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誘導型笑い声

「……どういう意味?」

「そのままの意味だけれど」


 コツコツと、靴音を立てて。


 部屋の中央に歩み寄ったエイデルガルトは、長くて綺麗な人差し指を真っ直ぐに――床へと向けた。


「ココに、102名の人質が居る」


 素早く。


 俺は視界を回転させて、周囲を確認し――残り2分45秒。


「視えてない?」

「えぇ、そうね。でも、102名分の人間の気配は感じる」

次元扉ディメンジョンゲート? もしくは、その前段階の裂け目か?」

「この狭所に次元扉ディメンジョンゲートは設置出来ないわね。現在いま、ココに裂け目が存在していたとしたら、わたしたちも吸い込まれていると思うわ」

「……画骸の」


 俺は、ささやく。


「ライゼリュートか」


 逡巡してから。


 確信しているかのように、エイデルガルトは頷いた。


「…………」


 ヤバい。


 ヤバいなんてものじゃない……なぜ、この魔法合宿での諸々にライゼリュートが関わってる……ヤツは、三条家と……いや、三条霧雨(キリウ)と共に行動していて、この段階で俺を殺すメリットは存在しない筈だ……。


「エイデルガルト」


 思考を中断して、俺は決断を下した。


「この部屋から離脱するぞ。

 師匠かリウと合流する」

「人質は?」

「現状では無理だ、一旦、救出は諦め――」


 唐突に。


 眼前の虚空が蒼白の閃光と共に弾け飛び――俺は、大量の鳳嬢生たちに押し潰され、その柔らかい肢体の下敷きになる。


 突然、出現した生徒たち。


 一室にぎゅうぎゅう詰めになった俺と鳳嬢生たちは、悲鳴と罵声と哀憐とで埋め尽くされ、わけがわからないままもみくちゃにされる。


 状況が把握出来ないまま、誰かに抱きつかれて助けを求められ、俺は甘い香りに包まれながら大声を張り上げる。


「お、落ち着け!! 落ち着いて、今まで好きだった女の子に告白しろ!! カップル成立した場合、ふたりで抱き合って!! 記念品は後でお渡しします!!」


 パニックは収まらない。


 どこからともなく現出した鳳嬢生たちは、泣き喚きながら俺の頭を抱え込み、息も吸えなくなった俺は必死で息継ぎする。


 そんな状況下で。


 大量の足音が近づいてきて、俺は、腰に括り付けている九鬼正宗の引き金(トリガー)へと手を伸ばした。


 が、震える指先は届かず、俺は声を張り上げる。


「エイデルガルト!! エイデルガルト、人形どもが来てるぞ!! 引き金(トリガー)がッ!! 引き金(トリガー)が届かねぇ!!」

「燈色さん」


 天井にクナイを突き刺して、ぶら下がっているエイデルガルトはささやく。


「わたし、初めて女体に溺れてる人を視たわ」

「いいから、足止めしてください!! お願いします!!」


 ふわりと。


 天井から下りてきたエイデルガルトは、俺の肩の上に着地してから、廊下へと飛び出していき――戦闘音が鳴り響いてくる。


「ぐぉお……!!」


 柄頭に、指先が掠める。


 唸り声を上げながら、ぷるぷると震える手を伸ばし――引き金(トリガー)に指がかかって、思い切り引いた。


 魔力線が、指先から上腕へと駆け抜けて。


 一気に鳳嬢生たちを持ち上げた俺は、彼女らを抱き抱えたまま廊下へと出る。雪崩の如く、一室から人体が流れ出ていき、下敷きになって窒息寸前だった少女たちが、げほげほと咳をしながら新鮮な空気を吸い込む。


「きゃあっ!!」


 悲鳴。


 エイデルガルトが押さえ込んでいる逆方向、非常階段から上がってきた人形が色鮮やかな魔法弾を飛ばしてくる。


「ライフで受けるッ!!」


 俺は、二人組で抱き合っていた彼女らの盾となり、喜んで血肉を弾け飛ばした。


「カップル成立」


 満面の笑みでひざまずいた俺は、生成クラフトした百合の花を彼女らに渡した。


「おめでとうございます」

「凄い撃たれてる!! 凄い当たってる!! 凄い笑ってる!!」


 全身、穴ぼこだらけになった俺は、濃厚な百合摂取による一時的な痛覚遮断により無敵化し、笑いながら光剣ルークスを振り回して突進する。


「おりゃおりゃおりゃぁ」


 魔法弾に怯むこともなく、笑いながらドタドタと走ってくる男。


「おりゃおりゃおりゃぁ」


 その笑顔を視認した人形たちは、くるりと反転して逃げ出した。


「おりゃおりゃおりゃぁ」


 人形たちを狂気的な圧だけで蹴散らした俺は、百合カップルたちの脇を通り過ぎようとして両側から抱き着かれる。


「……は?」


 天国から地獄へと。


 一気に叩き落された俺は、現状が認識出来ず、ぐいぐいと迫ってくる彼女らを見下ろした。


「ありがとう、助けてくれて!!」

「いや、助けてません」

黄の寮(フラーウム)の三条燈色さんですよね?」

「いや、違います」

「三寮戦での活躍、わたしたち、一緒に視てました! 当時は、蒼の寮(カエルレウム)で参加してたんですけど、電磁投射砲レールガンの弾丸を居合で斬っちゃうところもリアルタイムで視ててぇ」

電磁投射砲レールガンの弾を人間が斬れるわけないでしょ。フェイクですよフェイク、とりあえず離れてもらっていいですか」

「カルイザワ決戦にも参加してて、大活躍したんでしょ? それなのに、女の子に色目ひとつ見せずに謙遜してるの格好いいなぁって」

「すいません、そのお上品な胸を揉ませてもらって良いですか? やべぇ、頭の中がドギツいパッションピンクだわ。

 胸か尻を揉まないと、俺の中の獣が解き放たれてしまうかもしれない」


 頬を染めた二人組は、ちらちらと目配せし合う。


「え、えぇ~? どうする~?」

「まぁ、一回くらいなら……良いですけどぉ……?」

「あひ……ひ……ひひぃ……!!」


 百合ゲー世界の住人とは思えない発言を耳にした俺は、白目をいて天井を見上げ、カチカチと歯を鳴らした。


「あ~っ!!」


 どこかで、視たことのある顔立ち。


 如何いかにも生真面目そうな顔をした女性は、左腕に着けた古びた腕時計を鳴らしながら、猛ダッシュしてきて俺の両手を握った。


「さ、さささささ三条燈色さんっ!!」

「えっ、な、なに……?」

「き、キエラ・ノーヴェンヴァーです!! 貴方に命を救われた!! 地下天蓋の書庫(アンダーアーカイブ)ではありがとうございました!! ま、また、お逢いできるなんて感激ですっ!!」


 キエラ・ノーヴェンヴァー。


 地下天蓋の書庫(アンダーアーカイブ)への突入時には同じチームに所属しており、その後、魔法合宿で再会した時には人形化していた女性……地下天蓋の書庫(アンダーアーカイブ)で消息不明になっていたが、俺の身体を操作コントロールしていたアルスハリヤの手で助け出されていた筈だ。


「やっぱり、貴方はあの時と同じように助けに来てくれましたね!! 私、信じておりました!! だからこそ、人質として囚われていた間、三条さんがきっと助けに来てくれると皆さんを鼓舞し士気を保つことが出来たんです!!」

「……は?」

「私、頂いたこの書籍を元にして、皆さんに三条さんのことを紹介させて頂きました」


 そう言って。


 俺の視たことのない分厚い冊子を取り出した彼女は、バンバンと表紙を叩きながら頬を紅潮させる。


「そうしたら、出るわ出るわ新情報が! 皆さんの目撃情報から伝え聞いた武勇伝まで、まとめてみればどんどんこの本の厚みは増していきました!! そして、語れば語るほど、三条さんの真のお姿がくっきりと浮かび上がってきたわけです!!」


 気づけば。


 エイデルガルトは人形たちを片付けて、ぱんぱんと手を払っており、囚われていた人質たちは俺を見つめていた。


 その好意的な……一部、好意を超えているであろう感情がめられた視線に捉えられた俺は、臓腑の底から嫌悪感が湧いてくる笑い声を聞いた。


「アルスハリヤ……?」


 振り返るが、ヤツは居ない。


 笑い声――バッと、全身を反転させるが、やはりそこにヤツの姿はなかった。


「ど、どこにいやがる……て、テメェが仕組んだことはわかってるんだ……アルスハリヤぁ……テメェ、ついに一線を超えやがったな……きょ、今日という今日は我慢ならねぇ……ぶ、ぶっ殺してやる……!!」


 虚空へと向かって。


 俺は光剣ルークスを振り回し、たたらを踏んで、ゆらゆらと揺れながら仇敵の姿を求めて階段を下りていく。


「どこだ、アルスハリヤぁ……!!」


 階段を上がってきた人形たちは、血みどろの姿で刀を振り回す俺を視て急停止し、つんのめってバランスを崩しドタドタと階段を転がり落ちていった。


「アルスハリヤァ……!!」


 どこからか聞こえてくる笑い声。


 その声を追いかけているうちに、俺はいつの間にか校庭にまで辿り着いており――


「やっと、ゴールできたぁあ!!」


 半泣きの緋墨が歓声と共にゴールし、付いてきていた人質たちは笑顔で拍手を送った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 物理的に女体に溺れるやつって存在したのか‥‥‥ あとヒイロくん信者出来とるやん
[良い点] 全部アルスハリヤだろ
[良い点] 魔人同士は干渉できることを利用して、ここぞというときにハーレムバフをかます先生が素敵です! 第二のバッファーも登場しちゃってヒーローくん周りの百合枯渇は深刻ですね ニヤニヤが止まりません!…
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