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運命を覆すために

 波打つ天井。


 天井に投影された白い海は、人々の足音に反応して波打っている。


 大量の本が詰め込まれた本棚が、宙空を行き交っていた。中身の魔導書が飛び交って、整理整頓が行われている。


 蒼白い燐光を帯びた魔導書は、空気中にきらめく文字列を投影し、粉微塵こなみじんとなって消えていった。


 中央には、純白の天体スフィアが置かれていた。


 見上げんばかりの巨体。


 星図が描かれた天体スフィアは、おごそかに、ゆっくりと回転を続けている。


 その芸術的な白い球は、鳳嬢魔法学園の大圖書館アーカイブを支配する敷設型特殊魔導触媒器コンストラクタ・マジックデバイス


 通称、『銀白の天球(シルヴァ・スフィア)』。


 手のひらを押し当てて、魔力を流し込み、学園生だと認識されれば、想像イメージに合わせた本を持ってきてくれる。


 諸々の課題を放り捨てて、不可視の矢(ニル・アロウ)の問題を解決しに来た俺は、銀白の天球(シルヴァ・スフィア)に手を当てる。


 俺と同じように、本を探しに来たのだろうか。


 何人かの生徒たちも、同心円状になって、目を閉じ本を探していた。


「…………」


 俺も、集中するために、目を閉じる。


 矢、矢、矢……視えない矢……『アーチェリーノート』、『弓道の基本』、『不可視理論』、『メタマテリアル』、『いしゆみの構造』、『魔法の矢~基本編~』、『魔法基礎理論』、『エルフの用いる矢とは?』、『神殿光都アルフヘイム~謎に包まれる古都~』、『黒戎カノンの発現技術』、『魔眼全書』。


 いやいや、どんどん、脇道にズレてるわ。


 俺は、眉根を寄せて、集中力を取り戻そうとする。


 どうにも、記憶を掘り起こす形で想像イメージしてるから、本質からズレたところに着地してってる。


 俺は、矢の作り方を知りたいんだ。その上で、矢を真っ直ぐ飛ばす方法を教えて欲しい。


 今度は、上手くいった。


 俺の腕の中に、どさどさと、数冊の本が降り注いでくる。


「うおっとっと!」


 キャッチして、本を抱えた俺は、閲覧室へと移動することにした。


 スコア0の俺は、狭い個室くらいしか使えないが、高スコアの生徒たちには映像記録も視られるシアタールームが提供される。


 当然のように、完全防音。机や椅子、仮眠用のベッドが設置されており、電話一本かければ司書が飛んでくるサービス付きだ。


 この大圖書館アーカイブには、エスコ・ファンが『ツンとデレの幅が、絶対零度と絶対熱くらいある』と言われているあのサブヒロインもいるわけだが……当然、男の俺がからんで良い存在ではないのでスルーする。


 俺は、画面ウィンドウを開いて、大圖書館アーカイブの空き室を探す。


 これだけ広いだけあって、低スコア用の空き室も簡単に見つかった。


「32番……32番……」


 32番の個室を探し求めて歩いているうちに、如何いかにも嫌そうな顔をして、通りすがりの生徒たちは道を空けてくれた。


 思えば、鳳嬢魔法学園の敷地内設備で、男と出会ったことがない。そもそも、学内ですれ違うことすらも稀だ。


 どうやら、俺以外の男は、空気を読んで姿を消しているらしい……NINJAかな?


 正直な話、それは俺も見習うところで、本来であれば主人公やらヒロインズやらとからむべきではない。


 とは言え、現在いまから急に距離をとったところで、詰められるだけの話で、手遅れのような気がするのだが。


 まぁ、どうしようもないことを考えても仕方ない。


 現在いまは、差し当たっての課題、オリエンテーション合宿に向けてのパワーアップをはからなければ……月檻ならば問題ないとは思うが、なにもかもが、ゲーム通りに運ぶとは言い切れない。


 未来の百合のために、自分を盾にしてでも、主人公が死ぬことだけは避けなければならない。


 いざという時に動けるよう、不可視の矢(ニル・アロウ)の習得を急がなければ。


「おっ、32番!」


 ようやく、俺は32番の個室を見つけ出し――


「…………」


 自分の両手が塞がっており、開けられないことに気づいた。


 めんどくさいが、一度、床に本を置くしかないか。


 俺は、ため息を吐いて、本を置こうとし……にゅっと、横合いから腕が伸びてきて、扉を開けてくれた。


「どうぞ」


 かぼそい声。


 その腕は、透けている。


 思わず、見上げて、笑顔の彼女と目が合った。


「こんにちは、三条燈色さん」


 蒼の寮(カエルレウム)、寮長、フーリィ・フロマ・フリギエンス。


 純白のベールをかぶった制服姿の彼女は、透かした体表越しに冷気を発しており、透明の瞳が俺を射抜いぬいていた。


「……どうも」


 こんなところで、ヒイロとフーリィの遭遇イベントなんてあったか?


 エスコは月檻桜(主人公)の視点で進行するから、ヒイロがどこで誰と会ったかなんてわからないが……ココで、フーリィと関わり合うのは得策ではない。


 いや、どこであろうとも、フーリィとは関わり合いたくない!! 強いヤツと出会えば出会うほど、死ぬ可能性が高まる!! 主人公に関係のないところで、犬死にするのは御免だ!!


 俺は、そそくさと、個室に入ろうとして――透明な手に阻まれる。


「ごめんなさい。

 少しだけ、お話させてくれない?」

「すいませんが、急いでるので」

「あら、もしかして、知らないうちに嫌われていた?」

「いや、そういうわけでは」

「じゃあ、ちょっとだけ。ね」

「え、ちょっ、あの!」


 押し切られて、俺は、ぐいぐいと個室に詰め込まれる。


 精霊種の彼女特有のもやが、独特の感触を俺に伝えて、狭苦しい個室内で絶世の美少女とふたりきりになる。


 じっと、彼女は、俺を見つめる。


「ヒーくんって、呼んでいいかしら?」

「……はい?」


 頬に手を当てた彼女は、腕を組んで、豊満な胸を意図せずに寄せる。


「ほら、私って、寮の皆にニックネームを付けてるでしょう? どうにも、これから親しくなろうと思った人間ひとのことはただの名前で呼ぼうって気がしないの。

 ちなみに、ラピスちゃんは『ラッピー』って呼んでるのよ」

「そんなグッピーみたいな……ぜ、絶対、嫌がってますよね……?」

「大丈夫。私、可愛い子の嫌がる顔ってそそるタイプだから」


 なにも大丈夫ではねーよ。


「と言うか、俺、男なんですが……嫌じゃないんですか……?」

「それを言うなら、私、精霊なんだけど嫌じゃないの?」


 原作通りの『気に入った相手』に対する押しの強さは、そのままで、俺に覆いかぶさっているフーリィは続ける。


「ヒーくんって、案外、可愛い顔してるわね……化粧水、なに使ってるの……?」

「い、いや、特に使ってませんよ」

「うそだぁ。こんなに、お肌、すべすべもちもちなのにぃ」


 両手で顔を挟まれて、ぐにょぐにょに両頬を揉まれる。


「でも、ヒーくん」


 彼女は、澄んだ瞳で、俺をのぞき込む。


「凶相が出てる……たぶん、近いうちに死んじゃうわね……可哀想に」

「え、マジですか」


 フーリィは、占星術や人相占いと言った卜占ぼくせんを得意とする易者えきしゃでもある。


 原作ゲームで、彼女は、何度も占いを的中させている……ヒイロが彼女に『死ぬ』と言われた翌日に、大型トラックにかれて死亡し、周囲の人々にフーリィが尊敬されると言うイベントが存在する。


「ま、そんなことはどうでもいっか」


 どうでもよくねーよ。


「今日は、ヒーくんに用事があってね」

「用事……?」

「ラッピーに、貴方が黄の寮(フラーウム)に入ることを明言して欲しいのよ」


 あぁ、なるほど、そういうことか。


 納得がいった俺は、どんどん、迫ってくる彼女から顔を背ける。


「ラピス、寮に入らないって言ってるんですか?」

「そ。貴方に固執してるからね」


 ジロジロと、彼女は、至近距離から俺を見つめる。


「貴方が黄の寮(フラーウム)に入るって言えば、さすがに諦めて蒼の寮(カエルレウム)に入ると思うわ。

 昨日、星を視たから確実」

「わかりました。早いうちに伝えますよ。

 なので、退いてもらってもいいですか?」

「うーん……もったいない……」


 さわさわと、太ももの内側を撫でられる。


「いや、ちょっと!? あんた、どこ触ってんだ!?」

「あぁ、ごめんなさい。私、人間の感覚ってよくわからないから。あんまり、触ったらダメなところだったのね」


 パッと、手を離して、彼女は微笑む。


「よく鍛えてるわね。ホント、もったいない」

「……俺が死ぬからですか?」

「うん。

 だって、貴方、自分の生き死にに執着してないでしょ? 自分の命よりも大切なものがあって、そのために喜んで命を放り出せるタイプ。

 むしろ、自分が存在していない方が、都合が良いとか思ってない?」


 合ってるぅ……こわぁ……!


「長生き出来るわけないわよねぇ……自分の命を惜しんでないんだもの。

 でも」


 フーリィは、俺の両頬を包んで、真正面から覗き込む。


「私は嫌いじゃない。

 だって、人間の特権でしょ……命よりも大切なものに全てを捧げるって……なんだか、ロマンティックじゃない」


 そっと。


 なぞるようにして、俺の頬を指で撫でてから、フーリィは俺から離れる。


「たまには、私の占いが外れることを祈るわ。

 運命くらいくつがえしてみたら……命をけてでも、護りたいものがあるんでしょ、騎士(ナイト)様」


 ひんやりとした冷気を残して、蒼の寮長は去っていった。


 しばらく、呆然としていた俺は、ようやく我を取り戻す。


 机の上に置かれた本の山に、改めて向き直った。


 ありとあらゆる意思が、そこに集中していくような気がした。


 俺は、本を読み知識を吸収し、その知識を活かして、不可視の矢(ニル・アロウ)の完成に取り組んだ。


 彼女の言うところの運命を――くつがえすために。


 光陰矢の如し、いつの間にか、時は流れ去り。


「うん」


 太陽がのぼって、師匠は頷いた。


「素晴らしい」


 宵闇に眠っていた大木に、日が差して、俺の狙い通りに空いた穴が現れる。


「…………」


 俺は、自分の両手を見下ろす。


 皮が擦り切れて破れ、何度も赤黒い血で染まり、疲労で小刻みに震えている手を。


 そっと、俺は、その手を握り込む。


「……師匠」


 師匠アステミルは、静かに、頷いた。


「貴方は、強くなった。前よりもずっと」


 俺は、声を振り絞る。


「はい……」


 なにがあろうとも、俺は護り切る。


 俺が目指すのは、この世界の主人公、ヒロインたちが笑って終われる世界だ。


「行ってきます」

「いってらっしゃい」


 俺は、ゆっくりと、集合場所へと移動する。


 着いた頃には、既に、全員が集まっていた。


 月檻、オフィーリア、ラピス、レイ……彼女らは、俺を見つめる。


 俺は、微笑みかけて、海に浮かぶ巨大な豪華客船を見上げた。


 始まる。


 主人公にとっての分水嶺ぶんすいれい――オリエンテーション合宿が。

この話にて、第二章は終了となります。

ココまで読んで頂きまして、本当にありがとうございました。


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[良い点] 次章も楽しみ [一言] オリエンテーションが終わる頃にはヒロインの好感度が爆上がりしてる未来が見える
[良い点] 第二章も面白かったです。 こちらの想像を超えていくキャラクターたちと展開にドキドキさせられます。
[一言] いざゲーム世界に転生した場合、 【ゲーム本編のメインストーリーが正史か否か】 って懸念は消せないからね、しかたないね じゃけん、ヒイロくんはヒロインたちに襲いかかる苦難を我が身を犠牲に…
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