来ちゃったならしょうがない
「導体は、裂け目の発生の際に生じる高純度の魔力励起反応によって析出された鉱石類だと言われているわ」
Dクラスの担任、殺人鬼の愛称で親しまれているジョディ・カムニバル・フットバック先生は肉切り包丁を振り回しながら言う。
「大昔の魔法士は、古流魔法という魔道触媒器を介さない魔法を用いたの。異界の一部華族は魔力を溜め込む性質をもつ宝石を用いて魔法を行使したけれど、宝石とは異なり導体は内部に独自の情報を持っているわ」
ふーふーっと。
被っている紙袋の裏側から、息を吐き出しながら先生は続ける。
「つまり、導体とは優れたひとつの情報体であり、導体が発生する際に書き込まれた情報を基に『属性』、『生成』、『操作』、『変化』の大枠の四種類に分けられているのね。
そして、その情報が持つ可能性は無限大だわ」
ジョディ先生は、もう片方の手にチェンソーを生成する。
「こんな風にッ!!」
ブォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
高らかにエンジン音を鳴らしながら、刃が猛烈な勢いで回転し、悲鳴を上げる生徒たちの前でマグロの頭に刃が当てられる。
「チェンソーですら生み出せちゃうのォオッ!!
あらあら、ごめんなさい、前列の子は怖がらなくて大丈夫よ。飛沫が当たることはないからね。急に大きな声を出してごめんなさいね」
肉片を飛び散らせながら、様々な刃を生成してはマグロを解体していく先生の頭上では『生鮮食品コーナー』という旗が踊っている。
「ただ、一点、生み出される導体について面白いことがわかっているの」
切り分けたマグロを酢飯の上に乗せて、本職かと見紛う手捌きでどんどん握っていく先生はささやく。
「導体に書き込まれる情報は、その時代に生み出されたモノに則っている。
例えば、このタイプの一人の手で扱えるガソリンチェンソーが実用化されたのは1938年……1938年以前には、こういったガソリンチェンソーを生成出来る導体は発見されていないのよ」
「それって」
悲鳴を上げていた前列の女の子が、先生からまぐろ寿司を受け取りながら恐る恐る問いかける。
「誰かが人間の歴史を監視して、その時代に合った導体を生み出してるってことですか……?
つまり」
ごくりと、彼女は喉を鳴らす。
「この世界には、神様がいる?」
「あらあら、先生、そんな御大層なことを言ったつもりはないのよ。
個人の信じる宗教を否定するつもりは一切ないのだけれど、単純に過去に発見されていなかっただけで存在していたのかもしれないし、そもそも、人間を含めた生物の精密無比な設計図……遺伝子だって、自然に生まれたとは信じ難いようなものだわ」
普段、美味しいモノを食べ慣れている筈のお嬢様たちが、醤油に付けたまぐろ寿司の美味しさに驚きの声を上げる。
「神はいるかもしれないし、いないかもしれない……でも、ひとつだけ確かに言えることがあるわ」
ジョディ先生は、エプロンを外しながら言った。
「この世界に、神を騙る者はいた」
まぐろ寿司を食べながら、俺は鏡にした画面で背後に座る人物を確認した。
どうしても、生徒にまぐろ寿司を振る舞いたかったらしいジョディ先生の授業兼昼食を終えた俺は人気のない校舎裏まで足を運ぶ。
「…………」
接触してこねぇな。
壁に背をつけた俺は、見当を付けている三人の写真を呼び出す。
外部講師の魔法士、Bクラスの担任教師、鳳嬢の女生徒。
俺の原作知識で言えば、Bクラスの担任教師は完全にOUT……だが、俺を監視している素振りは見せていない……熱心に俺を観察している鳳嬢の女生徒がいるが、それが敵意なのか好意なのか判断出来ていない……外部講師の魔法士も、俺を注視しているだけなのか処分しようとしているのか不明だ……。
ため息を吐いて、俺は電話をかける。
『はい、どうしたの?』
ワンコールで出た緋墨は、慌てた様子で髪を撫で付けながら応える。
「悪い、なんかしてたか? 問題あるなら掛け直すわ」
『いや、さっきまでシャワー浴びてたから……別に大丈夫。
あ、ご、ごめん!』
緋墨は、片腕で胸元を覆いながらささやく。
『ちょ、ちょっとだけ待って! ちょっとだけ!!』
画面が消えたものの、音声は通じたままだった。
衣擦れの音が響き渡る中で、待たされている俺は天を仰ぐ。
「…………」
アルスハリヤは消えた筈なのに、なんでラッキースケベイベント掠ってんだよ……○すぞ、アルスハリヤ……。
『ごめん、いいよ。
どうしたの?』
バッチリと身支度を整えた緋墨が現れ、外に出掛けるわけでもないのにイヤリングまで着けている彼女にささやく。
「魔人だとバレてるわ」
『誰に?』
「正確にはわからない。候補は三人。
外部講師の魔法士、Bクラスの担任、鳳嬢の女生徒。Bクラスの担任は、明確に魔神教と繋がってるけどどの派閥と通じてるかはわからん」
『写真、送れる? 顔が判別出来るレベルの解像度で。
ルーちゃん、ちょっとこっち来れる~?』
『うん? どしたの、ルリちゃん?
って、なんで、こんなに下着が大量に散らばっ――』
『わぁ!! わぁ、わぁ、わぁあっ!!』
今度は、音声がミュートになっているものの画面が繋がったままだ。
やって来たルーちゃんが、怪訝そうな顔で水色の下着を持ち上げ、必死な顔で釈明している緋墨の姿が映り込む。
俺は写真を送付し、ぐったりとした顔の緋墨が戻ってくる。
『と、とりあえず、ルーちゃんに調べてもらうから。
て言うか、現在、あんたどこにいるのよ?』
「あの世」
『ばーか。
で、どこ?』
「鳳嬢だよ。校庭でキャンプ。魔法合宿に参加してる」
『ふーん……わかった』
ぶちりと、急に電話が切れる。
なんだ、愛想のないヤツだなと思っていた俺は、十分後に現れた人物を視て眉間を押さえた。
編み込んだ髪を一本にしている緋墨は、鳳嬢魔法学園の制服に身を包み、申し訳程度の化粧で変装を施していた。
「来ちゃった」
俺は、周囲にアルスハリヤがいないことを確認してから――頭を抱えた。




