三条三者三指
なんで、三条霧雨がココにいる。
驚愕を表に出すまいとして、表情には露骨に表れている。
人間の魂を食って喜ぶ悪魔のように。
三条霧雨は、鼻と口から俺の驚きを吸い込み、実に美味そうに煙として吐いた。
「坊っちゃん、あんた、生き残っちまいましたねぇ……可哀想に」
上着のポケットに手を突っ込み。
雑に掴み取ったゼリービーンズをぽろぽろと床にこぼしながら、豪快に頬張った彼女は微笑む。
「……人形か?」
「そう疑われると思いましてねぇ、この忠臣、三条の霧雨は美味しくゼリービーンズを頂きましたよ」
相変わらずの滑舌の悪さ。
先生のドレスと同等以上の値段のスーツを着崩し、皺だらけの上着には目もくれずニヤついている。
「……なんで、ココにいる?」
「どの女ですか?」
ゼリービーンズを食いながら、霧雨は煙草を吹かす。
「俺の質問に答えろ」
「リーデヴェルト家の女はようく躾けられてますがねぇ、アレはぁ、家内の権力闘争に既に負けている……アルスハリヤ派の小娘は坊っちゃんに尽くしすぎるきらいがあるし……黒砂家の娘はよく出来た人形みたいなもんで劣っているぅ……」
一瞥もせずに。
霧雨は、アシュリィのことを指した。
「番外から選ぶなら、コレですかねぇ……シュガースタイル家の女は、昔から『力』というモノに弱い……くくっ……時間をかけて躾ければ、坊っちゃん好みの良い女に育つと思いますがねぇ……乳も尻も、コレなら申し分ないでしょぉ……?」
「…………」
生存本能が働いている。
アシュリィ・ヴィ・シュガースタイルは、露骨な侮蔑を目の当たりにしても、微動だにせず趨勢を見守っていた。ソレは即ち、外交に長けた彼女が、霧雨という存在を敵に回すべきではないと判断したということだった。
「坊っちゃん」
霧雨は、口から煙草を離して。
アシュリィの持っている白ワインに、火が点いたままの煙草を沈める。
透明な液体の中に、一本の煙草は沈んでいき……底についた瞬間、霧雨は口端を曲げる。
「ぼかぁ、そんな怖い顔で見られるようなことをしたつもりはないんですがねぇ」
「お前は、二度も三度も、質問を繰り返させるような無能か? ひとりでおしゃべりしてぇなら、ペットショップのオウムとでもしゃべってろ」
「最初に言ったでしょぉ、『お助けに上がりました』って。
ぼかぁ、貴方の忠実な下僕ですからねぇ」
引き金に指をかけたままの俺を視て、霧雨は苦笑する。
「黄の寮に囚われていた人質を安全な場所に移動させたのは、何を隠そう、この三条霧雨なんですがねぇ」
俺は、目を見開く。
「だから、俺があの部屋に踏み入った直後に人質が解放されたのか」
「えぇ、えぇ、そのとおりで。
裏で手助けさせて頂く予定だったんですがねぇ、坊っちゃん、自ら人質救出に動き出すとは思いもよらず……くくっ……ついつい、舞台袖から顔を出しちまいましたよ。
おっと」
パッと、両手を挙げて。
両手のひらを見せながら、後ろにバックステップを踏んだ霧雨は、鯉口を切った俺から距離を取る。
「こわいこわい……なんですかぁ、坊っちゃん……くくっ……急に人のことを殺そうとして……こわいなぁ、殺意にはきちんと鎖をつけておいてくださいよ……ソレが社会に暮らす人間が守るべき規則ってもんでしょぉ……?」
「ライゼリュートはどこだ?」
「いやはや、シェイクスピアが描いた登場人物みたいに欲深だ……七椿の次は、ライゼリュート……魔人殺しの英雄様にでもなるおつもりですかぁ……?」
手を挙げたまま。
さり気なく、鳳嬢生を盾にしている霧雨は微笑む。
「勘違いしないで頂きたいんですがねぇ、ライゼリュートは我が三条家の盟友、協力関係にある優しい魔人ですよ」
「魔法協会筆頭魔法士、トップ・エレガンスな私が思うに」
霧雨が武器を持っていないことを確認し、俺が優位に立っていると思ったのか、急に先生が会話に入ってくる。
「如何なる事情があろうとも、魔人と手を結ぶことは法の下に許されていな――でも、ソレはソレ!! コレはコレ!!」
霧雨に睨めつけられ、くるりと反転した先生は俺に指を突きつける。
「地球は丸くて、世界はひとつ!! ラヴ、ラヴ、ラァヴ!! 私たちのハァイセンスな世界は、愛に包まれているゆえに!! そのような前時代的でむさ苦しいスレイヴな考えは捨て去るべきね!! ライゼリュート様最高!!」
腕を組んで尊大さを醸し出した先生は、霧雨の横に並び立ち、ぺらぺらと保身を図り始める。
「まずは!! 貴方!! 三条くん!! レッツ・トーク、話を聞きなさい!! ちなみに!! 魔人と人間が手を結ぶことは許されていなくても、魔神教に加わった人間は魔神の洗脳下にある可能性が高く罪に問われることは少ないわ!! オーケー!?」
「…………ッ!!」
下唇を噛み締めて。
ぶるぶると震えながら憤怒をアピールすると、先生はちょこちょこと動き始めて、俺と霧雨の中間地点で止まる。
「オーケー、エヴリワン!! この私!! アシュリィ・ヴィ・シュガースタイルが、貴方たちの間を取り持つ希望への架け橋になるわ!! 世界平和、ラブアンドピース!!」
「なんで、ライゼリュートが三条家に味方してる? ポケットに入ってるゼリービーンズで、餌付けしたとでも言うつもりか?」
「くくっ、もちろん、平和をこよなく愛する魔人だからでしょぉ? 坊っちゃんにも、親しく付き合っている魔人が一匹や二匹くらいいるのでは?
それどころかぁ」
霧雨は笑う。
「魔人取りが魔人になっていてもおかしくはない」
「…………」
「坊っちゃん、ぼかぁ、貴方の御味方ですよ。払暁叙事を開眼させた坊っちゃんこそが、三条家の正統後継者として名を連ねるべきだと思っている。だからこそ、こうして、危険を顧みずにお助けに上がったわけで」
俺は。
ゆっくりと、九鬼正宗の握り手から手を離した。
「だったら、この一件の首謀者は誰だ?」
「くくっ、自殺呪詛の使い手、可愛らしい藁人形に意思を与えた飼い主、言うなれば人形使いですか」
霧雨は上着の胸ポケットから煙草を取り出し、使い捨てのライターで火を点ける。
三本。
煙草を摘んだ人差し指と中指、ソレに薬指を足して……俺を指差すようにして、三条霧雨は『三』を突きつけた。
「候補は三人」
煙が漂って、その隙間から緋色の目が覗く。
「クロエ・レーン・リーデヴェルト、緋墨瑠璃、黒砂哀」
白煙の背景の裏側で、両目を見開いたまま彼女はささやいた。
「無能ゆえに質問を繰り返しますがねぇ」
三条霧雨は、愉しそうに口端を曲げる。
「どの女ですか?」