索敵策的
「切札がアシュリィ先生って……本気で言ってる?」
くいくいと。
俺の袖を引っ張りながら、緋墨は疑惑の目線を向けてくる。
「緋墨、この世で最も嫌いな相手を思い浮かべてみろ」
「え……う、うん……思い浮かべたけど……」
「ソイツに、土下座出来るか?」
「…………」
「アシュリィ・ヴィ・シュガースタイルなら出来る」
断言した俺の前で、緋墨は身体を震わせる。
「なんなら、菓子折り付きで満面の笑みを向けるし、仇敵の誕生日を暗記して毎年欠かさず趣味に合った完璧なプレゼントを用意出来る。
あの女性は、どんな条件下、状況下、形而下でも、相手が反応するよりも速く土下座を繰り出せるんだ。相手が反応しようと考えた時、脳が思考して筋肉に電気信号が流れた瞬間には土下座はもう終わっている」
言葉を失った緋墨を、俺は微笑んで諭した。
「人類が滅んでも、先生はきっと土下座して生き残るよ」
「…………」
「要は、土下座外交という点でアシュリィ教諭に敵う傑物はいないということですか」
「土下座抜いても、先生の外交力は段違いだと思うが。魔神教の派閥を行ったり来たりしつつ、鳳嬢魔法学園の教師を勤めて、素知らぬ顔で魔法協会に顔出して殺されず重宝されてるのは先生くらいじゃね?」
「要は、各派閥で体の良い諜報員として扱われてるってこと?」
「まぁ、そういうことだな」
相変わらず、三寮の入り口付近を警戒している人形たちを眺めながら、俺はため息を吐いた。
「先生の監視目的で黒砂さんを置いてきちゃったけど……緋墨と委員長にも、テントに残っておいてもらった方が良かったかな?」
「いえ、三条さんの判断は正しいかと」
委員長は、袖の汚れを払いながらささやく。
「自殺呪詛の対象に指定されていることで、三条さんは人形を攻撃出来ない無力な無能と化しました。
現状、人形を破壊出来るのは三条さん以外の人間……私たちを護衛として連れてきたのは正解でしたし、我々のお手々繋ぎがなければ光学迷彩を維持できずに詰んでいたのでは?」
「そのことなんだけど……」
言いづらそうにもごもごしながら、緋墨はそっと手を挙げる。
「あ、あたし、正直、あんまり戦闘には自信がなくて……ま、まともに、魔法を発動出来る気もしないかも……」
「言わずもがな、ですね」
以前、『ダンジョン探索入門』の授業内で、委員長の実力は目の当たりにしている。そもそも、原作からしてサポートメインのサブキャラであるため、真正面から戦闘をすることには向いていない。
当然、緋墨も条件的には同じだ。原作観点で言えば、彼女は魔法合宿にすら参加出来ずに死亡しているキャラクターであるため、そもそも、どんな能力値をしているのかすらわからない。
委員長は自らのことを『護衛』と称したが、正直なところ、アシュリィの裏切りを抑止出来るだけの戦闘能力を持っているのが黒砂だけであり、監視役としてテントに残しておく理由もないので連れてきたという理解が正しい。
ただ、黒砂も戦闘向きのキャラクターかと言えば……言わずもがな、だ。
「だからさ、いざ、人質を助けに行こーっ! ってなった時に、必要な戦闘力が揃ってなかったりするんじゃない……?」
「御安心召されろ。
我に秘策有り、だ。大船どころかタイタニック号に乗った気分でリラックスしろ」
「その船、映画化されるレベルでド派手に沈むんだけど……」
「いや、沈んでからが勝負だから」
「沈んでから勝負を仕掛けても良いのは、潜水艦とタピオカくらいのものですよ」
あーだこーだ言われつつ。
集中力切れで光学迷彩を発動出来なくなった俺は、緋墨が見抜いた巡回ルートを避けながらテントに帰り着き、道中、一度足りとも人形に遭遇しなかったことに驚く。
「この鳳嬢魔法学園全体をひとつの施設内だと仮定して、視られてもいいモノと視られたらいけないモノ、このふたつを踏まえて、人形たちの目的意識と行動基準を鑑みれば予測くらいはつくわよ。大体、巡回ルートのパターンは把握したけど、普通、こういうパターンは時間経過とか外部要因で変わったりもするから。
たぶん、次の日は通用しなくなるわよ。また、こうやって歩き回って、パターンを把握し直さないと」
ちらりと。
頬を染めた緋墨は、俺を上目遣いで窺う。
「……こういう時、ふつーは褒めたりするんじゃないの?」
「エロい!!」
スパァンと破裂音が鳴り、尻に蹴りを食らった俺は飛び跳ねる。
「殴るわよ!!」
「蹴ってる!!」
「睦み合うのは、夜が更けてからにして中に入りませんか」
「どう考えても、エロいのはこっちじゃないの!?」
俺たちは、テントの中へと入り――縛られたまま器用に土下座している先生に座って、本を読んでいる黒砂を見つめる。
「なにがあったかは容易にわかるけど、一応、聞いておくことにするわ。
なにがあった?」
「……裏切ろうとしたから捕まえた」
「三条さん、時間を無駄にしないでください」
「ちょっと!!」
勢いよくアシュリィは顔を上げて、立ち上がった黒砂はハンモックへと移動する。
「私が裏切るぅ!? ほわぁ~い!? 私たちは、チィームよチィーム!! 裏切るわけないでしょぉ!? コンセンサァス!! 私たちは、一心同体、ワンチームッ!!」
「胡散臭さで窒息しそうなくらい綺麗な瞳してんな、先生」
「弁明しながら、ちらちら、出口を確認してるところは正直者で良いと思うけど」
なぜ、自分が疑われているのかわかっていない先生は、高級腕時計をチャカチャカ鳴らしながら肩を竦める。
そんな先生の姿を確認して、俺は小声でささやく。
「……集合」
俺の呼びかけに応じて、珍しく黒砂も集まってきたので額を突き合わせる。
「……先生には、自分に利用価値があるとは思わせるな」
「……調子にノッて、要求してくるのは間違いないもんね」
「……それとなく、真意を見抜かれないように依頼を投げかけましょう」
「…………」
「……そういう、自然なご機嫌取りとか得意な人いたりする?」
「「「…………」」」
静まり返った円の中で、俺はニヤリと笑う。
「……仕方ねぇな、まずは俺が手本を見せてやるか」
土下座のプロフェッショナルを親指で指し、ターゲットを見定めた俺は口端を曲げる。
「……至極、自然に、ご機嫌を取りつつ利用してやるよ」
音もなく、俺たちは散らばり、俺は先生の下にいって跪く。
「先生、靴でも舐めましょうか?」
スパァンッ!!
と、緋墨にスリッパで頭をぶっ叩かれた俺は、首根っこを掴まれて引きずられ円陣の下へと連れ戻される。
「……なにやってんのよッ!!」
「……い、いや、だって喜んで土下座するような人間のご機嫌を取る方法とか、靴を舐める以外に存在しないよね?」
「……靴を舐めるなら、もっと自然に靴を舐めてください」
「……自然に靴を舐める方法は、義務教育の範疇に入ってなかったんだ」
「……入っててたまるか!」
「…………」
こちらの様子を窺っていたアシュリィは、ジリジリとテントの入り口に向かっていたが、俺たちの視線に気づくなりパッと元の位置に戻って笑顔になる。
「……一回、先生のことは緋墨たちに任せていい?」
そっと、緋墨たちから離れた俺を確認し、彼女らは怪訝そうに視線を向けてくる。
「なによ、なにするつもり?」
「別の方向からも、アプローチをかけておこうと思って」
俺は、タオルを肩にかけて微笑む。
「風呂、行ってくる」
申し訳ございません、書籍化作業に集中していて更新出来ませんでした。
以前、連載していた作品では特になにも言わずに毎日更新を停止していたので、問題ないかと思っていたのですが、ご心配おかけしてしまったようで申し訳ありませんでした。
というわけで、書籍化します。
書籍化については、もう少し詳しく、19時くらいに活動報告で報告させて頂こうと思います。興味があれば、ご確認ください。
何時も、応援、本当にありがとうございます。




