似た者師弟のビュッフェバトル
魔法合宿の夕食会は、第三食堂で行われた。
第一から第三まで分かれている鳳嬢魔法学園の食堂は、普段はスコア別で利用可能な場所が定められているが、魔法合宿中はその規則は適用されていない。
参加人数の観点から第三食堂のみが営業している状態で、入場の際にスコアチェックも行われていなかった。
なぜ、第三食堂かと言えば、低スコア用の第三食堂は服装規定に縛られる必要がなく、合宿生活で(遊び)疲れ果てたお嬢様たちもラフな格好で参加できるし、スコアを意識させないことで生徒間の壁を取り払う意味合いもあるのだろう。
第三食堂での夕食と言っても、それが質素なものになるかと言えばそうではない。
「「ぉお~!!」」
ビュッフェ形式の豪華な食事を見つめ、俺と師匠は思わず声を上げる。
和、洋、中。
肉、魚、野菜。
古今東西から集められた料理と一流のシェフたちは、調理器具を駆使して眼前で料理を作っている。
知っている料理から知らない料理まで、洒落た食器に並べ立てられ、黒パンツとチョッキを着た給仕たちが取り分けのために笑顔で待ち構えている。
緋墨、委員長、黒砂、師匠、姉、そして俺こと三条燈色。
六人で足を運んだ夕食会場、自炊派の委員長と緋墨と姉は微妙に不満気だったが、さすがは鳳嬢と声高に言える規模感を前に口を閉ざしていた。
「師匠、やべぇ!!」
俺は、美しく切り分けられた赤みの肉を指差す。
「ローストビーフがある!! ローストビーフが!! なんか、格好いい細めのナイフっぽいので切ってる!! なんか、格好いい細めのナイフで!! すげぇ!!」
「ははは、こらこら、愛弟子よ。そんなにはしゃぐ程のことではありませんよ。
人生経験の浅いヒイロにはわからないかもしれませんが、こういった場所のローストビーフは高いから私たちに頼めるものではないんですよ。
ふふん、良いですか、ヒイロ、あなたも修行が足りませんねぇ。我々の狙い目は、視るからに安そうだけどめっちゃ美味いパンあたりで――」
「無料ですよ」
カッと両目を押し開いた師匠は、ぼそりとささやいた委員長を見つめる。
「……今、なんと?」
「これらは、すべて、無料ですよ」
「は、はは、バカな。私は日本の風習に詳しいんです。三万円のご祝儀を包んだ結婚式でも、このレベルの食事が無料になることはな――」
「し、師匠……」
俺は、わなわなと震えながら、山盛りにもらったローストビーフを指した。
「俺、金、払ってないのに……なにも言ってないのにいっぱいくれた……歩いてってお皿出したら、たくさんくれた……」
「ヒイロ、外に出てみなさい!! 外に!! 警備員が駆けつけてくる筈です!! 一回、捕縛されてから確かめましょう!! 大丈夫!! 未成年だから執行猶予どころか、親御さんを呼ばれるだけで終わりですから!! 本日は、私がヒイロの親御さん!!」
「よっしゃァ、少年法で護られてやらァッ!!」
俺は、猛ダッシュで外に出る。
当然のように、屋外席に座っているお嬢様たちが、綺麗に盛り付けた料理に手をつけず談笑を続けていた。
怪訝な顔つきをした警備員さんに見守られながら俺は戻ってくる。
「無料だ……自由だ……」
「バカな……現実が理想に追いついたとでも言うんですか……」
愕然とした俺と師匠は顔を見合わせて、近くに『追加料金』を求める報せがないか確認するがなにもない。
ふらふらと、夢現の光景を彷徨い歩く俺と師匠の前にドリンクコーナーが視えてくる。
「外部講師の方には、お酒もお出ししておりますよ」
「……アルコールは別料金ですか?」
「いえ、当然、無料で御座います」
屈託のない笑みで答える給仕から、生ビールを受け取った師匠はごくりと喉を鳴らした。
勢いよく。
ぐーっと、飲み干した彼女は呆然としてささやく。
「キンキンに冷えてやがる……!」
「すいません、お姉さん」
俺は、人差し指を立てる。
「俺も、生一杯」
「ふざけんな、未成年」
大股で追いついてきた緋墨に頭をぶん殴られ、首根っこを掴まれた俺はずるずると引きずられて、お子様コーナーに戻される。
コレでもかと酒を飲んできた師匠は、左手に赤ワイン、右手にパンをもって驚愕の表情を浮かべた。
「私、イエス・キリストみたいになっちゃいましたよ……」
「ビュッフェコーナーの片隅で、急に神性帯びるなよ」
「ほら、三条燈色。なに食べるの。自分で選べないなら、あたしで勝手に取り分けちゃうわよ」
「やめろぉ!! お前、それやったら絶交だぞ!! さすがの緋墨でも、お前、それやったら国交断絶だぞ!!」
「あんた、国だったの……?」
俺と師匠は、あひゃあひゃ笑いながらビュッフェコーナーを徘徊し、片っ端から美味そうなモノを皿に取り分けていく。
鳳嬢のお嬢様たちは少食なのかこれ程度の食事はお口に合わないのか、綺麗に盛り付けているものの一口も口をつけてはいなかった。
「燈色……」
オロオロとしながら、俺と師匠の後ろで劉(姉)が顔を青くする。
「それでは、栄養バランスが……も、もう少し野菜も取りなさい……あ、あぁ……そんなに炭水化物ばかり……み、視てられない……!!」
「うるせぇ!! 俺はグレたぜ!! 若さに任せて暴飲暴食!! 年齢の強みだけで健康診断を突破する!! うおォン、俺はまるで人間火力発電所だ!!」
「弟が国だったり火力発電所だったりします……神よ……!!」
「呼びました?」
言うことを聞かない俺と神性を帯びた師匠から逃げ出した姉は、足りない俺の栄養素を埋める旅に旅立った。
「師匠」
俺は、師匠に三色に分けたカレーを見せつける。
「左からバターチキンカレー、グリーンカレー、キーマカレー。
カレーコーナーを左にスライドしていき、完成させたカレー三連星の輝きをとくとご覧あれ」
「ほう、やりますね……だがしかし、若さゆえの甘さがある……」
師匠は、スッと、A5ランクの和牛ステーキを見せてくる。
「左からレア、ミディアムレア、ミディアム、ウェルダン」
「こ、コイツ……ステーキコーナーに陣取った挙げ句、焼き方を指定してシェフに四回も焼かせやがったのか……!! な、並の厚顔無恥では出来ぬ所業……!! 420歳という自覚があれば、まず不可能な食い意地の張ったフィジカルプレイ……ッ!!」
「ふふ、楽しかったですよ……コック帽をかぶった一流のシェフを顎で使うのは……」
「この外道がァ……ッ!!」
きゃっきゃうふふと。
俺と師匠は、大量の料理を取ってきてぱくぱくと食べる。
「「…………」」
そして、まだたくさんあるのにお腹いっぱいになった。
「「…………」」
「だから、言ったでしょ! そんなに取っても食べられないって! あたし、何回も何回も言ったのに! もぉ!!」
「「…………ゴメンナサイ」」
「ま、そんなこともあろうかと」
緋墨は、俺の前から皿を取り上げる。
「あたし、お腹、空けといたから。
今回だけだからね、もぉ」
「「神……ッ!!」」
「あ、ごめんなさい」
申し訳なさそうな顔で、緋墨はぺこりと師匠に頭を下げる。
「アステミルさんの分まで、さすがに空けてないです」
「バカな……」
「ぎゃははははは!! ばーかばーかばーか!! 自業自得だーい!! 師匠のばーか!!」
そっと。
俺の前に大量の野菜が盛られた皿が置かれ、俺は勢いよく絶望で濁った顔面を上げる。
「食べなさい」
殺気の籠もった眼で見下ろし、姉は俺にささやいた。
「大切な弟の健康状態を保つのは姉の役目だ……本日、欠けた栄養素はすべて摂取させる……食べなさい、燈色……食べなければ……」
ガクガクブルブルと震えながら、俺は、怖気で粟立った全身を押さえる。
そっと。
劉は、俺の耳朶に声音を吹きかける。
「一晩中、弟の自覚がもてるまで……可愛がります」
「ひぃ!!」
「あっははははは!! ばーかばーかばーか!! 自業自得でーす!! ヒイロのばーか!!」
黙々と。
本を読みながらサラダを食べていた黒砂は、すっと立ち上がってから消える。
「では、私も」
「委員長ッ!!」
ナプキンで口を拭って、起立した委員長に俺は叫びかける。
「仲間だろッ!!(ドンッ!!)」
「学友ですね」
「クロエさんッ!!」
腕を組んだ師匠は、大声を張り上げる。
「仲間でしょッ!!(ドンッ!!)」
「他人ですね」
一点の曇りもない委員長は去っていき、俺と師匠は号泣しながら救いを求めるが、彼女は見事な聞こえないフリをして切り抜けていった。
「ヒイロ、こうなったらアレをやりますよ!!」
立ち上がった師匠は、勢いよく腕を振る。
「甘い物での口直しをッ!!」
「無理だろ、師匠!? リスキー過ぎる!! 腹9.8分目でやることじゃねぇだろッ!! 冷静になれよッ!! 現在から、デザートタイムで切り抜けるのは無理だッ!! 逆効果なんだよッ!! 胃の拡張性には限界があんだよッ!!」
「私は行きます」
師匠は微笑んで、偽りの理想郷を指した。
「食べ物を残すくらいなら私は腹を切る……ならば、懸けるしかないんですよ……フルーツの酸っぱさとデザートの甘さに……別腹ってヤツにすべてを懸けて……興じてみるのも愉しいと思いませんか……?」
「行くな、師匠……行くな……別腹は幻想だ……大体、そういうのって失敗するから……俺、成功したヤツ視たことねぇから……」
「さらばです」
涙を流す俺の頬に手を当てて、颯爽と師匠は歩き始める。
「理想郷はきっと在る」
「師匠ぉ……ッ!!」
腹を押さえながらのろりのろりと歩いて行った師匠を見送り、俺は冷静に『アイツ、バカだな』と思った。
くるりと、振り向いた俺は神頼みに移る。
「緋墨ぃ……!!」
「わ、わかったから。
手伝ってあげるし、見捨てたりしないからそんな声出さないでよ……ほら、一緒に食べるわよ。ね、ご飯残すのはダメでしょ」
椅子を寄せてきた緋墨は、ため息を吐いて俺の世話を焼き始める。
俺は、ドレッシングのレパートリーの豊富さを駆使して、どうにか大量のサラダを処理して姉によしよしされる。
「は、腹が重ぇ……」
「もぉ、ホント、バカなんだから……ほら、寄りかかんなさい。体重、かけちゃっていいから」
現在にも吐きそうな俺は、緋墨と劉に支えられ、ずるずると全身を引きずるように歩いて行き――道中で、人差し指を伸ばして、倒れ伏している420歳の姿が目に飛び込んでくる。
血文字。
人差し指の先には、血文字で『けえき』と書かれていた。
「す、救えねぇ……」
「な、なんであの状況で、よりによってケーキ食べちゃったんだろうね……?」
「アステミル・クルエ・ラ・キルリシアが食べきれなかった分は、私の方で処理しておいたので問題ありません。
不本意ながら回収しましょう」
劉にお姫様抱っこされた師匠を視て、俺はニッコリと笑った。
テントへと帰る途中で、俺は、緋墨から身体を離す。
「悪ぃ、ちょっとやることあるから……先、行ってて」
「えぇ? 具合悪いんでしょ? 後にしなさいよ、現在、優先しないといけないことなんてないって」
「だいじょぶだいじょぶ、大分、楽になったから」
渋々と。
俺から離れた緋墨は「なんかあったら連絡しなさいよ。絶対だからね」と言い残し、心配そうに何度も振り返りながらテントまで戻っていった。
「……さて」
俺は、食堂に隠しておいた寝袋を引っ張り出す。
山に逃げれば師匠と姉に察知されて捕まるのであれば、校舎内のどこかで眠れば良いだけの話だ。
丁度、俺も狙われているみたいだし、下手人に機会をやるためにも今夜はひとりで寝ると決めている。
寝首を掻こうとしたところを逆に捕まえてやる……とっとと、こっちの問題をクリアして、緋墨の件をどうにかしてやらないとな……。
「つーわけで、どこで寝ようかね」
俺は、夜の校舎内を彷徨い歩き――気配――咄嗟に光学迷彩を展開して壁と同化する。
「……えぇ」
ささやき声。
そっと、俺は、廊下の奥を窺う。
「えぇ、問題ありません。計画通りです」
その姿を確認し――俺は、ニヤリと笑った。




