かき氷に練乳かけるだけで高級感漂う気がする
「で? その右目、なに?」
普段は、鳳嬢魔法学園内で営業しているカフェテリア『ラ・フェニーチェ』。
校庭にて短距離出張営業しているカフェは、魔道触媒器と水属性を得意とするスタッフが集まり、巨大なテントを貸し切って足元を冷水で満たし、軽装や水着姿の生徒たちを招き入れていた。
鳳嬢の女生徒たちは、キャッキャウフフと笑いながらアイスデザートの写真を撮っている。楽しそうでなによりだが、食べ始めるのは何時になるのだろうか。
自分たちのテントで着替えてから、『ラ・フェニーチェ』に集合した俺たちは、山盛りのかき氷を前に会話する。
「お、怒んない……? 正直に打ち明けたら怒んない……? 怒んない……?」
「怒らないから言いなさいよ」
「潰されちゃった☆」
バァンッと。
テーブルを両手で叩いて起立した緋墨に胸ぐらを掴まれ、自分のかき氷を持って退避した黒砂はしょりしょりとおやつタイムを続ける。
「あんたねぇ……ッ!!」
「……緋墨、手ぇ離せ」
俺は、真顔でささやく。
「泣くぞ」
「…………」
「良いのか、公共の場で号泣するぞ」
「…………」
「恥ずかしくないのか? 良い歳して号泣する男子と同席して」
「…………」
緋墨は手を離し、襟を正した俺は勝利者の笑みを浮かべた。
「俺の涙腺の弱さを理解してるようだな……良い子だ」
「ココまで高圧的な弱者は初めて視ましたね」
意外と私服はかわいい系の委員長は、背筋を伸ばしたまま、かき氷に載ったアイスクリームを食べる。
「面、貸しなさいよ」
「……あまり怒るなよ」
俺は、余裕の笑みを浮かべる。
「強く見えるぞ」
「…………」
「はい、黙って付いて行きます」
「…………」
「行きます」
ブルーハワイのかき氷を抱えて、俺は緋墨の後ろに続く。
ミンミン、ジージー。
やかましく鳴き続けている蝉たちの屋外コンサートに付き合いながら、俺は、真っ青なシロップのかかったかき氷を食べる。アイスクリームや冷凍フルーツものっているし、練乳もかけられているのでお高いタイプのかき氷だ。
「……その目、治るんでしょうね?」
「たぶんな。ただ、襲撃犯の黒幕に直接聞かない限りは治療法がわからん。昨夜、襲撃されて、半分くらいは逃しちゃったし」
ため息を吐いて、緋墨は腕を組む。
「あんた、ちゃんと自覚あるの?」
「なにが」
「目、潰されてるのよ。痛いんじゃないの。魔人の能力で後遺症なく治ったとしても、片目を潰されてるのに、美味しくかき氷に舌鼓を打つ精神状態はおかしいとは思ったりしないの」
「でも、練乳かかってるし……」
「かき氷の状態の話じゃなくて、あんたの精神状態の話してんのよ」
俺のかき氷の下側を掬い取って。
ハンカチを濡らした緋墨は、俺の目の下にこびりついていた血の塊を拭い取る。
「正直、あたしは、魔人のことはよく知らない。魔神教として視てみても、下っ端の中の下っ端だったしね。
だから、余計な心配かもしれないけど……あんた、肉体だけじゃなくて、精神まで変わってきてたりしない?」
魔神の精神干渉。
正直言って、緋墨の立場で、そこまで想像を巡らせることが出来るのは凄い。なんとなくで受け流して良いところを、真正面から受け止めているんだろうが、よく俺のことを視ているなと感心する。
「まぁ、安心しろよ」
スプーンを咥えたまま、俺はニヤリと笑う。
「俺は俺だ。
お前がそう思ってくれる限りはな」
「……ずっと、怖いの」
自分の左腕を押さえつけて。
仲間の死体を運んでいく、アリの群れを眺めながら緋墨はささやいた。
「あんたがあたしをかばって、自分の左腕を吹っ飛ばした時から……ああいうことが出来る人間だってわかってから……ずっと怖い……なんだか、ふっと、あんたがこの世界から消えちゃいそうな気がして……怖い……」
こういう時、原作の月檻桜なら抱きしめてからの『大丈夫、好きだよ』で解決するんだが……如何せん、現在の俺は三条燈色なので、公衆の面前でそれをやったら冗談抜きで通報されてもおかしくない。
「緋墨」
俺は、顔を上げた彼女に笑いかける。
「悪いが、もう今さら変えられない。お前が心配してくれるのは有り難いが、俺はこれからも、百合のためなら死地に飛び込んで目を潰したり腕を飛ばしたりもする。お前に幾らお願いされてもその芯は曲がらない。
俺が俺でいるために必要なことなんだよ」
そう、コレだけは――あの子の泣き顔がよぎる――俺が俺で在るために、曲げてはいけないことだ。
「俺は、この生き方に後悔したことはない。今後もそうだ。
こうやって」
俺は、かき氷の器を持ち上げる。
「現在、こうしてお前とかき氷も食えてるしな」
「なら、私は」
どことなく、悟りきったかのように緋墨は微笑む。
「また、こうして、あんたとかき氷を食べるために全力を尽くす」
「…………」
現在、この間、ピクニックに行くのが嫌で切腹しようとしたって言ったら怒るかな……?
「とりあえず、現状報告して。
昨夜、急に襲われたって? 襲撃犯の顔は?」
「小学校の教室に、画用紙いっぱいに描かれて飾られてる」
「は?」
「自動訓練人形なんだよ。
で、顔に子供の落書きみたいな感じでニコニコ笑顔が描いてあんの。お腹辺りに『脳』とか『鼻』とか書いてあって、『目』の自動訓練人形を壊したら右目が潰れちゃって修復も出来ない」
「それは――」
「……芻霊」
「きゃあっ!!」
忽然と現れた黒砂にビビり散らかした緋墨が跳ね飛び、思い切り俺に抱きついてくる。
山盛りのイチゴかき氷を食べている大圖書館の守り人は、無言で歩き始めてからくるりと振り向く。
「……来て」
緋墨は恐る恐る俺を窺い――俺たちは、彼女の背中に付いていった。




