隠れた切札
蒼の寮、朱の寮、黄の寮。
鳳嬢魔法学園の敷地内に存在する三つの寮を巡った俺たちは、寮の前を警戒している魔法士と女学生たちを確認する。
「三条さんの予想通りでしたね」
俺の両肩に手を置いて、物陰から様子を窺った委員長はささやいた。
小導体を嵌めた後に画面を開いて、生徒全員に配布されている学内の見取り図を確認した緋墨はこくりと頷く。
「確かに、学内でコレだけの人数の人質を収容して、合宿のメイン会場となる本校舎と校庭から距離を取れるのは学生寮しか有り得ない……学舎内に人質を収容したら、オリエンテーションのタイミングで気づかれるだろうし……」
ちらりと、緋墨は俺を見上げる。
「何時、気づいたの?」
「人質の可能性に気づいた時かな。
わざわざ、アレだけの人数を警備に割り当てるってことは、人質収容所は学生寮で確定だな……ただ、問題なのは……」
「三寮の何処に人質が収容されているか」
さすがに、集中力がもたなくなって、光学迷彩が解けていた俺はため息を吐く。
「光学迷彩なしで、散歩がてら様子を見に行くのは無謀だろうな」
「光学迷彩ありでも無謀かと。
私が首謀者であれば、適切な罠を仕掛けます。『妖精の金粉』を使えば、魔力探知の魔道具が設置されていても避けられますが、警備者が人形という観点で視れば厄介ですね」
以前、フェアレディと対峙することとなった『暗がり森のダンジョン』で使用した金粉入の小瓶を振りながら委員長はささやく。
「……人体を考慮しない運用が出来る、か」
「えぇ。
例えば、高出力マイクロ波兵器。真空管装置を使用して300MHzから100GHz程度の短波長の強力な指向性電磁波をビーム状にして照射すれば、人体の細胞内の水分が一気に加熱させて様々な症状を引き起こせます。
特に血液供給が少なく温度調整が効きにくい眼球、男性で言えば温度に敏感な器官である睾丸は影響を受けやすい」
「また、股間の話してる……」
「マイクロ波による加熱って、要は電子レンジの原理? 水分子の振動?」
「その通りです。
この手の指向性エネルギー兵器は、局所的な効果を与えますが、その場に存在する人体すべてに影響を与えるので防衛拠点に対して運用するようには出来ていない。人間の警備者がいれば、当然、巻き込まざるを得ないからです」
「でも、警備者が人形であれば」
「まず、問題はないでしょうね。
多少の損傷が出たとしても、人形なのだから運用の観点で言えば問題視されません」
ぼそぼそと、俺に寄り添った委員長は耳元にささやいてくる。
「高出力マイクロ波兵器は飽くまでも一例……腕の良い魔法士であれば、もっと良い手は幾らでも考えつきますよ……」
「だ、だから近いって……!!」
ぐいぐいと、緋墨は委員長を押して。
俺に密着してきた緋墨を押し、委員長にくっつけようとしたところ、委員長はなぜか俺のことを押し始める。
結局、俺を挟んで押しくら饅頭することになり、地獄みたいな光景になったので俺たちは互いを押すのをやめた。
「要は、神さまの言うとおりで、天運に任せて寮内に突っ込んだらGAME OVERってことだろ?」
こくりと委員長は首肯し、緋墨は反対意見を提示する。
「いやでも、そもそも、人質をひとつの寮に収容したりする? 全員、一気に救出されたら不味いしバラけさせたりするんじゃない?」
「まぁ、有り得るっちゃ有り得るが、委員長の言うところの局所兵器案を使うなら、人質を散らせるのは逆効果だろうな。人質ごと俺たちを電子レンジでチンするくらいの非情さがあるなら、人質を散らして一網打尽を狙うだろうが」
「無価値な三条さんならともかく、鳳嬢生の命を奪ったりするとは思えません。合宿の参加者リストに名を連ねているのは、財界や政界に強い影響力を持つ著名人の娘も含まれていますし、慎重に策を重ねている首謀者がそこまでのリスクを負うでしょうか?」
「どちらにせよ、寮内の様子を確認するのが最善策か」
俺は、こちらを窺っている緋墨の考えを読み取る。
「ダメだ、シルフィエルたちは使えない……鳳嬢内に招き入れてもリスクを負うだけだ……首謀者が判明せず人質も取られている状態で戦力を増強しても、首謀者を刺激するだけでメリットがないだろ……?」
「でも、シルフィエル様たちだったら、高出力マイクロ波兵器とかはなんでもないだろうし盤面をひっくり返せるんじゃないの……?」
「私が首謀者であれば」
委員長は、ぼそりとつぶやく。
「切札を切られれば、死札を出して終わらせます」
「…………」
「シルフィエルたちは、秘密裏に動くのには向いてない。テーブルにカードを出したら、後は天運に任せるしかなくなる。首謀者の手札もわかってないのに、なにもかも曝け出し、お相手のリードに任せて勝負を受けるするわけにもいかない。
たぶん、俺たちが思っている以上に、シルフィエルたちの使い所は限られている上に難しい」
そこで。
俺は、ひとつの事実に気づいて苦笑する。
「現在、俺たちに必要なのは戦力じゃなくて情報だ。広範なコネクションをもっていて、鳳嬢魔法学園に精通しており、誰からも怪しまれずにそれとなく情報収集の出来る人材が必要になる」
「つまり、それって……」
俺は、顔を上げて答える。
「俺たちの切札は、アシュリィ・ヴィ・シュガースタイルだ」




