卑劣な罠
授業用に用意されていた自動訓練人形。
右腕が壊れていたり、左足が欠けていたり。
なにかしらが損なわれている人形たちは、色とりどりのサインペンで顔面が描き込まれており、子供の落書きそのものの笑顔を浮かべながら、血塗れの包丁を上下にガクンガクンと振り下ろしている。
人形の胴体には、一体一体、別々の文字が描かれている。
『脳』。
『目』。
『鼻』。
『口』。
『腕』。
『指』。
『心』。
『肺』。
『肝』。
『脾』。
『胃』。
『腎』。
『膵』。
『足』。
『腸』。
『膀』。
『足』。
人形を操作しているであろう黒幕の姿は視えず、赤々と色づいている文字だけが闇夜に浮かび上がっていた。
「実に剣呑で良いじゃねぇの」
ぽんぽんと、俺は、抜刀した九鬼正宗で己の肩を叩いた。
月が雲に隠れている闇夜は、ほぼほぼ暗中そのもので、ぬらりとした湿っぽくぬるい夜風が頬を撫でる。
「…………」
霧。
霧の国から、発生させた霧を腕に這わせて。
徐々に紐状にしていった俺は、その先端部分を刀柄に絡みつかせ――音もなく、投擲した。
伸び――る。
凄まじい勢いで飛翔した光剣は、霧紐を握る俺の操作下に置かれ、完璧無比な操作感で『目』の人形に突き刺さる。
瞬間。
俺の右『目』が弾け飛び、笑いながら俺は光剣を戻す。
「ルール説明、どうも」
現在まで、ただ屯していた人形たちは四方八方へと散って、霧紐を絡ませた光剣が地面に突き刺さり、己を引き寄せた俺は地面を滑りながら追走に取り掛かる。
ぐわんと。
膝を大きく曲げて屈伸した『脳』の人形は、全身に描かれたルーン文字を輝かせながら跳躍し――その脚を霧手で掴んだ俺は、思い切り引き寄せながら手を捩り人形を地面に叩きつける。
「…………」
予想に反して、脳震盪は起こらない。
なるほど、破壊以外のダメージは適用されないのね。
引き金――術式同期、魔波干渉、演算完了。
導体、接続……『変化:流動』、『操作:液体』。
屋外プールの金網に足をかけた『肺』と『膀』の人形は、プールサイドに押し寄せてきた小規模の津波に巻き込まれる。
すれ違いざまに。
水の矢で、『脳』の人形の四肢を固定した俺は、魔力線を両脚に伸ばしながら右目の復元に取り掛かる。
が、上手くいかない。
一度、人形を介して破壊された部位の復元は不可能……視界が狭まるのは、絶妙に支障が出るな……試すにしても、鼻にしとけばよかった……。
駆けながら。
ハンカチを取り出した俺は、血が流れ続ける右目を塞ぐように巻き付け、頭の後ろで結んで固定する。
強化投影――
「はい、芸術点、10点満点」
華麗にプールサイドの金網を飛び越した俺は、空中でくるりと回転しながら水の矢を連射し、『肺』と『膀』の人形を金網に縫い付ける。
校舎内へと駆け込んで。
死角となっている右から斬り込まれ、腕で受けた俺は右足甲を顔面に叩き込む。
「はい、暴力点、10点満点」
左手で人形の首を締め上げて。
包丁が刺さった右腕で、顔面をタコ殴りにした俺は、そのまま地面に投げ捨て四肢を光剣で薙ぎ払う。
『鼻』。
特に鼻に異変はない。明確に人形が『破壊された』と判定されない限りは、こちらにダメージがこないらしい。
「はい」
右と左から突っ込んできた女性型の人形ふたりを受け流し、見事に絡み合わせた俺は、パァンッと両手のひらを叩き合わせる。
「百合点、100億万点!! 尊み錬成ッ!!」
俺は、両手足を絡ませて倒れ込み、藻掻いている『胃』と『指』の人形ふたりを拝みながら、懐から出した『あさ○おと加瀬さん。』を捧げる。
「等価交換だ……」
身長差のある二体の人形を矢で固定してから、包丁を引き抜いた俺は、修復を行いながら階段を駆け上がる。
普段は、施錠されている筈の屋上へと続く扉。
薄く。
その扉は開いており、俺は、ゆっくりとそれを押し広げ――脱力した。
「ヒイロ、たすけてください!」
『肝』の人形の手で、喉に刃を押し当てられた師匠が、悲劇のヒロイン気取りで俺へと手を伸ばしている。
「燈色」
『口』の人形の手で、首筋に刃を押し当てられた姉が、満面の笑みを浮かべて俺へと手を伸ばしている。
「助けてください」
俺は、肩を落として、ふたりの人質を眺める。
「…………」
絶対、頭悪いだろ、この襲撃者。
「劉より先に助けなかったら、どうなっても知りませんからね!! 私のような美しく可憐で、KAWAII師匠を優先するのは当然ですよねぇ!? ねぇ!? ヒイロ、貴方の師は誰なのかはっきりと教えてあげなさい!!」
「アステミル・クルエ・ラ・キルリシア、いえ、誰よりも何よりも姉を優先するのは弟として当然の責務。そのことを知らない燈色ではない。もし、知らなかったとすれば、ソレは再教育が必要であることを示す予兆だ」
ふたりは、綺麗に声を揃える。
「「私を先に助けなさい」」
いや、めちゃくちゃ頭良いぞ、この襲撃者!?
俺は、息を荒げながら、眼前に現れた死亡フラグを見つめる。
ど、どちらを選んでも(精神的に)死ぬ……ば、バカな、人形相手に命懸けで戦ってた方がマシだったのに……なんて卑劣な罠を用意しやがる……!!
「「選びなさい」」
ガクガクと震えながら、俺は顔を上げる。
「「師か、姉か」」
俺は、覚悟を決めて――手を握った。




