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おやすみ

「シャル!!」


 オフィーリアは、傷ついた妹の下にまで駆け出し――


「ヒーロ、まだだッ!!」


 アルスハリヤの叫びと同時に世界が割れた。


 空、中、地。


 そのすべてに線が走っていき、ピシリと音を立てて景色が割れる。空から降り注いできた鏡の破片は、きらきらと輝いて宙空を回り、蒼白の光を撒き散らしながら新雪のように宙空を埋め尽くしていく。


 トッ、と。


 爪先から着地した七椿は、檜扇ひおうぎで己の顔半分を覆い隠す。


 着地点から広がった亀裂には、笑みをたたえた七椿の口元のみが浮かび、忍び笑いが地の底から吹いてくる。


「よもや、妾がココまで追い詰められるとはなァ!! ほほっ!! 実にい心地じゃ!! なるほどなるほどなるほどっ!! あの死地を潜り抜けた妾は、強く、気高く、なによりも強いということかっ!!」


 扇を広げて。


 周囲空間を丸ごと鏡へと変えた七椿は、前後左右の宙空に映り込み、何重にも重なりながら遠近法を演出して、小さな姿から大きな姿までを俺の視界に投影する。


 どこまでも遠大に広がった魔人が緩やかな動きで扇を畳むと、その後ろの魔人も扇を畳み、そのまた後ろの魔人も扇を畳み込む。


「んァあ!! んぬるほどぉ!! 三条の緋路よ、妾の脳は理解したぞよ!! 妾が!! この妾が、虫螻如きに後れを取るその原拠!! 証拠!! 根拠!! 裏が取れたわ!! この妾の!! 存在証明テンションがッ!!」


 音が――鳴る。


 どこからともなくエレキギターの爆音が鳴り響き、大太鼓と小太鼓の音響が炸裂し、バイオリンとピアノが躍り上がった。


 彗星を模した光線が流れ落ち、地面から光の柱が次々と噴き上がる。


「低すぎるッ!!」


 どこからともなく現れた舎人とねりは、月面から地上までの行列を作り上げ、各々が抱いた楽器を打ち鳴らしながら水干すいかんを揺らした。


 揺れる、揺れる、揺れる。


 宙空を舞い踊る鏡の群れは、ミュージカル映画のように人型をとって、ブレイクダンスを踊りながら『キーッ』という高音を立てた。


「ん鳴らせェ!! ん鳴らさんかァ!! そう!! 妾はッ!! 妾こそはッ!! 超絶美少女!! しこたま可愛い!! 世界最高峰の魔人国宝!! ありとあらゆる自然遺産に勝り、唯一無二の天下一品を退け、森羅万象にすら打ち勝つ存・在・感ッ!!」


 宙へと浮き上がっていった七椿は、後光に照らされながら七つの尾を生やし、涙を流しながら天をした。


「妾 is んBestォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 凄まじいまでの魔力が吹き付ける。


 された俺は、思わず笑みを浮かべて冷や汗を流した。


「ざけんな……この段階になって、お相手放り捨ててソロプレイで絶頂イッてんじゃねぇぞ……!!」

「驚いたな、何事も極まれば一芸に成り得る」


 アルスハリヤは、苦笑する。


「この阿呆、阿呆を極めて、感情論理だけで全盛期付近まで己を引き上げたぞ」

「でも、無理矢理だろ。肉体が持たない。シャルの一撃を喰らって、鏡像だってもう数少ない筈だ。

 素敵なエスコートで、思いっきり萎えさせてやるよ」

「ヒーロくん、余計なことは考えるな。阿呆には阿呆、脳死には脳死だ。

 エスコートというものは――」

「わ・ら・わ~ッ!!」

「相手が正気であることを前提に成り立ってる」

「ビィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイムッ!!」


 極大。


 鏡を通して折り重なられた七椿の手は、幾百もの鏡像をもって成り立ち、彼女は光線を撃ち放ちながら斜めに移動スライドする。


 その度に、鏡に映った七椿の鏡像は増えていき、その手から迸る光線の数が増大する。最早、数を数えることすら叶わない量の光の線は、俺の半身を薙ぎ払い再生した傍から蒸発させる。


「なんだ、この出力……出鱈目にも程があんだろ……ッ!!」

「離脱しろッ!! 存在ごと消されるぞッ!!」


 霧手ミスト・ハンド


 斜め上に逃げた俺は、背後に気配を感じる。


 怖気――ピースサインを横に構えた七椿は、茶目っ気たっぷりに舌を出し、ぱちんとウィンクをする。


「妾ビッ☆」

「ふざけ――」


 全身が光に包まれる。


 焼け焦げた全身を地面に叩きつけながら再生し、背後へと後転した俺の周囲を六つの鏡が廻った。


 そのすべてに七椿が映り込み、漢服、チャイナドレス、メイド服、ウエディングドレス、着物、ウエスタンスタイル……様々な衣装を着た魔人は、綺麗にポーズをとって、くるくると勢いよく廻転する。


 そのすべてを。


 光剣ルークスで叩き割った瞬間、割れ落ちた鏡は元に戻り、回転しながら散らばった鏡片が全身に食い込んだ。


「ぐっ……!!」


 苦痛が喉から漏れて、前髪が真っ赤に濡れ落ちる。


 力任せの正攻法で勝てる道理が見つからない……存在証明テンションが下がるまでの間、時間稼ぎをしようにも俺の身体がもたない……あと少し……あと一歩なんだ……その一歩が欲しい……!!


 衝撃。


 奴の虚を突く衝撃があれば――勝機が視える。


「妾の方が!! 強い!! 妾の方が!! 可愛い!! 妾の方が!! 妾!! よって、妾が勝つ!! それ即ち、道理というものじゃなぁ!!」


 高笑いをしながら、七椿は右腕を持ち上げ……ボロボロと崩れ落ちる。


「ココまで追い詰められたのは、何時いつ以来のことか……妾の鏡像の芯まで迫ったことは称賛しようぞ……だがしかし、勝者は何時だって強者……妾じゃ……薄汚い命……虫螻が……ようもまぁ、ココまでしてくれたなァ……!!」


 七椿の両眼が、オフィーリアを捉える。


 その瞬間、突っ込んだ俺は飛んできた鏡片で串刺しにされ、身体の大半を置き去りにして進もうとした途端に射抜かれる。


 激痛。


 全身が痛みを叫び、血反吐を吐いた俺は手を伸ばす。


 その手が吹き飛び、再生すら叶わなくなった俺は、微笑んだ七椿に頭を撫でられる。


「そこで妾の完成を視ておれ、終わりじゃ」

「お嬢……オフィーリア……逃げろ……ッ!!」


 七椿の狙いが、己が首から下げている『耽溺のオフィーリア』と気付き、必死に彼女は逃げ出そうとし――


「ほほっ」


 眼前に現れた魔人を前に後退る。


「逃げ遅れたのう、マージライン家の小娘」


 そっと。


 指先でその顔を撫でた七椿は、うっとりとした表情でささやく。


「似ておる似ておるよう似ておるわ……あの忌々しい小娘と同じ面じゃ……妾が殺し損ねた三条緋路の想い人……まぁ、現在いまとなってはどうでも良い虫螻じゃ……むしろ、褒美を与えてもよいぞ……よくぞ、妾の魔力を護ってくれた……」


 ぶちりと、音を立てて。


 首飾りを千切り取った七椿は、歓喜の笑みを浮かべて月明かりにソレを浮かべる。


「美しいのう……満天の星空にも敗けぬ美しさじゃ……さすが、妾の魔力がもったモノだけはある……コレが息魔の魔導書の核……マージライン家が代々受け継いできた宝物か……」

「返してくださいましッ!!」


 必死で。


 ぴょんぴょんと跳びながら、オフィーリアは七椿の持つ首飾りに飛びかかる。


「それは!! わたくしの!! わたくしの最も大切なものですのよ!! 好きな!! 好きな人にもらった!! 大事なモノで!! ヒロ様が!! ヒロ様が、必要になるって!! だから!! 返してッ!!」


 彼女は泣きながら、必死で手を伸ばす。


 ぞんざいに払い除けられたお嬢は、ものの見事に地面へと転び、顔を打ち付けて鼻血を垂らした。


「わ、わたくしの……わたくしの……ですわ……!!」


 顔を殴られてオフィーリアは転び、泥と血に塗れながらも立ち上がる。


「す、好きな人に……好きな人にもらったモノですのよ……だいじな……だいじなモノですの……夜、寝る前に、ソレを見つめたら幸せな気持ちになりますの……あったかい気持ちになって……大好きな人の笑顔を思い出せますのよ……」


 殴打を受けて。


 自慢の縦ロールが解け落ち、浴衣は乱れて血に汚れ、脱げた下駄のもう片方もどこかへと転がった。


 土で汚れた両手で、オフィーリアは息を荒げながら七椿に掴みかかる。


「ずっと……ずっとずっとずっと……まってた……なんで、逢いにきてくれないんだろうって……何度も思いましたわ……でも、しあわせだった……しあわせだったんですわ……ロザリー様も……わたくしも……その首飾りを視る度……!!」


 ボロボロと涙を零しながら、彼女は魔人を揺さぶる。


「すてきな……恋になりますようにって……おまじないをかけた……!!」


 泣きながら、オフィーリアは声を漏らした。


「この心臓が止まる時……きっと……きっと、わたくしも想う……その首飾りを見つめて、そっと握り締めて、大切な思い出を思い出して……おまじないが胸によぎる……あぁ……わたくしは……」


 一筋の涙が頬を伝って、彼女は笑みを浮かべる。


「とっても……すてきな恋をした……」

「邪魔じゃ、薄汚い」


 七椿に蹴飛ばされ、オフィーリアはロザリーの墓石に叩きつけられる。


 うめき声を上げて沈んだ邪魔者には目もくれず、魔人はせせら笑いを浮かべる。


「さて、三条の緋路、この腐れ縁も終いにしようかのう」


 首飾りを揺らしながら、七椿は縫い付けられた俺を見つめてささやく。


「終わりじゃ」


 魔人は、首飾りへと魔力を流し込み――眩い光が、辺りを照らした。


「……あ?」


 大量の魔力を流し込み、首飾りを破壊しようとしていた七椿は、その光景を前にして愕然として立ち尽くす。


 呆然とした彼女は、ゆっくりと魔力を萎めていった。


「……あぁ、同意見だな」


 俺は、笑いながら、前へと踏み込み――割れ落ちた鏡片から抜け出した。


「終わりにしようぜ、七椿」


 きらきらと。


 俺の周囲を回った鏡の破片は、月光を受けて煌めき、俺の笑みを浮かび上がらせる。


「あの子に代わって、107年後の俺が言葉を手向ける」


 ゆっくりと。


「ロザリー・フォン・マージラインの名に誓って!!」


 俺は、血に塗れた左手を持ち上げる。


「幾年月をけてもッ!! この身命を賭してッ!!」


 その指先を伸ばして――俺は、魔人をした。


「我がマージライン家が、万鏡の七椿を打ち倒すッ!!」


 真っ青になった七椿は後退り、俺は叫ぶ。


「お前が侮ったマージライン家の小娘が!! 万鏡の七椿ッ!! テメェを打ち倒すッ!! その誓いに!! 俺はノッたんだよッ!! 107年前から続いた宿痾しゅくあを!! 彼女が願った結末を!! この目で見届けに来たッ!!」


 残った右手で、俺は己の刃を構える。


「マージライン家は、己の生涯をかけてお前を欺いた! ソレは、息魔の魔導書でもなんでもない、ルミナティが大圖書館アーカイブから借りた『光輝の魔導書』だ! ロザリーの代から始まって、マージライン家はずっと『魔力欠乏症の治療方法が確立していない』フリをし続けてきた! 息魔の魔導書がなければ生きられず、そのために代々、魔導書の核を受け継いでいるように見せかけた!!」


 呆然と。


 口を開いた七椿は、震えながら宙を腕で払った。


「ば、バカな……なら、レイディ・フォン・マージラインはどうなる……その母親は……!?」

「レイディ・フォン・マージラインは、物心がついた頃から病人のフリをし続けてきた……だから、あの子は友達ひとり作れず、晴れの日に外を駆け回ることすらも出来なかった……そして、その母親は死人を演じて娘たちから離れる未来を選んだ……最愛の娘たちを護るために……マージライン家の血脈からなる命運を……ロザリー・フォン・マージラインから受け継がれた『七椿を倒す』という使命のために……この瞬間まで、テメェを騙すためだけにその生涯を捧げ続けてきた……」

「わ、妾の目に気付いて……眷属に核を奪われた際に、命懸けで取り戻したのも芝居か……!! あ、ありえん……人間が……たかが人間が、己の生を捨ててまで……他者の命のために命を捧げるなど……ありえん……!!」

「ロザリー・フォン・マージラインは、自分の命を捧げて魔力欠乏症を治した!! あの子は!! 命を繋いで!! 誓いを果たした!! ルミナティ・レーン・リーデヴェルトと共に!! 必死で呼吸してきたんだよッ!!」


 顔面を歪めて、七椿は狼狽を露わにしながら叫ぶ。


「ならば、核は!? 核はどこにある!? ロザリー・フォン・マージラインが、想い人から貰い受けたアレを手放すわけがないッ!!」

「だから、あの子は名前を持たない少年の墓に埋めた」


 俺は、微笑む。


「一緒には眠れなかったから……せめてもの想いで、あの首飾りを墓に埋めることを選んだんだよ……たとえ僅かな時間でも一緒に眠れるように……だから、俺はルミナティの遺書の通りに核を掘り出して、改めてマージライン家にソレを託した……」

「誰に!?」

「ヨルン・フォン・マージライン」

「バカな!! あ奴は、なにも身に着けておらんかった!! 魔導書の核など!! どこにも!!」


 俺は、笑いながら人差し指で己の頭を叩いた。


「カツラ」


 七椿は身震いし、俺は、お嬢の父親ヨルン・フォン・マージラインがかぶっていたおフランス流の巨大なカツラを思い描く。


「そんなバカなものに変えてるとは思わねぇだろ?」

「し、信じん……妾は信じんぞ……そ、そんな馬鹿げたことがあるか……わ、妾の魔力が失われるわけが……」

時間切れ(タイムアップ)だ」


 最後の花火が上がって――俺の背後で、七色の花弁が開いた。


「祭りは終わった……107年もの時をかけた御伽噺もおしまいだ……残念だったな、なよ竹のかぐや姫……もう、月から迎えが来たりはしない……あんたを愛してくれる爺さん婆さんも存在しない……お前の周りで、命は輝かない……ロザリー・フォン・マージラインは誓いを果たした……」


 俺は、眼をひらく。


「テメェに――陽は差さない」


 強烈な敗北感。


 現在いままでの生涯で覚えたことのない強烈で強大な敗北感によって、七椿が生やした七つの尾は跡形もなく消え去り、茫然自失とした彼女は、盛り上がった存在証明テンションすらも失った。


 だから、追い詰められた魔人は愚行に走った。


「む、虫螻がァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 鏡面上の万面鏡像(カレイドスコープ)が発動する。


 呑まれた俺は、鏡の国へと叩き落されて時間跳躍タイムジャンプを開始し――別の時間軸へと逃げた七椿に追いついた。


「……は?」

「おいおい、阿呆以外の芸は三流だな」


 アルスハリヤは、わらいながら両手を広げる。


鏡面上の万面鏡像(ソレ)はもう飽きたんだよ、慣れたと言っただろうに。最早、鏡面上の万面鏡像(カレイドスコープ)への干渉は百合を破壊するくらいに手慣れたものだ。

 それに――」


 雨。


 降りしきる雨の中で、戦場に佇む三条緋路は、俺の意思をもって七椿の鏡像を叩き斬る。


「既にみちは引かれた」

「ば、ばかな……ばかなぁあああああああああああああああああッ!!」


 七椿は鏡面上の万面鏡像(カレイドスコープ)を発動して、別の時間軸へと逃げて、同時に時間跳躍タイムジャンプした俺はその背中を捉える。


 平安京。


 侍烏帽子さむらいえぼし直垂ひたたれを身に着けた女性になった俺は、七椿の鏡像を弓で射抜いて破壊する。


「なぜ!? なぜ、妾の鏡面上の万面鏡像(カレイドスコープ)で別人に成り変わる!? 平安の世に!! お主は生を受けておらん筈じゃ!!」

「血だよ」


 緋色。


 両眼に映る緋色のみちが、ありとあらゆる方向へと伸びていき、それは時空すらも超越して繋がった。


 かつて、七椿と相対し無念の(うち)に死んでいった人間(ひと)たち、護りたかったモノを護るために戦った英雄たちの身体へと血縁で結ばれた俺は、払暁叙事が引いた緋色のみちを駆け抜け、時代を超えて乗り移っていく。


「血縁で、俺たちのみちは繋がってる……俺が三条緋路の肉体に着地した時点で……この可能性は存在した……だから、俺には視える……この緋色のみちが……テメェが無価値だと称した命が……!!」


 明治時代の銀座煉瓦街で、軍服姿の男と化した俺は、軍刀で七椿の鏡像を切り払う。


現在いま!! すべてをもって、テメェを打ち倒すッ!!」


 割れる。


 割れる、割れる、割れる。


 どんどんどんどん、七椿の鏡像は数を減らしていき、絶望で顔を彩った魔人は――会心の笑みを浮かべる。


 時間跳躍タイムジャンプ


 追った俺は、跳んで――青空が視えた。


 爽やかな涼風が吹き抜けていき、どこまでも突き抜けていく蒼の下で、俺は自然と直感的に理解していた。


 ココは、カルイザワだ。ロザリーの墓があった場所だ。


 風が吹く。


 丘上ではためく真っ白な洗濯物が空へと舞い上がり、その裏にいた人影を露わにした。


「…………」


 風でなびく髪を押さえつけて。


 ロザリー・フォン・マージラインは、眼を見開いて俺を見つめていた。


 エプロンを身に着けた彼女は、半人半魔と見覚えのある金髪をもつ子供たちに囲まれており、エプロンの裾を引っ張られながら呆けていた。


 俺は、現在いま、三条緋路の姿ではなく三条燈色の出で立ちでもなかった。


 見知らぬ顔と姿の少年。


 だから、彼女は……ロザリー・フォン・マージラインは俺を認識出来ない筈だった。


 でも。


 それでも。


 彼女は、震えながら瞳を潤ませて、首飾りを握り締めて――微笑む。


「やくそく……まもってくれたんですね……ぜったいに……もういちど……あいにくるって……だから……わたし……ずっと……ずっとまって……ヒロさん……わたし……」


 頬に涙が伝って、ロザリーは笑みを浮かべる。


「もう……ヒロさんのいじわる……わたし、まだまだ、おしえてほしいことあったのに……いなくなっちゃうんですから……ロザリー・フォン・マージライン、すんごくおこってますよ……でも、これからは……ずっと……ずっと一緒ですよね……?」


 俺の眼を視て。


 ロザリーは、その意思を受け止めてかぶりを振った。


「やだ……」

「…………」

「やだやだやだぁ……もぉ……もぉ、逢えないなんて……ひどい……ひどすぎますよ……やっと……やっと、逢えたのに……ま、まってたのに……まいにちまいにちまいにち……想ったのに……かえって……きてくれたのに……」


 何度も何度も何度も。


 首を振りながら涙を零した彼女は、訴えかけるように俺を見つめ――ゆっくりと、眼を見開いた。


 俺の笑顔を視て。


 彼女は、泣きながら笑みを浮かべる。


「行かな――」


 言葉を呑んで。


 震えながら、ロザリーは首飾りを両手で包んで――祈りを捧げる。


「行って……」


 彼女は、ささやく。


「行って、ヒロさん……わたしの……わたしたちの護りたかったモノ……ぜんぶ、ヒロさんなら救えるから……だから、行って……振り返らないで……あなたなら……ヒロさんなら……だいじょうぶだから……だって、わたし……わたし……」


 花開くようにして、両手を組んだ彼女は笑った。


「あなたと恋ができて……しあわせでした……」


 嗚咽おえつを上げながら、彼女は素敵な恋の言葉を手向たむける。


「だいすき」

「…………ォ」


 想いが。


 想いが口端から漏れて――反転した俺は、疾走はしる。


「ォ、ォ、ォ、ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 駆ける。


 時間跳躍タイムジャンプを繰り返しながら、刀を振るって、七椿の鏡像を叩き割っていく。


 もう、戻れはしないと知っているから。


 俺は、涙を零しながら――七椿に追い縋り、有り得たかもしれない過去と未来を――その後悔ごと斬り伏せる。


「良いのか!? あの小娘と!? もう逢えずに良いのか!?」

「託されてんだよッ!! 俺は!! あの子に!! あの子たちに!! だから、俺はッ!! もらったもの、全部、背負ってッ!!」


 俺は叫びながら、閃光を振るう。


「このみちを進むんだよッ!!」


 十字に斬り刻まれた七椿は、ついにすべての残機ストックを切らして――出発地点へと戻ってくる。


 宙へと。


 投げ出されて、俺は、手を伸ばす。


「オフィーリァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 大切な首飾りを握って。


 俺を待っていた少女は、泣きながら手を差し伸べる。


 手と手が――繋がって。


 人差し指と中指を伸ばした俺たちは、ふたつの手でひとつの銃口を作り上げ、小指の先に受け継がれた首飾りをぶら下げる。


 それは、紛い物で、本物ではなかった首飾り。


 ただ、チカチカと光を放つ玩具おもちゃみたいな魔導書で、何のいわれもない代物だったが――ひとりの少女が、大切に胸に抱いた恋心だった。


「わたくし……わたくしね……」


 オフィーリア・フォン・マージラインは笑って。


 泣きながら、俺へとささやく。


「あなたが……好き……」


 光る。


 俺と彼女の間で、首飾りは淡く光り輝き――魔力線が繋がって――一本の矢が生成される。


「やめ……やめんか……やめろ……」


 七椿は、絶望で顔を歪めて後ろに下がり――俺たちは同時に叫ぶ。


「「消えろォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」


 その矢は、真っ直ぐに飛んでいく。


「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 少女の初恋が、恐れを知らないかのように飛翔し――七椿の胸の中心を貫いた。


 よろよろと。


 胸を射抜かれた魔人は、千鳥足でよろける。


「ばか、な……わ、妾が……妾が……敗け……き、消える……死……死ぬ……い、いやじゃ……い、命が……わ、妾の命が……」


 魔人はよろめきながら後退り、徐々に姿を保てなくなって消えていく。


「いやじゃ……いやじゃあ……わ、妾は死にとうない……ま、まだ、生きて……生きて、たくさん……たくさん遊ぶんじゃ……妾は……」


 緩やかに消えていき、顔だけを残した七椿は顔面を歪めて――その眼前に、ひらひらと、飛んできた蝶々が輝きをともした。


 たったひとつ。


 たったひとつだけ、その死に際に寄り添った命を見つめて。


 万鏡の七椿は、幸せそうに笑みを浮かべた。


「あぁ……」


 目を閉じて、彼女は眠りに落ちる。


「きれい……じゃのう……」


 一片残らず魔人は消え去り、月が落ちた後に陽は上った。


 陽が差して、温かな光が俺たちを包み込む。


 意識を失ったオフィーリアを寝かせた俺は、ぬくもりの中で確かに唄声を聞いた。


 ひとりの少女が、陽だまりの中で唄った子守唄を。


 その美しく優しい子守唄へと耳を澄ませながら、俺たちを見守るかのようにたたずむ墓石を撫でる。


「……おやすみ」


 ロザリー・フォン・マージライン。


 その名が刻まれた墓へと、微笑みかけた俺は別れの言葉を手向たむける。


「おやすみ、ロザリー……」


 俺は、ゆっくりと墓石にもたれかかる。


 ――ヒロさん、膝枕させてください!! 膝枕!! 恥ずかしがらないで!!


 温かな陽だまりの中で。


 柔らかな手で、頭を撫でられる感触を感じながら――目を閉じた。

この話にて、第十三章及び第四部は終了となります。

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― 新着の感想 ―
アルスハリヤはちょくちょく復活していた、もしかしてロザリー眷属になってる?
ここも何回でも泣く
ロザリー最推し、ずっとずっと幸せでいて欲しい。何度泣いたか分からないほど読みながら泣いていた。なんのために呼吸をしていたか思い出した。ありがとぅ…
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