みんなで、ライゼリュートを○そう!
「まぁまぁ、そう事を急いても仕方ないでしょぉ?」
ニタニタと。
笑いながら、霧雨は両手を広げる。
「……どなた?」
俺の腕を引っ張りながら師匠は小首を傾げて、待ってましたと言わんばかりに霧雨はお辞儀をした。
「三条霧雨と申しますぅ……そこの三条燈色様の忠実な下僕で」
「ふむ、師匠タイプのポケ○ンではないようですね。
ならば、すべてよし!! なべて世はこともなし!!」
「燈色、事実ですか?」
「虚飾だね。タイプ:嘘つきだね」
「くっくっ……酷いなぁ」
「本当だ!! 『くっくっ』とか笑ってるから悪役ですね!! 私の視ているジャパニーズアニメ、漫画、ラノベの大概で、『くっくっ』と笑うヤツは全員悪いヤツでした!!」
この考察力、さすがは師匠だな……!
「現在」
エスコ世界で、『怪物』と称されるに値する二大巨頭の魔法士を前にしても。
三条霧雨は余裕を崩そうとはせず、手で風よけを作って煙草に火を点ける。
「三条家とライゼリュートは協力関係にある。三時のおやつ感覚でぶっ殺されては、ちと、困りますねぇ」
「おいおい、お前、自分自身を三条家の代表格だとでも思ってんじゃねぇだろうな? PR活動に勤しむような働き者には視えねぇぞ?」
「まさかまさか。再三、この三条霧雨、平身低頭してお頼み申しておりますが、払暁叙事に開眼した坊っちゃんこそが跡取りに相応しいと考えておりますよぉ……くくっ……邪な考えなんぞ、この小物にはとてもとても……」
「…………」
「信じられませんかぁ?」
すっと。
両手をポケットに突っ込んだ霧雨は、握り込んだ拳を出してから俺の前へと突きつける。
「どっちだぁ~?」
「……どっちにも入ってない」
ぱっと、彼女は両手を開く。
そこには、ポケットの中のゼリービーンズが握られていなかった。
「どっちだぁ~?」
再度、霧雨は目の前で両手を閉じた。
「…………」
「え? 答えは『どっちにも入ってない』でしょ?」
先生は小声でささやき、俺は数秒の間を置いてから。
「右手だ」
答える。
霧雨は両手を開いた。
「えっ!?」
その右手の中には、忽然とゼリービーンズが現れていた。
「あら~、プロフェッショナァォの方だったのねぇ……!! イッツ・ア・ワンダフルマァジック……ヴェリ・エクセントリィ……!!」
隙あらば太鼓持ち。
高速で目薬をさして感涙を演出した先生は、この機会を逃すまじと、つらつらと淀みなく美辞麗句を連打する。
「……すり替えていない」
劉は断言して、師匠は同意を示した。
俺との初対面時、ちょっかいをかけてきた時と同じことを繰り返し、ひとつの事実を暗示した霧雨を見つめる。
「お前」
俺は、ささやく。
「何時から、ライゼリュートと手を結んでた?」
「ご想像にお任せしますよぉ、くくっ。
そんなことよりも、坊っちゃん、ライゼリュート、ライゼリュートって、恋する乙女みたいに連呼してる場合ですかぁ?」
ゆらゆらと。
紫煙をくゆらせながら、霧雨はベッドに置かれたくまのぬいぐるみの顔面に座り込む。
「人形使い、どうにかするんでしょぉ……?」
「俺は、お前を信用してない。背中から刺されたくないんでね」
「正直者で結構結構。
しかしながらねぇ、ぼくがぁ、本気で坊っちゃんをどうこうしようと思ったらとっくの昔に動いてるとは思いませんかねぇ? ライゼリュートを使えば人質を有効活用出来たし、そこの化け物共も決して解放しなかったぁ……人形使い候補が坊っちゃんの婚約者だという情報も、あんな風に親切に開示するわけないでしょぉ……?」
「…………」
その通りだ。
俺を殺す気があるのならば、今回の事態は霧雨にとって絶好の機会だ。彼女の言う通り、俺をどうこうする機会は幾らでもあったのに、まるで俺に助勢するかのような立ち回りを続けている。
いや、この言い方は主観が混じっている。
正確に言い直せば――三条霧雨は、なんらかの理由で俺を手助けしている。
「くくっ、背中から狙える急所は限られるし、殺そうと思うなら、ぼかぁ、正面から笑顔で刺しますがねぇ。
坊っちゃん、ぼかぁねぇ、貴方となら上手くやっていけると思ってるんですよぉ……くくっ、もう少し、頭が悪ければ徹底的に利用してやったんですがそうもいきそうにないのでねぇ……おっとと、冗談ですよぉ冗談冗談」
原作では。
三条黎ルートで登場する三条霧雨の傀儡となった燈色は、彼女の意図通りに暴走を起こし、最終的には妹であるレイの手で安楽死させられ、人間として死ぬことが出来た。
三条霧雨には、ひとつの目的がある。
そのためなら手段を選ばない冷徹さを持ち合わせており、三条華扇との因縁も相まって、彼女は彼女なりのやり方で己の道を進もうとする……もし、その道程が俺と重なっていれば、確かに道を共にしようと考えてもおかしくはない。
「くくっ、別に信用されようとは思っちゃいませんがねぇ。華扇と、その手先のエイデルガルトを盲信するのも如何なものだと思いますよぉ。
人間、どう足掻いても主観と感情が混じる。感情ってもんは厄介なもんで、混じりもんの言葉にはどうやっても嘘が入り混じるもんですから」
「その理屈で言えば、誰も信用出来なくなるんじゃないのか?」
「当然でしょぉ?」
すっと、霧雨は表情を消した。
「人間は孤独の城に棲んでいる。
玉座に座れるのは独りだ」
「…………」
「くくっ、小難しい話はさておき、そろそろ人形使いをどうするのかの話をしましょ――」
「嫌です」
ずいっと、師匠は前に出てくる。
「私、ライゼリュートをぶっ殺します。必ず、ぶっ殺します」
「右に同じ」
「……話、聞いてましたぁ?」
困ったように。
霧雨はこちらを見つめ、俺は苦笑する。
「師匠、リ――お姉ちゃん、落ち着いてくれ」
俺は、ふたりの肩を叩いた。
「世には道理というものがある。子供は前ならえで整列し、主婦は値引き品に行列を作り、軍人は規範をもって隊列を形作るもんだ。ライゼリュートが協力してくれるっていうなら、まずは人形使いを倒してから魔人討伐に精を出せば良い」
霧雨は満足そうに頷き――
「とでも言うと思ったかァ!!」
表情を消した。
「魔人狩りじゃぁ!! ライゼリュート、死すべし!! 慈悲なんぞ、あってたまるかぁ!! 人形使いなんて小物どうでも良いわ!! 丁度、良い機会じゃねぇか!! 戦力が揃ってる現在、ベリーイージーに蹂躙してやるわぁ!!」
俺は、霧雨の胸ぐらを掴み叫ぶ。
「ライゼリュート、出せやァ!!」
「品切れですぅ」
「良いから出しなさい!! ライゼリュート、出しなさい!! ぶっ殺しますから!! 私と劉、どっちがヒイロの師として適しているか判断するんですから!! とっとと、魔人を出しなさい!!」
「喧嘩に魔人を持ち出すのやめてくださぃ」
「はじめまして、燈色の姉です。貴女には、ライゼリュートを出して頂きたい」
「お断りしますぅ」
「腹を殴れば出ますか?」
「暴力反対」
ニタニタとしながら、霧雨は両手を挙げる。
「むっ!」
師匠は、唐突に顔を上げて扉を見つめる。
「私の最強レーダーが反応しました。
反対方向の部屋の中で物音がしましたね」
「ライゼリュートか!?」
笑顔。
師匠と劉は、無言で微笑み合って――ほぼ同時に、凄まじい勢いで扉へと突撃し、負けじと俺も部屋の外へと飛び出す。
三者三様、扉に縋り付いた俺たちは、ドンドンと扉を殴ったり蹴ったりする。
「オラァ!! 出てこいや、ライゼリュートォ!! ビビってんのかぁ!! はよ、開けんか、ゴラァ!! テメェ!! 扉が閉ざされている時間が加算されるにつれて、苦しむ時間が伸びるだけだぞ、オラァ!!」
「劉、とっとと扉を蹴破ってくださいよ!! なにしてるんですか!?」
「そういう貴女が、扉を斬り破れば良い。
私は、今日、スカートを履いてきてしまった。実の弟の前で、はしたない真似など出来るわけもない。故に蹴りは使えないし、器物損壊に手を染めるつもりもない」
「よっしゃぁ!! 実は実のお姉ちゃんでもなんでもないお姉ちゃんに代わって、俺が、接ぎ人でぶち壊してやるぜ!!」
「実の姉ですよ?」
「お姉ちゃんどいて!! 扉、壊せない!!」
俺は、居合の姿勢を取り――
「ふっ」
師匠は鼻で笑って、ぴくりと劉が反応した。
「あのぉ、ふふっ、コレちょっと言っちゃって良いのかなぁ……? なんていうかぁ、ふふっ、この接ぎ人、私が教えたんですよぉ……? 師である私が、弟子であるヒイロに、懇切丁寧に師弟関係を築きながら教えちゃったのでぇ……?」
「…………」
「燈色、見せてあげなさい、そこの部外者の御方に。
あっ、ごめんなさ~い、貴女も私の可愛い可愛いヒイロの自称!! 自称、師匠でしたねぇ~!? 部外者は言い過ぎましたねぇ~!! 私の可愛い!! 自慢の!! ヒイロの!! 自称!! 師匠でしたねぇ~!?」
「……燈色」
微笑した劉は、ぽんっと俺の肩に手を置いた。
「今日は、久しぶりに一緒にお風呂に入りましょうか」
「え……?」
慈愛溢れる笑みを浮かべながら、戦慄いている師匠を確認した劉は勝ち誇ったかのようにささやく。
「別に驚くようなことではない。私と燈色は、実の姉弟なのだから。
それに、お風呂に一緒に入るのも慣れたものの筈です。ふふ、何度も背中を流してあげたし、夜はくっついて眠ったでしょう?
そこの」
劉は、口端を曲げる。
「部外者とは違って」
「うぎ……うぎぎぃ……!!」
謎の悔しさで食いしばっている師匠の横で、アシュリィは顔を真っ青にする。
「そ、その歳で一緒にお風呂……というか、劉……劉って、その顔、もしかして……う、うふふ、ふぁ、ファニーファニー……出来の悪いジョークよね……わ、私の勘違いだわ……」
「……やっぱり」
黒砂に声をかけられた俺は、壁に張り付いて存在を消すのを諦める。
「……えっちなの?」
「お願い、接ぎ人ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
派手に爆炎が上がり、眼前の扉が十字に溶け落ちる。
「ライゼリュート、テメェのせいだァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! 絶対に許さない!! 絶対に許さないぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
泣きながら、俺は、部屋の中へと駆け込み――
「……あ?」
思わず、間抜けな声を上げた。




