雨天決行
紫。
BOTTEGA VENETAのディープパープルのパーティードレスを着込み、後ろで丸めてまとめた髪をCHANELのジュエリーで留めている先生は、舌打ちを連発しながら白ワインをあおる。
魔法合宿内で行われた立食会。
綺羅びやかな大広間は、蒼の寮のモノで、本魔法合宿を取り仕切る蒼の寮長の一存により会食の場は決定されていた。
氷で象られたシャンデリアからは、青い光彩が投げかけられ、冷気を灯した机上で踊っている。
夏ゆえの催しか。
テーブルから料理の受け皿まで、そのすべてが氷で形作られていたが、それらに素手で触れても冷たさを感じたりはしない。
専用の容器に水を流し込んで固めた代物らしく、しっかりと表層はガードされ凍傷対策を施されていた。
「ふんっ、エレガントの欠片もないわね」
既に酔っているのか。
赤く頬を染めたまま、ぐいぐいとワインをあおっているアシュリィは舌を鳴らした。
「私が、よくご存知している権力者の遣り口よ。ハッ、低能よろしくスェンスが感じられないわ。そもそも、たかだか十数年しか生きてない子供が、パーティーを取り仕切るなんて生意気なのよ。
ばっど、ばっど、とぅ~ばっど」
アシュリィの視線の先。
真っ青なパーティードレスに身を包み、誰よりも鮮烈な存在感を放っているフーリィは、俺の視線に気づくといたずらっぽく流し目を送ってくる。
「…………」
無言で。
俺は、ワイングラスの中身をあおった。
「…………」
同じく、無言で。
じーっと、興味深そうにカラフルなマカロンタワーを眺めている黒砂は、ウェストリボンの付いたフレアドレスを揺らしながら歩いてくる。
「…………」
「いや、別に、俺に許可取らなくても食っても良いよ」
「……そう」
一応、自分も作戦メンバーであるという自覚はあるのか。
わざわざ、俺の許可を得てからマカロンをつまんだ黒砂は、しげしげとソレを眺めてからマカロンタワーの前で本を読み始めた。
「先生」
さり気なく。
俺から距離を取っていた先生は、満面の笑みに切り替えてから寄ってくる。
「おほほ、なんでしょぉかぁ~?」
「あんまり、酒は飲みすぎないようにしてくださいよ。舌を濡らして準備を整えるのは結構ですけど、いざという時にアルコールで脳が回らなくなったら困るんで」
「私、安酒で酔うほどお安くないわよ」
妙に色気のある先生は肩を竦める。
「というか」
キョロキョロと辺りを見回しながら、寄ってきた彼女は手の甲を口元に当ててささやいてくる。
「この交渉に成功したら、私を解放するってことで……アグリーなのよね……?」
「イエス、アグリー」
「ぉ~、いぇ~……ウィンウィン!!」
通り過ぎざまにウェイターから赤ワインを受け取り、飲み干した先生は笑顔を浮かべてから頷いた。
「でも、本当にアナタの言う通り、この立食会にジョインするのかしら? 人形たちを創り上げた首謀者が?」
「いや、もう来てるよ」
「えっ!?」
左右前後を見回したアシュリィは、何時でも土下座出来るように体勢を整えながら目線を周囲に走らせる。首謀者らしき人間の姿は捉えられなかったのか、彼女は腰を低くしたまま息を吐いた。
「あら、アシュリィ先生」
蒼。
氷雪のアクセサリーで胸元を飾ったフーリィは、微笑を浮かべながら指を鳴らし、照明が少し暗くなって――声をかけられた先生は、凄まじい速度で表情を変え、居丈高だった己の立ち位置を瞬時に変じさせた。
「あぁ、フーリィさん! 我が鳳嬢魔法学園が誇る英傑! 常に成績トップを誇り、魔法協会では天才と呼ばわれ、かのフリギエンス・グループを統一する麒麟児!! オーマイガッ、イットイッズゴッデス!! ビューティフォー!! ディス・イズ・ビューティフォー!! ビューティフォー+ビューティフォー=ヴェリィ・ビューティフォー!!」
相手が不快に思わないくらいの絶妙な音量で。
ぱちぱちと両手を打ち鳴らしたアシュリィは、自身の太鼓持ちがフーリィに通用しないと知るや否や、どこからともなくブランド品の髪飾りを取り出す。
ソレをフーリィの青髪に当てて、彼女はわざとらしく息を呑んだ。
「あっ……一致した……!!」
「先生、要りませんよ」
「三条くん!! アナタ、こんなもの要らないわよ!! バッボーイ!! 片付けておきなさい!!」
「へへっ……す、すいやせん……」
俺はペコペコしながら髪飾りを受け取り、後ろ手で『よこせ』と要求しているアシュリィにソレを返却する。
「ヒーくん」
微笑を浮かべながら、フーリィはささやく。
「パーティー、楽しんでる?」
「あぁ」
「入院してたご友人たちは大丈夫だった?」
俺はフーリィの意図を読んで、ニヤリと笑う。
「全員、退院しましたよ」
「お目に適う美女は見つかったかしら?」
「これからかな。見当はついてる」
細い指でマカロンを手に取り、小さな口に押し込んだフーリィは笑む。
「イベントの準備は出来てる?」
「整ってますよ」
「最近の調子は?」
「お見舞いに行った時に、予想外の知人に出会ってびっくりしてる」
「へぇ、知人……ヒーくんが驚くなんて相当なものね」
「顔は合わせてないんですけどね。すれ違っただけで。でも、ばったり出くわしたりしたら驚きで心臓が止まっちゃうかも」
「有名人の類かしら?」
「歴史に名を残すレベルの超有名人」
「私、有名人と言えば、かの『祖』の魔法士、劉悠然のサインを頂いたことがあるの。彼女、私と共通のエッレガント力を持つ唯一無二の魔法士でしょぉ?
私ほどじゃないにしろ、ファッションセンスもヴェリナイスで、誰も寄せ付けない孤高の天才ぶりも似通っているのよね。でも、彼女、後天性の魔力不全で魔力を失ってしまって、魔法士を引退してしまっているのが残念だわ。
でも、そのスペックは疑いようがないくらいにヴェストで、あのサインもオークションに出せば数百万円はくだらないんじゃないかしら……おほほ」
「…………」
「…………」
「あら? どうしたの? ホワイ・サイレンス?」
フーリィはオペラグローブを外し、着け直してから苦笑する。
「ヒーくん、その超有名人とばったり出くわしちゃったらどうする?」
俺はニヤリと笑いながら、ワイングラスを揺らした。
「面白くなるね」
「……そうならないことを祈るわ」
ロングスカートをゆらめかしながら。
フーリィ・フロマ・フリギエンスは、微笑と冷気を残して去っていき、取り残された先生は顔を歪めて悪態をつく。
「それで?」
アシュリィは、苛立ちを隠そうともせずにワインをあおる。
「私は、一体、誰とお話すれば良いのかしら?」
「そろそろ来るだろ」
俺は、苦笑する。
「まぁ、正直、俺も誰が来るかはわからな――」
「坊っちゃん」
思わず。
俺は、驚愕で振り向き――長身、眼の下には隈、病的なまでに白い肌。
眼前に立った長駆をもった彼女は、スーツを着崩しており、左手の甲には魔法陣を右手の指にはルーン文字のタトゥーを入れていた。
カラーコンタクト。
緋色の瞳がこちらを見下ろし、煙草を吹かした彼女は口端を曲げる。
「お助けに上がりました」
目には視えぬ細やかな霧雨のように――三条霧雨は、予想だにもしないタイミングで現れた。




