土下座しか勝たん
アシュリィ・ヴィ・シュガースタイル。
鳳嬢魔法学園、Bクラスの担任教師を務める程度には魔法に精通し、金銭と権力で買い取った『不変』の魔法士でもある(魔法士の格として、上から三番目)。
得意技は、自己保身とアクロバティック土下座。
大量のキャラクターが掲載されていた公式サイト上で『超弩級の蝙蝠女』と紹介された彼女は、原作内でその紹介文に恥じぬ八面六臂の活躍を見せた。
鳳嬢魔法学園の教師をしながら魔神教に取り入り、主人公にも擦り寄った挙げ句、魔法協会には多額の寄付をして媚びを売る四重幇間をしておきながら善人を気取る面の厚さは笑うしかない。
そんな彼女だが、高級ブランドを身に纏ってお嬢様然としながらも、少し脅しをかければ泣き喚き、哀憐し、土下座までしてみせるその姿勢に開発側が想定していなかった人気が集中した。
その人気に拍車をかけたのは、原作の初期バージョンのみで用いることが出来た『土下座殺し』というテクニックの存在だ。
アシュリィは、好感度を上げることでパーティー内に組み入れることができる。
彼女特有のコマンド技『土下座外交』は、相手に土下座して強制的にスタンさせ、相手ターンを消し飛ばす凶悪無比なものだ。
当然、この『土下座外交』は成功確率が非常に低く、ボスキャラは耐性をもっているので通じない……筈だったのだが、初期バージョンでは全ボスに通用する挙げ句ほぼ必中で、アシュリィが先に土下座すれば勝てるという奇跡が発生した。
斯くして生まれたのは、ひたすらに土下座し続けて手番を譲ってもらい、ありとあらゆる敵を土下座でハメ殺すひとりの女傑だった。
『土下座なくして勝利なし』とまで言われる程に、RTA界隈では猛威を振るい、一時期はどの動画サイトを視てもアシュリィが土下座していた。
小規模なRTA大会では、アシュリィの土下座カットインがひたすらに流れ続ける事態に陥り、あまりにも土下座し続けるので視聴者から『このキャラ、どんな顔してるんですか?』という質問があったくらいだ。
ついには、レギュレーションに『土下座なし』が登場したくらいで。
『土下座なし』にも関わらず、うっかりアシュリィに土下座させた走者が、自ら土下座してから何事もなかったかのように再走を始めた『土下座再走』の姿が映り込み、『土下座殺しは現実でも通用するのか……』とネットがざわついた。
土下座のカットインが入る度に、某動画投稿サイトでは『天下無双』だの『暴虐無道』だの『向かうところ敵なし』だの『頭を下げたら勝てる』だの『実家のような安心感』だの『日本外交の到達点』だの『ルーヴル美術館に飾れ』だの『ジョインジョインアシュリィ』だののコメントが大量に流れる。
ついには、とある学会員の手で強化を施されたアシュリィの敏捷値はラスボスすらも超えた。
世界を護るため必死でココまで来た主人公をよそに初手で土下座を決め、コメツキバッタのように高速で土下座を繰り返すアシュリィはその土下座ひとつで世界を救い、プレイヤーからはスタンディングオベーションを受け運営からは無事に修正を受けた。
運営の手で即座に修正されたその土下座は、あっという間に流れ去った綺羅星の如く。
わかりやすいクズキャラなのに、一部ファンから『閃光のアシュリィ』と呼ばれているのは、土下座ネタが修正されるや否や、彼女をパーティーから外すプレイヤーが多発したからであろう。
その一連の物語は、熱心なファンが『閃光のアシュリィ』の題で一本の動画に纏めており、検索してみれば出てくるので一度視てみて頂きたい。
まぁ、彼女は土下座なしでも、実に魅力的で面白いキャラクターだ。
やることなすことが裏目に出ており、ゲーム開始時点で学園長を始めとしたほぼ全員に、彼女が魔神教と繋がっていることがバレていたりもする。
要は泳がされているわけだが……そのことを知らないのは、彼女だけであり、そのことを知らずスパイごっこに精を出す彼女は実に儚い。
そう、まるで、一瞬だけ闇を照らす閃光のように……。
そんなこんなで、原作を知る俺からしてみれば、クズキャラでも愛嬌があるように思えるので好きだ。
「……底辺の男如きが」
それに、男に対して好感度が低いところも良い。実に良い。好きだ。
渋々と俺に付いてきたアシュリィは、人気のない校舎裏で悪態をついていたが、俺が振り向くなり愛らしい笑みを浮かべる。
「それで、誠意ってなにをすればよろしいんでしょうかぁ~? 喜んでコンセンサスを取らせて頂きますぅ~!」
「第一問」
「……は?」
「俺の名前は?」
「しょ、初対面でしょう? アナタとビジョンを共有しているわけないんだから知るわけないわ」
「あ?」
「ひっ!! し、知りません!! 本当に知りません!! 殺さないでぇ!!」
いや、俺、あんたの授業も何回か受けてるんだが。
しかし、この反応……俺が魔人だってことを知らないのか……? そうなると、ライゼリュートもQも、俺のことは眼中にない……? 俺について調べているであろう三条霧雨が知らないとは思えない……原作通りなら、俺の相手をしていられるタイミングでもないから不自然でもないが……。
「第二問」
俺は、ささやく。
「日月神隠しは、どこにいる?」
「は? な、なんの話?」
原作通りか。
「第三問」
すっと、俺は彼女に詰め寄る。
「万鏡の七椿を倒したのは……誰だ?」
「ふ、フレア・ビィ・ルルフレイムと彼女が率いた魔法協会の魔法士たち」
魔法協会の認識は、俺とフレアが流した誤情報通りか。
魔法協会が七椿を討伐したのが男の俺であるという情報を握っていれば、その得異例から生じる疑いから、綿密な調査をもって『三条燈色は魔人だ』と結論付けていてもおかしくはない。
だが、結果として魔法協会は偽情報に騙されたままだ。
だとすれば、俺を監視している外部講師の魔法士は、たまたま俺が魔人であると見当付けているだけで組織立って動いているわけではない……抹殺指令が出ているなら、顔の広いアシュリィが知らないわけがない。
あとは、もうひとり。
俺を熱心に見つめていた女生徒がいるが……未だになんの行動を見せないのは不自然に思える。
「……全員、ハズレ?」
だとしたら。
あの視線は、あの殺気は、なんだ?
「…………」
「あ、あのぉ? 私、その、そろそろお肌のためにスリープに入る時間のリミットが来ているんですけどもぉ?」
「……あんたの情報網を使いたい」
「はぁ?」
顔面を歪めて、腕を組んだアシュリィはふわぁと髪を掻き上げる。
「アナタ、誰に口利いてんのよ? えぇ? あんたの情報網を使いたぃ? それが、子供の口の利き方ぁ? オーマイガッ! 私、アナタとのWin-Winな関係性をフィックスしたつもりはないんだけどぉ!?」
「……チッ」
舌打ちをして、俺はすらりと九鬼正宗を引き抜く。
「人の脂って落とすのが面倒なんだよなァ……」
「はいはいはい!! アグリー、アグリー、ヴェリィ・アグリーッ!! 私、アナタのビューティフォーな意見に全面的に同意!! んもぉ!! すわぁいこ!! エッレガンスッ!! 私たちのPhaseは、現在、くわぁんぺきに噛み合いましたわ!!」
彼女は、自らの腕から外した高級腕時計を俺の胸元へと――綺麗なフォームでシュートする。
「ナイッシュ!! イェッ!! カモッ!!」
「え、なにこれ? ちょっと、なにこれ? 困るよ、やめてよ、なにこれ? 俺、こんな高いもの貰えないよ、なにこれ?」
「いやだぁ~♡ なにを仰っしゃられるの、大先生♡ 私、ドジだからお手々が滑っちゃっただけですよぉ♡ 大先生が拾ったものは、すべ~て、余すことなく大先生のものでぇ~す♡」
腰をくねらせながら、アシュリィは甘え声を上げる。
「え、そう? じゃあ、もらっちゃおっかなぁ?」
「……ハッ、そんな安物で喜んでんじゃねぇよチョロバカが」
「今、なんか言った?」
「いやぁ~ん♡ 大先生、とってもお似合い~♡」
プロやな――。
「で、先生は、俺の味方になってくれるの?」
「いや、味方というか、ねぇ? 私たち、初対面だし、そう簡単に私のように素晴らしい存在と協力関係になれると思わないでくれる? 面の皮、厚いわよ、ガキ猿如きが」
「やべ、そういや、そろそろ九鬼正宗に血を飲ませる時間だっ――」
「私、既にアナタの味方となることにフルコミットしてる。
靴、舐めましょうか?」
やっぱりプロやな――。
「なら、明日から、先生の情報網は使わせてもらうとして……とりあえず、今日は先生のテントに泊めてよ」
「ゔぇ……!!」
顔面を蒼白とさせたアシュリィは、くるくると両手の人差し指で宙空を混ぜながら、明後日の方向に目線を向ける。
「そ、それはぁ……おほほほほほ……あ、あまり、ねぇ? ま、まずいんじゃないかしら? せ、生徒と教師がひとつ屋根の下というのは? ディスアグリー?」
「だって、先生、ひとりにしたら助けを呼ぶでしょ?」
「ぎくぅ!!」
いや、『ぎくぅ!!』とか口に出して言うわけないだろ。
「ぎくぎくぅ!!」
言ってるわ。
「わ、私、さすがに何の病原菌を持ってるかもわからない男と同じテントで寝るのは……少々、いや、どう考えてもディスアグリー……」
「なら、先生が外で寝ればいいじゃん」
「なんで!?」
涙目で、彼女は叫ぶ。
「なんで、私がアウトサイド!? ホワイ!? なぜにアナタがインサイド!? ワッツ!?」
「……フッ」
「やれやれみたいな顔で、肩を竦めないでくれる!?」
「なら、端の方のスペースだけ貸してよ。別に邪魔しないし、先生に手を出すつもりなんて毛頭ないし」
「なら、その言葉を守る証として両手両足を縛りなさい!!」
「わかった」
俺とアシュリィはコンセンサスをとって、ふたりで先生のテントへと向かい、俺は彼女の両手両足を縛って隅の方に転がした。
「ワオ、アメージング!! 両手両足を縛られるのはこっちだったというオチね、HAHAHAH――くそったれがァッ!! 解け、ガキぃ!!」
「悪いね、先生、こうしないと100%裏切られて寝首を掻かれるから……血行が悪くなったりしないように縛ったし、身動きくらいは出来るから寝苦しくないと思うよ。
あと、コレ、返すわ」
俺は、ぽいっと、腕時計を彼女の胸の上に放り投げる。
「んじゃあ、おやすみ」
ハンモックに身を預けた俺は、目を閉じて――
「…………」
テントを囲む殺気の塊を受けて身を起こした。




