかった緋墨と黒砂には、偽の参加者リストは配られてすらいない。
そうすれば、自ずと犯人は視えてくる」
「…………」
「委員長」
俺は、委員長を指す。
「あんたが、人形使い……いや、人形使いの協力者だ」
黙りこくった委員長はその指先を受け止め、俺は次に黒砂を指した。
「そして、黒砂、お前が悪魔の手先だ」
「…………」
「最後に」
俺は、緋墨へと笑いかける。
「はじめましてだな、ライゼリュート。
師匠も劉も追い払った上に無手なんだから、そろそろ正体を見せてくれても良いんじゃねぇのか?」
静かに。
緋墨は微笑んで――胸の中心にスッと線が入り、その隙間から魔眼が覗いた。