人質救出作戦ソロプレイ
霧。
俺の右手の五指から、ゆっくりと立ち昇っていった濃霧は、天井に取り付けられている光電式スポット型感知器へと吸い込まれていく。
ピクニックへと向かう子供たちみたいな軽やかさで。
感知器の内部へと霧は侵入していき、感知器内部の発光部から放たれている光線が霧の粒子に当たって乱反射し受光部が感知する。
けたたましい警報音が鳴り響き、駆け出した俺は、景気よく指先から霧を吐き出していった。
一階から六階まで。
階段を駆け上りながら霧を吐き出した俺は、窓から外へと飛び出し、前回と同じ手口で窓を割って一階にまで戻る。
屋外を警戒していた人形たちは、物言わずして分かれていき、二人組の人形が守衛室へと歩み寄る。
が――扉は開かない。
魔導触媒器を近づけてロックを解除しようとするものの、そもそも、内部から物理的に扉を塞いでいるのだから開くわけもない。幾度も、扉の前で悪戦苦闘していた彼女らは諦めて散っていった。
「お嬢様の人形もまたお嬢様だな」
引き金を引いた俺は、前蹴りで阻害物ごと扉を吹き飛ばす。
「足癖が悪くて、ごめんあそばせ」
守衛室に侵入した俺は椅子の背に全身を預け、視界を埋め尽くしている画面を見つめ、列となった人形たちが向かう場所を確認する。
「おーおー、フェロモン辿ってるアリさんみたいだな。頑張れ頑張れ。精々、愚か者の隊列を整えてえっさほいさと行進してくれや」
警報音が鳴り響く中、寮内に設置されている自販機からドクター○ッパーを買ってきた俺は、ごくごくと喉を潤しながら画面を眺める。
各階ごとに五人、総勢、三十人体制で黄の寮の走査を行っている。
守衛室の監視カメラと警報システムから、火元の確認が行えなかったため、わざわざその足で火災現場を探し当てようとしているらしい。
コレは当然、我が身大事な鳳嬢魔法学園のお嬢様にあるまじき行動で、彼女らが全員、人形であることに疑いようはない。
各階で分かれて、廊下でもまた分かれて。
まさに、アリの巣を進むアリンコみたいに、一糸乱れぬ動きで同じペースをもって、幻炎を求めて彷徨う。
現在、一階から六階まで、黄の寮の内部は霧の国から直接仕入れた濃霧で満ちている。その色合いは火災時に発生する白煙とほぼ見分けがつかない。
そもそもの火元は守衛室でのんびりドクター○ッパーを飲んでいるのだから、この偽火災の火元を確認することは不可能だ。
ただし、普通の火災の場合は、徐々に火災が広がるにつれて酸素が不足していき、白煙は黒煙へと変化していく。その変化過程に勘付く人形がいれば露見の可能性はあるが、今のところ、人形たちがそこまでの判断能力を持っている形跡は視られない。
では、火元が確認できないお人形たちはどうするかと言えば――三階に移動していた人形たちは、一室の扉を開けて中へと入っていった。
「……三階か」
当然、人質の安全を確保する。
残り十分。
ぶち壊した扉を飛び越えた俺は、引き金を引いて、三角跳びをしながら階段を上らずに壁を蹴って上がる。
その行き先に――
「おっと、やべっ!!」
人形たちが集結しており、彼女らは一斉に引き金を引いた。
瞬間、俺は廊下に満ちていた霧を操作し彼女らの目元に被せる。
狙いが逸れて、飛翔してきた炎弾や水弾や風弾は壁や天井を削り、扉を蹴破った俺は部屋の中へと飛び込む。
「そうはならんやろ!!」
顔面に、ピンク色のブラジャーが被さる。
お嬢様学校の生徒とは思えないズボラな実態、下着を適当に部屋干ししている女生徒の部屋を掻き分け、顔にかかった高そうな下着を床に放り捨てる。
下着ドロみたいになった俺は、殺到してきた人形から逃れるために窓を蹴破った。
現在地は二階、人質がいる部屋は三階――九鬼正宗を壁に突き刺し、それを足場にして思い切り跳躍――窓枠を肘で叩き割ってから、両脚で窓枠にぶら下がり、九鬼正宗を回収してから上に上がる。
扉へと駆け込んで、開いた瞬間――大量の人形たちが、砲口をこちらに向けていた。
弾雨の中、必死で扉を閉める。
「数、増えてねぇか!? あのうちの何人が付き合ってるか、アンケートとっても良い!?」
棚を倒してバリケードに。
再度、窓へと飛び出そうとし、非常階段から狙い撃ちされて弾が肩を掠める。
生成された足場を用いて、二階の窓から三階まで上がってこようとしている人形を確認し、自殺呪詛のせいで手を出せない俺は微笑んだ。
「詰んでる~!!
とでも、言うと思ったかッ!!」
接ぎ人。
蒼白の爆光と共にぶ厚い壁が吹き飛び、弾け飛んだ破片と破砕音と共に、焼け焦げた右手を振りながら俺は駆ける。
「修繕費用は、アイズベルト家持ちだぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
居合、一刀、爆閃ッ!!
真っ直ぐに駆け抜けながら居合抜刀を繰り返し、壁という壁を切り刻みながら破壊し、端へと到達した俺は外へと飛び出してから霧手で円弧を描き、戻ってきてから窓を蹴破った。
転がりながら衝撃を殺し、扉を蹴り開けてから人質が囚われている一室を目指す。
壁を斬り破るとは思わなかったのか、人形たちは一時的に俺を見失っているようだった。
「あーあ、一張羅が台無しだよ」
ぱんぱんと、俺は、クソダサ私服に付いた塵やらホコリを払う。
全身に突き刺さっていたガラスを引き抜き、痛みで呻きながらため息を吐いて、俺は人質が待っている部屋へと入る。
瞬間。
右手で抜き放ち、左の甲で跳ね上げて――俺へと刃を突き付けた彼女の喉へと、引き抜いた光刃を当てた。
開いた扉の裏。
その死角に隠れていた彼女は、無表情でその刃を見つめる。
「いや、お前」
俺は、脱力して、刀を鞘に収めた。
「なんで、こんなところにいんだよ」
「だって」
平然とした顔つきで、エイデルガルト・忍=シュミットは言った。
「忍者だもの」




