メイド・イン・百合
三条家の会食は、つつがなく終了した。
つつがなく……と言い切って良いのかは、正直、わからないが。
なにせ、ヒイロこと俺を、完全無視で和やかに食事は続いた。
三条家の家名を継ぐのは、“長女”であるレイに決まっていたし、長男である俺は、とある理由でお呼ばれしただけだったらしい。
何人か、人を殺してるだろコイツら……みたいな、威圧感を醸し出すババア勢揃いで、ヤクザみたいに着物を着込む姿が並ぶのは壮観だった。
誰も彼もが、ヘコヘコして、御機嫌取りしていたので余程偉いんだろう。
レイもまた、そのお偉いさんに席を並べているようで、作り笑顔で対応している姿は堂に入っていた。
対する俺には、誰も挨拶に来なかった。
分家の連中も、本家のレイには頭が上がらない様子だったが、俺のことは路傍の石としか思っていないらしい。
これ見よがしに、隣で俺の悪口を言っていたので、ストローに袋をつけてフッって吹いて飛ばすやつで応戦した。
「ヒイロ」
宴もたけなわ。
サイダーをブクブク泡立てるのにも、飽きた頃合いに、一番偉そうな婆さんが言った。
「あんたには、来年から鳳嬢学園に入ってもらう」
鳳嬢学園……『Everything for the Score』の舞台となる魔法学園だ。
ココで、主人公は、ヒロインたちと出逢うことになる。
もちろん、ヒイロもこの学園に入って、百合の間に挟まることになる。最終的には、無残に死ぬ。悲しいね。
「おっと、答えは聞いちゃいないよ。あんたは、そうしなくちゃならない。三条家に生まれついたんだ、あんたには拒否権なんてないからね。
いい加減、あたしらもあんたをどうにかしなきゃならないって感じててねぇ」
ちなみに、幾つかのサブエンドでは、厄介払いの意味でヒイロは三条家に暗殺される。たぶん、コイツは、不幸の星の下で、呑気にピクニックシートを広げてる男なのだ。
「いや、それにしても、なんで魔法学園なんかに?」
「独立だよ、独立。あんた、何度か、分家相手に金の無心をしてるらしいねぇ。ガキの癖に、えげつない迫り方したって聞いた。あんたみたいに力を持て余してるバカは、魔法を学んで力の扱い方を学んだ方が良いんだよ」
ハイ、嘘ーっ!!
学園って言う三条家の息のかかった閉鎖空間で、何時でもお手頃にコロコロ(暗殺のカワイイ言い方)出来るからだろ!! 用意周到だな、もっとやれ!! 俺が、ヒイロじゃなければな!!
「ま、精々、頑張りな。支援はしてやる」
「で、得られた支援がコレ、ねぇ……」
俺は、ベッドの上に転がる魔導触媒器を見つめる。
ただいま、朝の7時。
午前6時に起床して、ランニングを終えてからシャワーを浴び、こうして三条家の支援物資を見つめている。
魔導触媒器。
それは、傍から視れば、日本刀にしか視えない。
鞘には、簡易的な宝石細工が施されている。
よくよく視てみれば、鞘にはなにかを嵌めるような、幾つかの凹みがあることに気づけるだろう。その凹みと凹みを繋ぐようにして、直線と曲線が走っており、紋様染みた細工と化している。
だが、それが、普通の刀ではないことは抜いてみれば一目瞭然。
この刀、刀身がないのだ。
鍔と鞘の入り口が、微小な魔力で固定されている。湾曲している握り手には、引き金があり、鍔から先には砲口のようなものが空いている。
なぜ、このような機構になっているかと言うと……少し特殊な、『Everything for the Score』特有の魔法の発動方法にある。
まず、この世界では、この魔導触媒器を介してしか魔法が発動出来ない。
無手で『ファイアボール!!』とか唱えても、絶対になにも出ない。出てくるのは、急に大声で叫び出したクレイジーのみだ。
魔法は、この魔導触媒器の引き金を引くことで発動する。
魔導触媒器は、刀剣の形をしたもの以外にも、杖、水晶玉、腕輪、聖骸布、髪飾りなんて特異なものも存在するが……どの触媒でも、共通しているのは、引き金が存在し、ソレを引くことで発動するということだ。
さて、とは言ってもこの魔導触媒器。ただ、引き金を引けば魔法が発動するわけでもない。
鞘の部分の凹みの部分、ココを式枠と呼ぶが……この式枠に、導体を嵌める必要がある。
なんの導体を嵌めるかで、発動出来る魔法が異なってくるのだ。
また、導体と導体は、鞘に刻まれた導線で繋がっていれば効果や威力が変わる。
この組み合わせこそが、『Everything for the Score』の戦闘の奥深さに関わってくるのだが……本題からズれてるところに凝りすぎだろ、この百合ゲー。
「うげっ、この導体、ほぼジャンクじゃん……主人公の初期装備よりも酷いぞ……ていうか、組み合わせも脳死威力上げだし……このままじゃ、使い物にならねぇっつうの……」
魔導触媒器の方は、紛れもなく一級品。
さすがは、天下の三条家。体裁には気を遣うのか、ほぼ価値なしのヒイロ君にも、業物を寄越したらしい。
が、導体の方はゴミ。こんなもん、三歳児の知育玩具代わりにしかならない。
ガチャガチャ、ガチャガチャ。
「ダメだ、圧倒的に導体足りんわ……飯食ったら、ダンジョンに行くか……とりあえず、入学までの間に、少しでも戦力を補充しとかんと、何時、三条家に寝首をかかれるか……」
俺は、夢中になって、魔導触媒器を弄り続け――
「…………」
「うおっ!?」
無言で、部屋の隅に立っていた少女に気づいた。
白髪。
メイド服を着た美しい彼女は、小首を傾げてこちらを見つめる。
「飯、ですが」
「……え?」
彼女は、親指で扉を指す。
「飯ですが」
「え、あ、はい……?」
くるりと、踵を返した彼女は、再度、こちらを振り返って言った。
「ば~か」
「は? いや、待て、メイド風情」
面倒くさそうに、立ち去ろうとした彼女は振り返る。
「なんでしょうか?」
「なんで、今、主人たる俺のことを罵倒した? 好きな女の子とかいる?」
「説教なのか恋バナなのか、どっちかにして欲しいんですが」
「好きな女の子とかいる?」
「そっちになっちゃうんですか」
無表情のメイドは言う。
「好きな女の子はいません。罵倒に関しては、この間、私のメイド仲間に罵声を浴びせた仕返しです。この微妙イケメン。
や~い、や~い、クビに出来るものならしてみろ腐れ金髪~! お前の母ちゃん、でべそお湯沸かし機~! ほくろから毛、生えろ~!」
この間、と言うと、俺がヒイロになる前か。
あのクソ野郎、将来、咲くかもしれない百合の花を穢しやがって……いついかなる時でも、癇に障る男だ。
「それは、どう考えても俺が悪いな。君の罵倒も、甘んじて受け入れよう。これから、その子のところに謝罪しにも行く。
だが、これだけは胸に刻んでいて欲しい……好きな女の子は作りなさい。愉快な御曹司とのお約束だよ」
彼女は、ぐぐぐっと、首を更に横へと倒した。
「……どなた?」
「いや、だから、愉快な御曹司」
「ヒイロとか言うクソ男は、今までの人生で頭を下げたことなんて一度もない筈ですが」
「なに、安心しろ。何事にも初めてはある。俺だって、初めて、百合○を読んだ時には衝撃を覚えたもんだ」
首を傾げている彼女に連れられ、被害者のメイドの子へと謝罪して……食後、ダンジョンへと向かった。
向かった、が。
「いや、なんで、付いて来てんの?」
「…………」
なぜか、パーティーに、メイドが加入していた。