解決策は閃きで
飛――ぶ。
砲口は大量の水を吹き出し、七色の虹が空にかかった。
開かれた窓へと突入した俺は、噴水式波乗器を緩衝材として着地する。バラバラになった板は、床を滑っていき、壁に全身を叩きつけた俺は激痛に呻いた。
「いでぇ……」
打った腰を撫でながら、俺は立ち上がって周囲を眺める。
黄の寮の最上階、閑散とした廊下を眺めた俺は、着地の衝撃で外れていたイヤホンを嵌め直す。
「黒砂」
マイクをONにして語りかける。
「黒砂、聞こえるか? 委員長? 聞こえてたら返答してくれ」
返答はない。
俺は舌打ちをして、外したイヤホンをポケットに仕舞い込む。
魔力探知されれば終わりなので、魔導触媒器を通した連絡は行えない。だから、わざわざ、イヤホンマイクなんてモノを用意したわけだが、当然のように対処されているようだった。
だが、この対応処置からしてもこう言える――黄の寮の中に、人質が囚われている。
――人質救出作戦になら参加してあげてもいいけどね
コース上から黄の寮の窓が視えた瞬間、フーリィ・フロマ・フリギエンスが有言実行したことを知り、リストを渡す条件として『水流滑り』の優勝を指定してきた意味がわかった。
黄の寮に人質が居るというメッセージを、秘密裏に俺へと受け渡すためだ。
このメッセージを受け取って、黄の寮に向かった場合、当然、俺は水流滑りの優勝を逃すことになる。
そうなれば、俺は、リストを手に入れることは出来ない。
フーリィ・フロマ・フリギエンスは、周到な用意の元に俺を虜囚の下へと導き、言外に救いなさいと宣っている。
要は、最初から、フーリィは俺にリストを渡すつもりなんてさらさらなかったわけだ……そして、ふたりきりで入った露天風呂にも敵の耳があると思っていた……フーリィは、手柄に固執するような小物ではない……もし、そうであれば、フェアレディの討伐という大手柄を俺に押し付けるわけもなく、三寮戦での敗北を素直に認めて再戦を切り捨てるようなこともしない……。
フーリィ・フロマ・フリギエンスには、俺にリストを渡せない理由が存在している。
恐らく、その理由は――俺は、口端を曲げる。
「……透き通った優しさだな」
フーリィ・ルートの流れを思い出し、思わず俺は微笑んでいた。
画面を開いて時間を確認する。
水流滑りは、コース全体を3周してからゴールに到達することで終了となる。あの猛者揃いの参加者たちであれば、6分程度で3周出来るだろうが、全参加者がゴールしなければ競技は終わらない。
緋墨のあのもたつき具合であれば、15分……いや、20分はかかる。
その間、あの場に集っている人形たちの目は釘付けにされており、運営側にいるフーリィが上手く足止めしてくれる筈だ。
人質を救出することさえ出来れば、一気に俺たちが優位に立てる。
だがしかし、あまりにも黄の寮は大きくて広すぎる……居住区は1階から6階まで、地下は1階から3階まで存在し、ひとつひとつ部屋を調べていたら20分では調べきれない。
人質の居る場所がわかったのだから、一度、撤退して情報収集してから臨むか……?
そんな考えもよぎったが、俺は直ぐに切り捨てた。
ダメだ。こんな絶好の機会はそう訪れない。そう考えているからこそ、フーリィは俺にこの機会を与えてきたのだ。この状態が長引けば長引くほどに、どんどん、俺たちは追い詰められる。
この20分で、俺は、人質が存在する部屋を見つけなければならない。
そんな方法が存在するのか……押し黙った俺は、画面を広げて寮内の見取り図を確認する。
人質のいる部屋を特定する方法……たったの20分で、その部屋を見つけ出すことが可能なのか……外部の援助を受けることは出来ない……また、俺は人形を破壊することが出来ないため、真正面から戦闘を行うことは避けながらの作業になる……。
そんな方法があ――俺は、目を見開く。
視線の先には『守衛室』があり、屋根裏部屋へと駆け上がった俺はガムテープを回収し、引き金を引いた瞬間に窓から飛び降りる。
風切り音を鳴らしながら、落下した俺は霧手で壁面を引っ掴み、半円を描きながら壁を駆け走る。
一気に一階まで下りた俺は、霧手でぶら下がったまま、ガムテープを窓に貼り付け、九鬼正宗の柄でぶっ叩いて窓を割った。
息を殺したまま一階を駆け抜け、守衛室の中に滑り込んでから、各廊下や設備のリアルタイム映像を映し出している監視カメラ画面を確認する。
俺は、ニヤリと笑い、廊下に出てから天井を見上げた。
「あぁ、なんだ」
そして、俺は、そこに答えを見つける。
「簡単じゃねぇか」




