かしこいにんじゃ
空室に散らばる人形の肢体。
情け容赦なく関節を外されて、右腕やら左足やらが捻じ曲がり、虚ろな瞳でこちらを見上げる人の形をした屍……ギョロギョロと目玉だけが動き回り、胸を波立たせながら息づいている姿は、現世に縫い付けられている人間の標本を思わせた。
もぎ取った人形の左手を孫の手代わりにして、自分の背を掻きながらエイデルガルトは瞬きをする。
「忍者だもの」
「いや、それは、既に一回聞いてるんだわ。間違えて、同じNPCに二回話しかけちゃったみたいな気分だよ」
物理全一の手により、蹴散らされた人形の群れを眺めながら、俺はその部屋に居るべき者が居ないことに気づく。
「人質は?」
エイデルガルトは、髪を掻き上げて胸を張る。
「ココよ」
「誰が面白おかしい冗談で場を沸かせろっつった。
人質は?」
「だから、ココよ」
「…………」
「…………」
「優秀なわたしに、約48時間与えて欲しいわね。要点のみをまとめあげた経緯説明をわたしなりに忍者アレンジして、その少年心を高鳴らせてあげる」
「そのクソみたいな忍者アレンジのお陰で、2日も消費されてしまうの勘弁してください。
いや、ホントに時間ねーよ」
残り6分32秒。
必要最低限の家具のみが残された室内を捜索し、適当にクローゼットを開けてみるが、当然、そこに約100名もの人質が隠されていたりはしない。隠し部屋や魔法的な仕掛けがないか、隅から隅まで調べてみるがなにも見つからない。
「ヒイロさん、ヒイロさん」
「はいはい、後でね。後で。
後で遊んであげるから、床でも舐めててくれる?」
俺の袖を引っ張っていたエイデルガルトは、おもむろに自分のスカートの中へと手を差し込み、下着を脱いでから俺の頭に載せる。
「ヒイロさん」
「はいはい、わかったわかった。パンツねパンツ。
後でパンツだから、天井でも舐めててくれ――って、なにしくさやがるんだ、このクソ忍者ァッ!!」
俺はエイデルガルトの下着を床に叩きつけて、彼女はまたスカートの中に手を差し込み、新しい下着を俺の頭に載せる。
「話を聞いて欲しいのだけれど」
「お前のパンツ、マトリョーシカか?」
「房中術の授業をすべてサボった忍たるわたしにとって、男性を誘惑する下着は重ねがけ必須よ。言うなれば、MMOでバフをかけられるだけかけるようなものね。
所謂、下着バフよ」
「だから、お前、時間ねーんだよ!! 口開く度に、デバフ重ねがけしてくるのやめてくんねーかな!? 時は金なり、百合は幸なりだよぉ!?」
顔だけはSSRのエイデルガルトは、洗練された動作で腕を組む。
「わたし、ヒイロさんとのドギツい同棲生活を構築するために、貴方の棲家たる黄の寮に荷物を運び込んでいたの」
――わたし、三条華扇に命じられて、暫くの間はヒイロさんを見張らないといけないの
エイデルガルトの言葉を思い出し、俺は思わず顔を歪める。
「居候云々の話、本気だったの……?」
「当然ね」
エイデルガルトは微笑し、床を這って逃げようとしていた人形の頭を床ごと破壊する。
「わたし、プロだもの」
「……で?」
「丁度、あの屋根裏部屋にイエスノー枕を運び込んでいた時のことよ。
意識を失った鳳嬢魔法学園の学生たちが大量に運び込まれてきて、この寮の保全管理を行っていた管理者や守衛所の女性も昏睡させられたわ。その人たちはこの部屋に搬入されて、全員、数分後には意識を取り戻して部屋から出てきた。
ひとりの魔法士の音頭に従ってね」
「首謀者を視たのか……!?」
「忍者は、目が良いのよ。視力8億くらいあるわ」
なんで、その視力でまともな生活送れてんの? 知力マイナス8億くらいあるからか?
「写真も撮ったわ」
「はぁ!? お前、有能忍者か!? エイデルガルトさん、発熱すると頭が良くなったりするタイプ!? 今、45度くらいある!?」
エイデルガルトは、画面を広げる。
その画面には、こちらにピースサインを向けて、愛らしくウィンクをしているエイデルガルト・忍=シュミット張本人が映っていた。
「でも、惜しいことにカメラがインカメラだったの」
「ピースしてるじゃねぇか!! 思いっきり!! ピースしてるじゃねぇかッ!! 確信犯だろうが!! インカメラで撮ってることを自覚してなければ、こんなに可愛くピースサインしたりしねぇんだよ!!」
「いえ、インカメラである場合を想定してピースしておいたの」
「たぶん、お前、天才なんだと思うよ」
残り3分21秒。
かつて、ココに人質が居たという事実は疑いようがなかった。
床には色や長さの異なる髪の毛が残っており、押し込められていたことを示す手がかりとして、壁に身体を擦った時に残る擦り痕もあった。
「とりあえず、エイデルガルト、俺と一緒に来てくれ」
「わたしの身体が目当てなのね。
エロ同人みたいに」
「……首謀者の顔は憶えてるよな?」
「失礼ね、誰に物を言ってるのかしら」
「身体目当てで連れ去ろうとしてるインカメラ界の天才」
ため息を吐いて、俺は、近づいてくる足音を聞きながら窓を肘で叩き割る。
「ほら、行くぞ。
とっとと首謀者を突き止めて、人質を移動させた場所を吐かせる必要があるんだから」
「なぜ?」
「あ? だから、人質を移動させた場所を突き止めるた――」
「人質なら」
エイデルガルトはささやく。
「この部屋の中にいるわよ」




