委員長の恩返し
「では、攻撃表示でカオ○・ソルジャーを特殊召喚」
「…………」
「三条さん?」
胸元にフリルが付いている白色の水着を着ている委員長は、小首を傾げて俺を見つめる。
「貴方のターンですよ?」
「……いや、まず」
広々としたテント内。
仄かなカンテラの灯りで照らされた俺は、床に遊○王カードを広げて、水着姿の委員長と決闘の真っ最中だった。
「なんで水着?」
「はぁ……三条さんがお望みになられたからでは?」
静静と。
堅実な一手を打ちながら、委員長は澄ました顔で答える。
「なんで決闘?」
「はぁ……三条さんがお望みになられたからでは?」
普通に敗けた俺は、二重スリーブに入れたデッキをかき集めてから、正座姿で髪を掻き上げる眼前の美少女を見つめる。
「去れ、敗北者ッ!!」
「敗けたのは三条さんですが」
ぽんぽんと。
自分の太ももを叩いた委員長は、上目遣いで俺を捉える。
「どうぞ」
「……はい?」
「お膝、どうぞ」
テントの入り口は開きっぱなしだ。
外からは鳳嬢魔法学園のお嬢様たちの歓声が入ってきて、なにやら愉しげな百合の気配を感じつつ、俺は目の前に聳えるくそったれなラブコメの波動に胸と脳の痛みを覚え始めていた。
「…………」
「アレだけ地下天蓋の書庫でねだっておいて尻込みですか……三条さんの破廉恥な視線は、常日頃から感じていましたので妙な配慮は結構です。再三、口にしておりますがコレは御礼、迂遠的な奉仕活動です。
どうぞ、うら若き女体をご蹂躙ください」
「あの……地下天蓋の書庫で膝枕をねだった覚えが俺にはないんですが……?」
「それはそれは、ご趣味のよろしいことで。
地下天蓋の書庫からの撤退戦の最中に、のべつ幕なしに口説き落とそうとしてきたことは一切記憶にないということですか? 実現できないマニフェストを掲げる政治家みたいな言い分ですね」
唖然としている俺の前で、委員長は水着の肩紐のズレを直す。
「顔を焼かれかけたせいで、生徒会長には手を出すのはやめたみたいですが、特に私と黒砂さんに御執心だったと記憶しています。
実際、身体を張って撤退戦の殿を務めたのは事実ですが、歯が浮くようなキザなセリフを口から掃射してくるので正直困りました」
「こ、黒砂さんにもやってんの……?」
「微笑みながら、頭ぽんぽんとかやってて正気を疑いました」
「あべえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええあべべべええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
藻掻き苦しむ俺を眺めて、委員長は呆れたようにため息を吐く。
「人のことを壁際に追い詰めて、顎をクイッと上げた後に『瞳の中に星が視えるね……』などと意味不明な供述を口走ってきた時は脳の疾患を疑いました」
「そこまでいったら傷害罪だろ、殺しちまえよ」
「とは言え、三条さんにしては、珍しく女性に対して積極的だったので胸が高鳴った女性もいるでしょう……当然、私は違いますが」
委員長は、ごほんと咳払いをする。
「その際に『自分も魔法合宿に参加するつもりだから、今回の件についての御礼をして欲しい』と言われ、その中のひとつが水着姿での決闘でした。
他にも、膝枕、添い寝、ハグ、キス……申し訳ございませんが、嫁入り前なので接吻はお断りさせて頂きましたが」
「水着姿で決闘とか、バイク型の決闘盤に乗りながら決闘するくらい有り得ないだろ。
誰がそんなもの望むか、普通にデュエルしろよ」
「依頼された際は、昨今の社会情勢に合わせてスケベにも多様性が求められているのだなと感服いたしました」
「世のスケベに対して、社会科見学した学生みたいな模範的解答を提出してくるな」
「冗句はなしで、三条さんには感謝していますよ」
目を伏せて、委員長はささやく。
「ルミナティ・レーン・リーデヴェルトの件、オフィーリアさんと共に事実を聞き及んで、自分の直感が正しかったと確認することが出来ました。
遺書を読んだ時に、幼心に感じた謎が氷解していくような……凝り固まっていた規則が溶け落ちて、視界が晴れ渡り、胸に詰まっていた異物が取れました」
胸に手を当てた彼女は、優しく微笑んだ。
「私は、これから呼吸していきます……彼女が解き明かした答えを継いで……知りたかったモノを識っていきます」
「……そっか」
俺は微笑して、彼女の意思を確認してから伸びをする。
微笑んだまま、テントの外を指した。
「ちょっと散歩しな――」
「なので、貴方には恩を感じていますし一度了承した事柄を反故にすることも出来ないので迅速に私の膝の上に頭を置いてください最終通告です」
「最終通告を無視したらどうなる?」
「知らないんですか」
委員長は、ぽんぽんと自分の膝を叩いた。
「最終通告が始まります」
「最終通告の意味、辞書で引いてから来いや優等生」
「どうぞ」
このまま逃げたら、委員長の決意を裏切ることになる。
それに、ココまで覚悟を決めた水着姿の彼女を置き去りにするのは良心が痛むし、この勢いだと後々にもっと過激な方法で恩を返される気がした。
なので、俺は仕方なく、彼女の膝の上に頭を置いた。
頬が太ももに吸い付いて、肉感と体温がダイレクトに伝わり、俺の体重をそのまま吸って沈み込む柔らかさに目を閉じた。
おずおずとした手付きで。
頭を撫でられて、俺は、おっかなびっくり対応している委員長を見上げる。
「勝手にオプション付けないで……?」
「事前整合済みですが」
一瞬で。
アルスハリヤの殺害パターンが、ずらーっと脳内に並べ立てられた。
「髪、意外とサラサラしてますね」
「うちの美容担当の白髪メイドの筋が良いんだろ」
「心はザラザラなのに」
「カラカラの間違いね? 俺、供給不足でもう干からびちまいそうなんだわ」
「哀憐の情を覚えざるを得ません」
「あんたも、その一端を担ってんだわ」
撫でられているうちに。
とろんとした眠気がやって来て、なにかをかけられた俺は、眼の前から聞こえるささやき声を耳にする。
「多少の御礼になっていれば……幸いです」
すべてが闇に包まれて――目が覚める。
「……え?」
革ベルトで四肢を拘束されている己を確認し、俺は周囲を見回した。
「え?」
眼前に座っている黒砂は、無言でページをめくった。




