守護天使の加護
「三条さん」
委員長は、呆れ顔でつぶやく。
「貴方は、常人の予想を超えることしか出来ないんですか……?」
張られた天幕。
救い出された生徒たちは、カーテンで目隠しされた本校舎の教室内に寝袋を設置し、誰かが作り始めたカレーに舌鼓を打っていた。誰も彼もが安堵の笑みを浮かべており、なぜか、俺を中心にして車座になっている。
見知らぬ上級生に挟まれた俺は、妙に距離が近い彼女らを充血した両眼でガン見し、ハァハァと息を荒らげながら自身の喉に刃を当てていた。
「お、俺に寄るな……よ、寄らば(自分を)斬る……!!」
「……緋墨さん」
「はいはい、撤収願います撤収願います」
ぱんぱんと、両手を叩きながら。
青筋を立てた緋墨に追い立てられ、上級生たちは口を尖らせながら俺から離れていき、空いたスペースを緋墨が埋める。空いた反対側に委員長が腰を下ろし、窓際で本を読んでいる黒砂は静かにカレーを食べていた。
「コレで、まともにお口を利けますか? 三条女誑しさん?」
「俺じゃねぇ!!」
思わず叫んで、俺は両手で顔を覆った。
自身を見つめる102名の熱視線を浴びながら、俺はガチガチと歯を鳴らし、恐怖のあまりに自分の顔面を掻いた。
「お、俺はなにもしてねぇ……俺は……俺は、悪くねぇ……ゆ、百合を護りたいだけなのにぃ……な、なんでこうなるんだ……ぢぐじょぉ……魔法合宿に来れば、百合を見放題で脳が回復する予定だったのにぃ……!!」
「わたしが思うに」
腕を組んで壁に背を預けているエイデルガルトは、ふわりと髪を掻き上げる。
「自業自得ね」
「今回ばかりはちげぇわ、ばーかッ!! 俺は誰の好感度も上げてねぇ!! アイツらのこと、誰ひとりとして知らねぇんだよ!! なんで、あの連中、俺の好きな食べ物から休日の過ごし方、百○姫でなにから最初に読み始めるのかすら知ってるんだよ!?」
「でも、結局、あんたのしてきたことを知って好きになっちゃったんでしょ? だったら、やっぱり、三条燈色の自業自得じゃない」
「そういうレベルじゃねぇんだよ!! 視ろッ!!」
俺が指差す先で、漆黒の法衣に身を包み教壇に立ったキエラ・ノーヴェンヴァーが、長杖を振るいながら教典を開く。
「では、第六章十二節、我らが三条燈色が烙禮のフェアレディを打倒した場面での――」
「組織化されてる!!」
俺は、号泣しながら拳を机に叩きつける。
「百合破壊が!! 組織化されてるッ!!」
「つまり、この場面で三条燈色は人間の抱える夢を打破してみせた。第六章十二節は幾重にも張り巡らされた暗喩を抱えており、ひとつひとつ紐解くのに時間がかかりますが、まずは三条燈色の表層意識を理解する必要があ――」
「俺の表層意識が!! 俺の知らないところで暴かれてる!! 図解で!! めちゃくちゃわかりやすく暴かれてる!!」
泣きながら教典をバンバンと叩き、泣きながら詰め寄ると、苦笑いをした緋墨は「はいはい」と俺の頭を叩き――ピタリと止まる。
「でも……コレ、三条燈色にとってはプラスよね……あんたが計画的に考えたんじゃないの……?」
「は? そんなわけねーだろ?」
緋墨は、苦笑して頭を振って――ふーっと、息を吹きかけられ、びくりとした俺は真顔の委員長に向き直る。
「そろそろ、本題に入ってもよろしいですか?」
「う、うん……はい……」
委員長の要求に従って。
俺は、計画変更を余儀なくされた理由を説明し、人質救出にまで至った顛末を語り、拾ってきたエイデルガルトについても話した。
「三条家の忍……」
そっと。
寄り添ってきた委員長は、俺の耳朶にささやく。
「信用出来ますか?」
「全部、露見するタイプだから問題ない」
「えっ……あの女性、忍者なんだよね……?」
「忍べないタイプの忍者だから」
「それ、ただの者だよね……?」
カーテンの隙間から入ってくる月光を浴び、わざわざ、自らをスポットライトの下に置いている者は誰よりも目立ちながら目を閉じていた。
「事情はわかったけどさ」
わいわいと、カレーを食べている102名の人質を指して緋墨はつぶやく。
「あたしたちには、この人数の人質を護れる人的資源がない。ただでさえ、三条燈色は人形たちとは戦えないんだから。この魔法合宿に参加しているであろう魔法士狩りの首魁をフーリィさんが突き止めるまでの間、迫りくる人形たちからこの子たちを護りきれる?」
「そも、なんの要求もなしに人質が解放されたことも不気味で動きづらくはありますね」
確かに。
さすがの物理忍者でも、数を用意されれば押し切られるだろうし、原作通りであれば彼女の体力の能力値はそこまで高くはない。連戦が続ければ削り切られる可能性もある。
「お困りですか、戦乙女」
唐突に。
漆黒の法衣を揺らしながら、背後に立ったキエラがささやき、驚愕で身動ぎした緋墨の前で逆十字を切った。
「白百合に祝福を。
もし、お困りごとがあれば、しがない巫女のワタシにご相談を」
「えっ……な、なに戦乙女って……?」
「もちろん、三条燈色を守護する天使の分霊ですよ。我らが守護天使の御使いであり、三条燈色の原処領域に座する妻の一員です」
「はぁ!? つ、妻ぁ!?」
「緋墨、狂人の戯言をまともに聞くな。奴らは別の次元に属している生物であり、言語が通じる相手じゃない」
泡を食っている緋墨の前で、キエラは柔らかく微笑む。
「キエラさん」
「どうか、キエラとお呼びください。愛しき君よ」
「……あんたをそんなにした守護天使ってのはどこのどいつだ?」
「守護天使は守護天使ですよ」
「アルスハリヤだな?」
「いえ、違います」
「えっ!? 違うの!?」
「守護天使アールスハリーヤです」
「アルスハリヤじゃねぇかッ!! ちょこざいな小細工やめろボケがッ!!」
「三条燈色が生まれた瞬間、守護天使アールスハリーヤは仰りました……世界に愉悦あれ、と」
恍惚とした表情で、宙空へと彼女は手を差し伸べる。
「巫女であり伝道師として、今後も励む所存ですので……ご承知おきを。
ワタシの使命は、三条燈色の叙事詩を伝え戦乙女を増やすこと。それこそが、守護天使アールスハリーヤから遣わされたワタシの運命なのです」
「救出してからこの教室に来るまで、その守護天使からなんの電波を浴びたか教えろ。現在なら、俺はあんたを救ってやれる」
「私、恩を返すために頑張りますよ、三条燈色さん!!」
「取り返しのつかない仇を返すなァッ!!」
見事に伝道師を演じているキエラは、一瞬だけ素の姿を見せてから頭を下げ、教壇へと戻っていった。
「…………」
「白百合に祝福を。
続々と嫁が増える三条さん、今後の動き方についてですが」
頭を抱えている俺へと、委員長はささやいた。
「我々の切札を使う場面が到来しました」




