魔法以外も学べそうな合宿
鳳嬢魔法学園の魔法合宿。
8月初週から2週間かけて行われるこの合宿は、集中強化合宿とも銘打たれるもので、鳳嬢魔法学園の誇る教師陣は勿論、外部からも名高い魔法士が講師として招かれ、お嬢様たちに魔法の基礎から応用までを叩き込む。
原作では、短期間で集中的に能力値を増やすことが出来る良イベントとして扱われるが、如何せん、2週間もの期間を拘束されてしまうため熟練プレイヤーからは避けられやすいイベントでもある。
とは言っても、この魔法合宿に参加させるキャラクターの組み合わせによっては、特殊イベントが発生したりもするのでそう捨てたものではない。
それに一部のキャラクターは、強制的に魔法合宿に参加することになるため、そのキャラクターの好感度を効率的に上げることも出来る。
さて、この魔法合宿、集中強化合宿と銘打たれているのもあり、軍隊のブートキャンプを思わせるが、当然、高貴なお嬢様たちを粗雑に扱ったり傷つけたりするわけにもいかない。
そのため、実態は面白おかしいお泊まり会みたいなものだ。
魔法の学習会ではあるものの、レクリエーションもたっぷりと用意されており、特に魔法を鍛えるつもりもない生徒たちも友人と一緒に参加して、イベントのひとつとして楽しんでいたりもする。
魔法合宿に参加する条件は、特に規定されていない。
特に規定されていないが、鳳嬢魔法学園が取り仕切るイベントなので、鳳嬢魔法学園に通う生徒であることは必須要件だ。
必須要件なのに。
「なんで、貴女たちがいるんですか……?」
「「誘われたから」」
「誰に?」
指差された俺は、頭を抱えたまま八の字に振る。
「ア・ル・ス・ハ・リ・ヤ・ァ!!」
きょとんとしている劉とアステミルを残し、物陰に隠れた俺はアルスハリヤの首を締めながら問いかける。
「何時だ、テメェ……俺は九鬼正宗を触ってねぇし、飛ばし携帯も含めて通信手段はすべて切ったんだぞ……?」
「はっはっは、布石というものは事前に打っておくから布石と言うんだ。君は僕の言説に騙されて『まだ、魔法合宿への仕込みは終わっていない』と勘違いしたようだが、僕は地下天蓋の書庫での撤退戦の時点ですべてを完了させていた」
アルスハリヤは、嬉しそうに両手を広げる。
「ようこそ、魔法合宿へ!!」
「Welcome to the HELL!!」
アルスハリヤの頭を壁に叩きつけ、俺は、笑顔で師匠たちの下へと戻る。
「大変申し訳ございません、お問い合わせさせて頂いた件を調査させて頂きました結果、先方にお送りしました内容はミスだということが判明いたしました。
今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます」
「もう、ヒイロ、なにを恥ずかしがってるんですか」
師匠は俺を胸に抱き込み、会心の笑みを浮かべて劉を見つめる。
「寂しくて、師匠である私を呼んでしまったんでしょう? 師匠である私を。誰よりも、貴方のことを思っている師を求めてしまったんですね、その気持ちはよおくわかりますよ、私のように優秀で天才で美人な師匠はいませんからね」
勢いよく引っ張られて。
ふわりと抱き締められた俺は、劉に優しく額に口付けられる。
「ちゃんと、ご飯は食べていましたか? 燈色は不摂生で無茶ばかりするから、姉としては気が気ではなかった。どこぞの師匠もどきに酷いことをされていませんか? 一緒に警察に届けを出しに行っても良いんですよ?」
「Aha~ん!? 誰がァ!? 誰にィ!? なんの届けを出しに行くと言ってるのか教えてもらってもよろしいですかァ!?」
「燈色がストーカー被害の届けを警察に」
俺の髪に顔を埋めた劉は、ニコリと微笑む。
「失礼ながら、人の弟に纏わりつくのはやめて頂きたい……師匠もどき殿」
「面白い冗談ですねぇ……姉もどき嬢?」
迸る魔力。
凄まじい勢いで引っ張られた俺の頭は、風切り音を発しながら宙を行き来し、柔らかさとシャンプーの香りを感じながら俺は翻弄される。
「双方、動くな!!」
このままでは殺されると思い、俺は、ついに得物を抜いたふたりにSTOPをかける。
「我が名は三条燈色!! カルイザワの果てよりこの地へ来た!! そなたたちは魔法合宿に許可なしで参加すると聞く、暴力の神か!?」
スッと。
劉とアステミルは、『魔法合宿の参加許諾証』を取り出し、顔写真と名前が書き込まれた名刺が入ったネックストラップを見せつけてくる。
「当然、外部講師として参加許諾は得てますよ?」
「燈色、貴方が教えてくれた筈だ。三寮戦で死神として参加しているのであれば、容易に事前許諾は得られるだろうと」
震えながら、俺は背後を振り向く。
満面の笑みを浮かべたアルスハリヤは、恭しく胸に手をやってお辞儀をする。
「安心しろ、僕の百合破壊はひとつの芸術作品……抜かりひとつどころか、一点の曇りひとつない美そのものだ」
「き、貴様ァ……!!」
「どうした、三下。人から教えを受けた時にはお辞儀だろう?」
「…………ッ!!」
「お辞儀をするのだ、ヒーロッ!!」
俺は泣きながら膝をついて、眼前の魔人を見上げた。
「アルスハリヤ先生……!!」
涙でぐちゃぐちゃになった顔で、震えながら俺は項垂れる。
「百合が視たいです……」
「もう諦めろよ。試合終了の笛が聞こえないのか」
「よしよし、燈色、大丈夫ですからね。お姉ちゃんが傍にいますよ。酷いエルフに虐められても私が護ってあげますから」
「わ・た・し!! 私が護るんですッ!! ひ弱な貴女になんて、ヒイロは護れませんもんねーっ!! ざーこざーこ!!」
なにやら勘違いしている姉の胸に抱かれ、俺は弟なので安心して号泣した。師匠はうるさかった。
保護者同伴(師と姉)で、両脇を掴まれて力なく引きずられていった俺は、一年生から三年生まで、AクラスからEクラスまで、優等生から劣等生まで……様々な鳳嬢魔法学園の生徒が集っている屋内訓練場にまで連れて行かれる。
中には、見覚えのある顔もちらほら。
こちらに気付いた委員長は、淑やかに歩きながらこちらに近づいてくる。
「こんにちは、三条さん」
「……ちは」
「こら、燈色、ちゃんと挨拶しないといけませんよ」
「あのぉ? すみませぇ~ん? ヒイロの師匠は、わ、た、しぃ? なのでぇ? ふふっ、なんていうか、そういうのやめてもらってもいいですかねぇ?」
「三条さんは、常に女性に囲まれていますね。壮健でなによりと、笑顔で皮肉を口にした方がよろしいですか?」
「……やめて」
ぐったりとしている俺を視て。
そっと、寄ってきた委員長は、一瞬だけ俺に全身を密着させてささやく。
「……夜、テントで」
吐息が耳にかかって、次の瞬間には彼女は離れている。
「では、失礼いたします。
外部講師の方は全体に挨拶を行うと聞き及びましたので、舞台裏に集合する時間かと」
姉と師は口喧嘩しながら去っていき、耳を押さえた俺は呆気にとられたまま固まる。
暫くの間、硬直していると背後に気配を感じた。
「…………」
「うおっ!!」
何時から、後ろに立っていたのか。
珍しくまともに制服を着ている黒砂が立っており、黙々とロバート.A.ハインラインの『夏への扉』を読んでいた。
「こ、黒砂さん、居たんだ……カルイザワ決戦ではありがとうね……魔法合宿、参加するんだ……?」
「…………」
「あ、俺、近くに居ない方がいいね? 離れるね?」
「……いい」
「はい?」
「……いい」
「あ、はい、わかりました」
なんとなく。
近づいても許されている距離感が縮まっているような……そんな不気味な考えを振り払い、俺は、黒砂に微笑みかける。
「その本、面白い?」
「…………」
「夏休み、なにしてた? 大圖書館に居たのかな?」
「…………」
良かったー、気の所為だわ!! バッチバッチのヒッエヒエだわ!! 俺、黒砂哀のこと好きだわ!!
「……地下天蓋の書庫で」
「え?」
「…………」
「ご、ごめん、地下天蓋の書庫で……なに?」
「…………」
本を閉じた黒砂は、ちらりと俺を見てから離れていく。
わけのわからない俺は、アルスハリヤの反応を窺おうとするが、姿を消しているあのクソカスは答えようとはしなかった。
『お集まりの皆様にご連絡いたします』
屋内訓練場に設置されている拡声器から、聞き覚えのある声音が聞こえてくる。
『諸々ありまして、本年度の魔法合宿は生徒会に代わりフーリィ・フロマ・フリギエンスが仕切らせて頂くことになりました。
ご承知おき、お願いね』
砕けた物言いに、集まった生徒たちから微笑が漏れる。
『私が仕切るからには、今年は例年よりも充実した合宿になることを誓うわ。指導教員も外部講師も、一流のメンバーを揃えたつもりよ。もし、なにかあれば、名刺入りのネックストラップをぶら下げた運営委員に伝えて。
申し訳ないけど、私への夕食の誘いはお断りさせて』
堅苦しさのない冗談に、また微笑ましい笑い声が上がり、完璧な間を取ってから声は続ける。
『では、これから魔法合宿の説明会を始めるわ。
あぁ、それと』
画面に大写しになったフーリィは、俺に向かって茶目っ気溢れるウィンクを飛ばしてくる。
『ヒーくんは、この後、運営委員会のテントに来て♡』
謎の黄色い歓声が上がり、俺は、無言で光学迷彩を発動して姿を消した。




