水流滑り《ウォーターコースター》
水流滑り。
裏面にふたつの砲口が付いている『噴水式波乗器』と呼ばれるサーフボードで、水上を滑っていくエスコ世界のスポーツだ。
この『噴水式波乗器』は、揚力と重力を活用しハイドロプレーニング現象によって波を滑るサーフィンとは異なり、美学や繊細さなんて欠片ひとつもない、魔力によるゴリ押し推進力で爆走する。
噴水式波乗器は、原作上では『板の上でバランスを取れれば乗りこなせる』と紹介されているが、豪快なアクセルと鋭敏過ぎるブレーキを組み込んでいる時点で、詐欺商材の説明と大差ない凶悪な詐称と言えよう。
水流滑りは、原作の魔法合宿内でも存在するオリエンテーションで、明らかに予算と工数が足りていない現状をありありと見せつけてくれるミニゲームのひとつだ。
『Everything for the Score』というゲームが、その恐るべき規模感を実現出来たのは、執念染みたスタッフの努力のお陰だと言われているが、アシュリィの土下座バグを始めとしたバグやチープな場面は多々存在している。
中でも、突発的に取り入れたことが丸わかりな水流滑りといったミニゲームはその代表格で、『パワー』、『スピード』、『テクニック』のパラメーターを持つサーフボードが十種類も用意されているのだが、そのうち九種類は燃えないゴミというゲーム性の破綻を見せつけている。
例えば、赤と金の縞模様が描かれている『金剛炎上』と名付けられた『パワー』タイプのサーフボードは、アクセルを踏み込んだ瞬間、そのあまりの推進力に人体が空をぶっ飛ぶ。
当然、コースアウトで失格、下手すれば命を落としかねない。
また、『スピード』に特化した『軽快疾走』は、アクセルを踏み込んだ瞬間、ボードだけが空をぶっ飛ぶ。
当然、取り残された人体は水に沈み、下手すれば命を落としかねない。
その他のボードも罠だらけで、しかもコース自体もバグだらけのため、凶悪無比なショートカットが幾つも存在し、一部のエスコ学会員の異常者でもなければ、このミニゲームを正常にプレイすることすら出来ない。
にも関わらず、開発中のスタッフはなにを考えたのか。
この水流滑りは、エスコ内で部活動として存在しており、コースは全8種類、正気とは思えないことに世界大会まで用意されている。その癖、エンディングは用意されておらず、水流滑りにのめり込んだ主人公は、強制的にバッドエンドを迎えるように出来ている。
どこぞの素人に作らせたとしか思えないコース、癖が強すぎて地雷でしかないボード、アホ過ぎるAI……真剣勝負の世界大会で、俺以外のNPCが『金剛炎上』を選択し、スタートと同時にすべての人体が空をぶっ飛んでいったのを視て、俺は飲んでいた麦茶を鼻から吹き出した。
まともに扱えるボードは、すべてのパラメーターがバランスよく整っている『清流青龍』ぐらいのもので、俺が選んだテクニック重視の『白純精彩』は、ピーキー過ぎてまともに扱えたものではないが……このミニゲームをやり込みすぎて、全8種類のコース、すべてのショートカットを網羅している俺ならば容易に扱える。
『清流青龍』を選んだ緋墨以外は、8種類存在しているゴミボードを選んでおり、最早、敵と成り得る障害は存在しない。
「なにぃいいいいいいいいいいい!?」
と、スタートするまでは思っていました。
『金剛炎上』を選んだ参加者は、哀れ、真昼のお星様になりました……と思いきや、彼女らはボボボボボボと音を立てながら、小刻みにアクセルとブレーキを繰り返しスムーズなスタートダッシュを決める。
嘘だろ、『キャンセル・アクセル』!? アクセルとブレーキの分配を把握しながら、繊細なボタン操作(6F猶予のAとBと十字ボタンの繰り返し入力)を要する高等テクニックを!?
『軽快疾走』を選択した参加者は、腹ばいになってボードにしがみつき、手慣れた動きで急速発進した。コース上をくるくると回りながら、凄まじい速度で俺を追い越していき第一ショートカットまで猛進する。
「はぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
その動きは、猛者そのもの。
エスコ学会員が作成し無料配布し物議を醸した『水流滑り・オンライン』で見慣れていた、バグゲーに魅せられた異才の傑物たち(全盛期で、アクティブプレイヤー12人)の挙動だった。
「えっ、ちょっ、コレ難し……さ、三条燈色、手、貸してよ……」
ノロノロと進んできた緋墨は、よちよち歩きの赤ん坊みたいにへっぴり腰で、震えながらこちらに手を伸ばしてくる。
「……悪い、緋墨」
俺は、そんな彼女に微笑みかける。
「計画変更だ、勝ちに行く」
「えっ!? な、なに、あんたが妨害して、あたしが優勝するって話じゃなかっ――」
「このゴミを!! 誰よりも極めたのは!!」
水流滑り・オンラインで、優勝景品となっていた神絵師によるエスコのファンアートを入手した経歴のある俺は叫ぶ。
「この俺だッ!!」
アクセル7に対し、ブレーキ3の割合で。
レギュラースタンスを取った俺は、膝を軽く曲げながら板を踏みつけ、その先端を45度に傾ける。
「きゃっ!」
凄まじい推進力が生まれて、最速角度である斜め45度をキープした俺は速度がノッたのを確認し――アクセルを全開にして、裏面の砲口から大量の飛沫が弾け飛ぶ。
歓声が上がる。
輪を描くようにして、一回転する形で本校舎の屋上を回るようになっている経路。
ココが第一ショートカットとなっており、板の角度を戻した俺は急激な勢いで駆け上っていく。頂点部分へと到達するタイミングを計算し、アクセルを踏み込んでいる足の力を徐々に緩める。
速度が落ちて、自由落下が始まり――
「ッシャオラァッ!!」
頭から落ちていった俺は、アクセル2のブレーキ8で板を一回転させて、噴射を続けている板を掴んでから自身を回した。
板の上に着地し、片足を離しながら板の先端を掴んで跳ね上げる。
綺麗にトリックを決めた俺は、水上に着地すると同時に噴水式波乗器の砲口を取り外して右側面に接着させ、アクセルを踏み込んで――真横にぶっ飛ぶ――数メートル先のコースに着水した。
二度のショートカットを成功させて、先行していた参加者に追いつき、俺は薄着姿のお嬢様たちへと呼びかける。
「ハロー」
腕を組みながら、真横にした板のエッジを上方に逸らし、蛇行走行している俺は笑う。
「悪いが、このコースで『白純精彩』を上回る板は存在しない。なぜなら、この鳳嬢魔法学園コースには、俺が見つけた新規のモノも含めて全18のショートカットが存在するが、そのすべてをこなせる板は『白純精彩』だけだからだ」
表情ひとつ変えず。
彼女らは魔導触媒器を取り出し、俺は組んでいた腕を解いた。
「無駄だ」
斬撃。
斜め前から走った一閃を仰け反って避けて、続いた薙ぎ払いを跳躍して躱した。勢いよくアクセルを踏み込み、前方へと跳びながら回し蹴りを放ち、後ろに吹っ飛んだ参加者は水中へと没する。
「へいへ~い」
俺は、波に乗りながら蛇行する。
「ノッてるか~い?」
一、二、三、四。
四方向から迫ってきた彼女らは、長剣型の魔導触媒器を振り回す。
思いっきりブレーキをかけた俺の眼前で、彼女らの剣撃と剣撃は正面衝突し、硬質な音が響き渡って火花が散った。
くるくると板を回転させながら突っ込んだ俺は、足先に力を入れてアクセルを踏み込み、真横からひとりを吹き飛ばし、次いでふたり目も吹っ飛ばして水中旅行へとご案内する。
「無駄だ、無駄」
俺の『白純精彩』を奪おうとして、攻撃を仕掛けてくる連中をからかいながら、板の上に座り込んだ俺はニヤニヤと笑う。
「もう、名前は書いてある。確かに水流滑りにおいて、場面場面で相手の噴水式波乗器を奪うテクニックは重要だが、レンタルならともかく個人所有の噴水式波乗器を奪い取ったりすればゴール時に失格になるからな」
すらりと。
腰の九鬼正宗を抜いて、水飛沫を浴びながら――俺は刃を滴る水滴へと笑んでみせる。
「俺は、この競技の世界記録保持者(競技人口12人)だ」
能面のように。
彼女らは、無表情で驚愕を表した。
「こんなゴミにぃ!! 本気になれるヤツは、俺くらいしかいねぇ!! 神絵師の百合絵が懸かってなかったら誰がプレイするか、こんなゴミぃ!!」
噴射。
蒼白の水上を滑りながら回転し――斬――参加者たちの噴水式波乗器を斬り刻み、彼女らは水柱を立てながら沈んだ。
「フッ」
俺は、口端を曲げながらその場から離れる。
「ちなみに、相手の板を破壊するのは普通に反則だ」
こちらを追いかけているドローンの間隙を縫って、反則行為に手を染めた俺は、後ろから追いかけてくる参加者たちに笑顔で手を振る。
煽るだけ煽って。
勝利を確信した俺は、再度、輪の形で作られている回転箇所に差し掛かる。
一気に、俺は駆け上がっていく。
頂点を迎えて、景色を眺め――目を見開いた。
「……そういうことか」
即座にアクセルを踏み込んで。
勢いよく、俺は、見当違いの方向へとコースアウトしていった。




