三人の容疑者
「キエラ・ノーヴェンヴァー」
テント内。
休日ということで買い物に付き合わされた俺は、お菓子やら花火やら水鉄砲やらの玩具に囲まれてソファーに全身を預ける。
「典型的な『黄金郷開拓時代』に、集団転移で日本へ移住した魔法士の末裔ね。八年前に魔法協会に所属し、成績は可もなく不可もなし。『不変』の魔法士としては優秀な方だけど、鳳嬢の魔法合宿に呼ばれるレベルかと言われれば首を傾げるかな」
眼前に映し出された外部講師の魔法士は、確かに俺のことを監視していた女性で、どこかで視たことのある人相をしていた。
魔法協会指定の黒ローブを着たキエラ・ノーヴェンヴァーの写真を確認しながら、俺は緋墨へと質問を投げかける。
「黄金郷開拓時代……日本が黄金の国って呼ばれていた時代に、世界各地で大量発生した裂け目による集団転移が起こって、どさくさ紛れに外国人が日本に居座っちまった時代区分、だっけ?」
テントの内幕に画像を映した緋墨はこくりと頷く。
「その通り。
その時代、日本に発生した裂け目の先には垂涎モノの金鉱があったのよ。とは言っても、裂け目の先は異界だから日本の自治権は認められてないわけでしょ? 要は日本の物ではないわけで、そこに目をつけられたのね。
日本国内に大量流入した外国人たちは、我が物顔で異界に飛び込んで金鉱を掘り始めたのよ」
「えぇ……」
「その当時は、江戸幕府が国を治めていたような大昔。腰に刀をぶら下げて、腕力で怪異を叩き斬るバケモノみたいな侍がうようよ居た時代。
当然、愛国心溢れる侍たちは血気盛んで国の未来を憂い、各藩に入ってきて黄金泥棒をしている連中を片っ端から斬り殺しちゃったのね」
「えぇ……」
「当時、日本では魔法は一般的ではなかったんだけど、アメリカや中国、特にイギリスでは体系化され始めていた時代で、雪崩れ込んできた外国人たちの中には、腕利きの魔法士もたくさんいたんだけど」
「うん」
「大抵、魔法を使う前に侍に斬り殺された」
「えぇ……」
「もしくは、魔法を使う前に忍に闇討ちされて死んだ」
「アイエェ……?」
「で、あまりにも殺されすぎたから、慌てて各国から使者が送り込まれてきた」
「う、うん」
「その使者も、侍に斬り殺された」
「え、えぇ……?」
「そして、その侍たちは首切り役人の山田浅右衛門に首を撥ね飛ばされた……つまり、国を護ろうとした過激派は尽く江戸幕府の手で殺された」
「…………」
「そういう時代だったのよ。
で、そこから一悶着があって、異界の貴族も交えた表と裏の外交が行われ、江戸幕府は倒れて明治政府が設立、大正時代にスコア制度が導入されて、日本はたくさんの移民を受け入れることになりましたとさ。おしまい」
思わず、俺は頬を引くつかせる。
「その一悶着、物凄いことになってたりしない……?」
「黄金郷開拓時代に発生した集団転移よりかはマシよ。突然、海外から大量の人間が降ってきたらどうなるのか、大抵のコンピュータが『地獄になる』と演算した結果のままになったからね。
で、歴史の授業はこの辺にして」
緋墨は、キエラと言う名の魔法士を指した。
「見覚え、ない?」
「……地下天蓋の書庫で」
俺の代わりに――
「……同じチームだった」
仰向けで本を読んでいた黒砂は答えて、俺の隣に座っている委員長は頷いた。
「えぇ、道中で行方不明になった方ですね」
「あぁ、そうだわ、どっかで視たことあると思った。
同じDチームで行方不明者リストにも載ってて……あの後、生徒会と図書委員の手で救出されたんだろ?」
「いえ」
委員長は首を振る。
「救ったのは、三条さんですね」
「……は?」
ちょいちょいと。
指で招かれて近づくと、吐息たっぷりに委員長は耳にささやいてくる。
「救ったのは……三条さん……ですね……」
「だぁあ!!」
俺と委員長の間に手刀を入れて。
顔を赤くした緋墨は、ぶんぶんと腕を上下させながら、澄ました顔でコーヒーを飲んでいる委員長を指した。
「いちいちぃ!! いっちいちぃ!! 近くない!? 近いよねぇ!?」
「嫉妬ですか」
綺麗に背筋を伸ばして。
目を伏せた委員長は、コーヒーを口元に運ぶ。
「良かったですね三条さん、そのうち美少女が掴み取り出来るようになりますよ」
「わ、私は、UFOキャッチャーの景品じゃない!! こ、コイツに掴み取りされるつもりなんてないから!!」
「承知いたしました。
では、話を本筋に戻しましょうか」
涙目の緋墨の前で、真顔の俺は存在していないフリをした。
「そ、それで、三条燈色が救ったって……?」
「言葉の通りです。
彼女は地下天蓋の書庫への突入後に行方不明になっていて、撤退戦の最中に三条さんの手で救われました」
「…………」
「緋墨、待て。そんな目で俺を視るな。『またか』みたいな目で視るな。今回ばかりは冤罪も冤罪、俺のこの手は美少女を掴み取るために出来ちゃいない。大切な百合の未来を掴み取るためだけに在るんだぜ……?」
「個人情報保護の観点から詳細は伏せますが、三条さんの女性遍歴から視ても『またか』案件に該当すると思いますが」
「……またか」
「その『またか』、やめてもらってもいいかな? うん? 委員長、俺は悪魔に取り憑かれていて、偽燈色としてやむを得ない救出活動を行ったのではなかったかな?」
「はぁ……?」
「なんで、要領を得ないみたいな顔してんだ。はっ倒すぞ」
押しても引いても澄まし顔。
委員長は、二杯目のコーヒーを淹れてくる。
布団の中に潜った黒砂が、にゅっと手を伸ばして数冊の本を引きずり込み『本地獄』と化したのを確認し、緋墨はため息を吐いた。
「あんたの『またか』案件のせいで、ますますわからなくなってきた……」
「その『またか』ってヤツ、容易くヒイロ君の心を傷つけるからやめて」
「地下天蓋の書庫の攻略チームに抜擢された流れで、外部講師として招かれたのではないかと推察します」
「う~ん……」
テント内を歩き回りながら、緋墨は可愛らしい声で唸る。
「わかんないな……フレア・ビィ・ルルフレイムが気に入るような人財なのかな、この女性……魔神教や三条家と絡みがあるようにも思えないし……」
「思考の海に沈んで溺れていても仕方ありません」
俺の前にコーヒーを置いて、砂糖を投げ込んだ委員長はささやく。
「息継ぎしましょう。
もうひとりの容疑者は?」
「鳳嬢魔法学園の生徒、度会椎名」
画像が切り替わって、ひとりの女生徒が映る。
「Bクラス生徒。スコアは四桁台。学業はまぁまぁ優秀、素行は問題なし、魔法合宿に参加する理由は特に見当たらないけどそんな生徒は幾らでもいる。朱の寮に属してて、三寮戦にも参加してそれなりの成績を残してる」
「要は、特徴らしい特徴のない良い子ってことね」
俺は、ため息を吐く。
「で、最後に」
パッと。
画面にデカデカと、土下座しているアシュリィ先生が映り込む。
「アシュリィ・ヴィ・シュガースタイル。半妖。『不変』の魔法士として登録されてるけど、魔法協会に属してる父親の寄付金のお陰だって言われてる。どこをどう調べても、魔神教と繋がってる痕跡が出てくる。
逆に怪しすぎて、白にしか視えない」
「いや、この画像、土下座以外になかったの……?」
「出回ってる画像は、全部、土下座してるところしかなかったのよ」
護身が完成してる……。
「魔法合宿に参加してから、あんたのことを監視したり後をつけたり、そういう素振りを見せていた人物はこの三人で合ってる?」
足を組んだ俺は、上方を仰ぎながら頷く。
「あたしが思うに――」
「この三人の中には、あんたを襲った襲撃者はいない……だろ?」
緋墨は、苦笑してから首肯する。
「だって、自殺呪詛みたいな妙手を思いつく相手なのよ? 監視や尾行を気取られるような行動を取ると思う? ソレだけ慎重な人物が、わざわざ、呑気に顔を出したりするわけないでしょ?」
「……どうかな」
指を唇に当てて。
俺は、そっと、ささやく。
「呑気に顔を出す必要があるのかもしれない」
「なにそれ、どういう意味……?」
「黒砂さん」
問いかけると、ずぼっと、布団から黒砂が顔を出した。
「ミステリー小説で、探偵が必ずしていることはなに?」
「……容疑者への」
彼女は、答える。
「聞き込み」
「それじゃあ」
テントの入り口が開いて、舌打ちしながらアシュリィが顔を出し――
「前例に則りますか」
俺は、ニヤリと笑った。




