泉中談義
湯気が満ちる。
その白色の湯けむりは、透けた下腹部の先に視えていた。
「やらしい目線」
すらりと伸びた足の指先で湯をかき混ぜながら、一糸まとわぬ裸身を晒しているフーリィは微笑んだ。
「…………」
死に際に視る夢幻の如く。
普段はヴェールで隠している容貌を惜しげもなく見せびらかしているフーリィは、同じ人間のモノとは思えない作り物じみた『美』を顕現する。
何者も通さず何物も通さない裸身は、透明無色の像を作り出し、完成された胸元から臀部にかけて柔らかな線形を描いている。
「……いや、なんで脱いでるんすか?」
「脱いで欲しかった癖に」
男に裸を視られることに対し、何ら思うことはないらしく、フーリィは堂々たる面持ちで湯の中に入ってくる。
温泉の中で体育座りをした彼女は、髪を耳にかけてから小首を傾げる。
「来ると思ってた?」
「来るとは思ってたけど、わざわざ服を脱ぐとは思わなかった」
そろそろと。
四つん這いになって寄ってきたフーリィから離れ、俺は頭の中でアルスハリヤを思い描き、高鳴る胸を怒りに置き換える。
「ふふっ、ヒーくんったら。アレだけモテる癖に、ちょっと詰め寄られたら、しかめっ面で逃げ腰になっちゃうのね」
俺は、ため息を吐――殺気――九鬼正宗へと伸ばした手を押さえられ、岩に叩きつけられた俺はフーリィに捉えられる。
「あらら、捕まっちゃった」
「…………」
立ち上がりかけた俺が立てた波紋が、ゆっくりと広がってから消えてゆく。
ぴちょん、ぴちょんと。
前髪から垂れ落ちた水滴が音を立て、片手で俺を捕らえながら喉に親指の先端を突きつけている彼女は微笑を浮かべる。
「ヒーくんには、私はどう視える……?
敵? それとも味方?」
空気が変わる。
フーリィ・フロマ・フリギエンスは、その衣服と共に蒼の寮の寮長、『至高』の魔法士、鳳嬢魔法学園の優等生という外面を脱ぎ去り、この魔法合宿という舞台さえも取り払って問いを投げかけてきているように思えた。
だから、俺は俺の答えを口にする。
「俺の目を覗いてみろよ」
「…………」
「答えが書いてある」
フーリィは、俺の両目を覗き込み――口端を曲げてから離れた。
陽だまりの中でうたた寝していた猫みたいに伸びをして、ゆっくりと両脚を上下させて湯を波立たせた彼女はあくびをする。
「それで? やらしい変態王子様は、どうして私がココに来るってわかったの?」
「わざわざ、俺専用の入浴時間を拵えてあれば予想はつくでしょ。この魔法合宿を管理下に置いてるのはあんただし、誰にも悟られずにふたりきりで話せるとしたら、たったひとりの男である俺が入浴するこの時間しか有り得ない。
蒼の寮長様は、人形じゃないんでしょ?」
「まぁ、やっぱり、ヒーくんは気づくわよね……女の子が髪の毛を切っても気づかなさそうなタイプなのに、こういうことに関しては鋭いんだから」
「おいおい、俺の鋭さを舐めないでくださいよ。女の子同士が隣に並んでいる姿を視ただけで、ふたりがどういう関係性にあるのか、約100個のパターンで予測することが出来ますからね」
「つまり、なんにもわかってないってことでしょソレ。
で? 麗しのお嬢様と混浴してまで、全裸の貴公子はなんの情報がお望み?」
「首謀者は誰ですか?」
フーリィは肩を竦める。
「さぁね、私かもしれないしヒーくんかもしれない」
「麗しのお嬢様は、どこまで把握してらっしゃるので?」
「ソレ、哀願してるつもり? 無料で?」
俺は近くの木の枝を拾ってフーリィに差し出し、思い切り頭を引っ叩かれる。
「ねぇ、情報共有しましょうよ。わざわざ、こうして俺に会いに来たってことは、双方、目的は同じじゃないんですか?」
「残念、見当違い。ヒーくんの様子を見に来ただけ。
私は、本件、君に協力してあげるつもりなんてないわよ。得がないもの。人質救出作戦になら参加してあげてもいいけどね」
「お優しいことで……」
「お褒めに預かり光栄ね」
両手で水鉄砲を作り、温泉水を飛ばしてくるフーリィの顔面に湯を叩きつける。周辺のお湯が凍りついていき、俺は真顔で命乞いをした。
「あんたなら気づいてると思うけど……運営サイドに首謀者、もしくは、その協力者がいますよね?」
「それ、私よ」
「…………あ?」
「小導体を通して、わざと流したのよ、偽の参加者リストを。そのリストに沿って、首謀者が人形化を推し進めていることも確認できてるわ。
首謀者の当初の計画は、この魔法合宿の全参加者を人形に置き換えることだったんでしょうけど……それが失敗に終わって、一部の生徒が人形化してないのは、私の手で偽の参加者リストを掴まされたから」
「つまり、魔法合宿に参加しているが、あんたが配った偽の参加者リストには載っていないメンバーがいる……容疑者、絞れてるってことですよね? リストを幾つ用意したかは知りませんけど、どのリストに従って人形化を進めているかを確認すれば、容疑者を絞ることが可能な筈でしょ?」
フーリィは、お湯を手ですくって微笑む。
「この合宿の参加者は129名、用意した偽の参加者リストの数は42個……容疑者は、人形化に使用されたナンバー『13』のリストを配った三人にまで絞れているわ」
「疑問点1、なんで、偽の参加者リストなんて配ったんですか? まるで、最初から、この事態が起きるとわかってたみたいに」
「わかってたからよ」
「なぜ?」
「それが疑問点2? 答えは秘密」
「……疑問点3、なぜ、俺のような一部の生徒には参加者リストが配られてないんですか?」
「残念、勘違い、小導体を通じて配られてるわよ。
それに気が付かなかったということは、ヒーくんは首謀者じゃなかったってことね」
「なるほどね」
俺は、苦笑する。
「だから、この合宿の取りまとめがフレアからあんたに変わったのか。
麗しのお嬢様が出張ってきたってことは、『ダンジョン探索入門』の時と同じってことですよね?」
「コレだから、性格が悪くて頭が回る人間は嫌いなのよ」
ため息を吐きながら、フーリィは立ち上がって――艶めいた肌を煌めかせながら微笑む。
「リスト、欲しい?」
「欲しいって言ったらくれるんですか?」
「ひとつ」
彼女は、ささやく。
「条件があるわ」
その冷たい声音と共に冷風が吹き、水面に波紋が広がった。




