彼女が繋いだ未来
「次から次へと……羽虫が……!!」
寄り集まるようにして。
ひび割れた七椿の胸の中心が修復され、シャルは魔道触媒器に導体を叩き込む。
くるくると中心の星と月が回転しながら、魔道触媒器は折れ曲がり形を変えて、次々と生成される付属装置を付けることで杖は剣へと変わっていた。
闇夜に煌めく蒼光剣。
羽の形に変わったマントは、バサバサと音を立てて桃色の光を生じ、形態変化を終えたシャルは大剣を担ぐ。
「次から次へと治るならぁ……!!」
ひゅっ。
風を切る音と共に滑空した少女は、七椿の反応よりも早く大剣を振るい、十文字に魔人の体躯を四分割した。
「治らなくなるまで、斬っちゃうんだからぁっ!!」
速い。
噴出される魔力の噴射が、剣戟の速度を無理矢理引き上げ、蒼白の極光と共に閃光を刻んだ。
「こ、この童……!!」
右腕が吹き飛び左腕が失せて、七椿の顔に焦燥が滲む。
「特異体質……変化の極みか……ッ!!」
羽音を立てて。
マントの奥から這い出てきた羽つき球形は、開いた口で導体を咥え、シャルの意思の通りにその手に渡す。
目にも留まらぬ動きで、それらを魔道触媒器に叩き込み、斬撃の僅かな間隙に変化が行われる。いつの間にか、刃の数は七つにまで増えて、花弁を模した円刃に魔力噴射をかける。
「廻れぇえええええええええええええええええッ!!」
廻転。
七つの刃は、凄まじい回転音と共に風切り音を鳴らし、七椿の奥底にまで食い込んでその臓腑を弾き飛ばす。
焦燥で顔を歪めた七椿は、手首から噴き出した光剣でシャルを狙い――ソレよりも早く、導体を叩き込んだシャルは、小盾と化した魔道触媒器で受け流す。
「私はッ!!」
小盾から、桃色の光が噴き出し――
「強いッ!!」
七椿の顔面に叩き込まれる。
空中で後退りをした七椿へと猛然と追いすがり、鞭と変化した魔道触媒器で引き寄せ、組み立てられた小盾を叩きつける。
「なんでかわかる!? お前が!! お姉ちゃんを!! 私の家族を傷つけたからだッ!! そのための力だ!! ずーっと!! ずっとずっとずーっと!! 前からッ!! マージライン家が求めた力だ!! シャルは!! あんまり、頭が良くないから!! 細かいところはわかんないけど!!」
猛烈な勢いで打ち出した小盾は、七椿の脳天を捉え、地面に叩き落された魔人は轟音と共に地面に食い込んだ。
「人様の大切な想いを!! 踏みにじるお前は!!」
天の上から地を見下ろしたシャルは、杖の先で魔人を指した。
「その想いに代わって、私が踏みにじるッ!!」
「シャルッ!!」
俺は叫び、シャルは眉をひそめ――割れる。
七椿が叩き落された筈の地面は鏡へと姿を変えて割れ落ちて消え去り、少女の背後に現れた魔人は、轟音と共に鏡張りの拳を叩き込んだ。
一気に駆けて。
滑り込んだ俺は、落ちてきたシャルを抱き留める。
滑り続ける俺は、腰から伸ばした霧手を引っ掛けて勢いを殺そうとしたものの制御に失敗し、木立ちの中へと突っ込んでいって、大木を蹴りつけることでようやくブレーキをかけた。
「ちくしょう、まだ権能に慣れねぇ……シャル、大丈夫か……?」
借りてきた猫のように。
俺の膝の上で手と足を丸めていたシャルは、頬を染めてこくこくと頷く。
殺気。
咄嗟に腕を振り払って霧を呼び出し、光線の方向を反らしてしのぎ、シャルを抱えたまま墓石の裏に隠れる。
「お、お兄ちゃん、お姉ちゃんだけじゃなくてシャルまで落とすつもり……ストライクゾーン、場外まで広がっちゃってる感じ……?」
「命懸けの戦いの最中に、ふざけたこと抜かすとお兄ちゃん怒っちゃうよ?
良いかよく聞け、シャル、鏡像だ」
墓石が光線で崩されて、次の墓前へと転がり、飛んだシャルに掴まった俺は霧手を伸ばし夜闇に飛び立つ。
空。
夜気を切り裂きながら、俺は、咲っている魔人と相対する。
「七椿は、幾万もの鏡像を併せ持つ化物だ。再生力に関しては、他の魔人の追随を許さず、その上で鏡面上の万面鏡像による必殺まで使いこなす……戦い方を間違えれば、俺たちに万の一つの勝機もない」
「なら!!」
凝集された細やかな鏡片が、のたうち回りながら、俺たちのことを追いかけ回してくる。霧手を用いて逃げ回り、滑空するシャルに押された俺は宙空高く舞い上がりソレを斬り伏せる。
「どうするの!? シャル、こういう時に簡潔明瞭なアイディアが出てくる人と結婚したい!!」
「七椿の鏡像をすべて破壊する」
俺は、魔法少女に笑いかける。
「簡潔明瞭だろ?」
「お兄ちゃん、やっぱり、シャルと結婚したかったの!? まだ、シャル、結婚出来ないから待っててくれる!?」
「黙れ、マージライン家。
いいか、七椿は息魔の魔導書によって弱体化してる。ヤツの魔力には限りがあるんだ。幾万もの鏡像は、相当数減少していて、いずれその残機は尽きる。俺に対して発動した鏡面上の万面鏡像は、ヤツの予想と反してマイナス効果しか生んでいないからそう簡単には使ったりはしない」
ニヤリと、俺は口端を曲げた。
「絶好の機会だ。
だが、コレは七椿にとっても、邪魔な羽虫を叩き潰す絶好の機会……俺たちが七椿の鏡像を壊し切る前に、息魔の魔導書を壊されたら」
祈るようにして。
ロザリー・フォン・マージラインの墓前で、立ち尽くしているオフィーリアを見つめ、俺はシャルにささやきかける。
「俺たちの敗けだ」
「……ねぇ、お兄ちゃん」
夜空を駆ける少女は、俺に微笑みを向ける。
「シャル、恋なんてバカらしいと思ってたし、恋に恋するお姉ちゃんのことも理解出来なかった……ロザリー様の話を聞いた時も、先に死んじゃった男の人を想い続けるなんて出来っこないって思ってた……たったひとりの人を想い続ける心なんて……この世界には存在しないと思ってた……でも……」
両手を組んで。
首飾りを握り締めたオフィーリアは、じっと俺を見つめ続ける。
「現在は、そんな奇跡を願ってるよ」
「……行くぞ」
「うん」
シャル・フォン・マージラインは顔を上げる。
「行く」
交錯する。
俺とシャルは視線を交わして、彼女が変化させた魔道触媒器は筒状の増幅器と化し、俺はその空洞へと指先を突きつける。
「よぉ、魔人」
俺は、空洞を通して敵を捉えて――
「阿呆には視えない矢だぜ?」
撃つ。
疾走った不可視の矢は、シャルが広げた増幅器を潜り抜け、膨大な魔力を蓄えて突き進み――着弾と同時に空が弾ける。
蒼白の閃光。
衝撃波が俺とシャルの髪を逆立たせて、中心から弾け飛んだ七椿の鏡像は、間髪入れずに再生する。
が、その鏡像もまた飛び散った。
「シャルッ!!」
助走をつけたシャルは俺の手を掴み、霧に包まれながら飛び上がる。
四方八方を薙ぎ払った閃光は、霧によって狙いを捻じ曲げられ、てんで出鱈目な方向に散っていった。
月光を浴びて。
杖を片手に飛び上がった少女は、その先端を魔人へと向け――鏡片――襲いかかる鏡の群れは、小さな身体を斬り刻み、痛みで呻きながらもシャル・フォン・マージラインは魔力を杖の先端に集める。
「涙が……」
ぽろぽろと。
痛みで生まれた涙を零しながら、血塗れのシャルは声を漏らす。
「涙が……零れた……たくさんの涙が……憶えてる……シャルは、憶えてなくても……憶えてる……たくさんの……たくさんの人たちが倒れた……友達を……家族を……大切な人を遺して……散っていった……こんなに……こんなに痛い思いをさせて……涙を流させて……辛い思いをさせて……ッ!!」
泣きながら、シャルは抱えた想いを吐き出す。
「お前は、なにがしたいッ!!」
「笑わせるのぉ、マージライン家の薄汚い小娘が……無価値な命を弄んでなにが悪い? 強者が弱者を見下してなにが悪い? ぇえ? お主らの生に価値などないぞよ?」
鏡を操りながらステップを踏み、軽やかに魔人は嘲笑った。
「この世に、かけがえのない命など存在せんわ。命とは平等なもの。平等に無価値で、無益で、無機質で、ぞんざいに扱われるためにある。そうであれば、妾の手のひらの上で弄ばれて散ろうが、家族に見守られて死のうが、無と化して同じことじゃろうが。
お主が護ろうとしているものに価値などない……常に生産され使い捨てられ、散っていくゴミに誰が価値をつける?」
「価値はあるッ!!」
俺は七椿に斬りかかって受け止められ――鍔迫り合いながらささやきかける。
「教えてやった筈だ、七椿……命は輝く……それにも関わらず、テメェは、二度目も間違えた……そうやって、命を舐め腐ってるから敗ける……お前は知らない……呼吸の仕方も……たったひとつの想いのために命を懸けることも……たったひとつの恋を護るために戦うことも……たったひとつの……」
刃と共に、俺は言葉を押し込む。
「未来のために……すべてを担った人たちのことも……!!
お前が……お前が、マージライン家の小娘と……薄汚い小娘と侮ったのも二度目だ……!!」
鏡片が俺の右肩に食い込み、刀刃が敵の左肩に突き刺さり――血を流した。
「わかるか……あの子は……あの子は、命の価値を証明するためにすべてを懸けた……自分だけが幸せになる道もあった……我儘を言って、俺に付いてくる道もあった……絶望して自死を選ぶ道さえもあった……でもなぁ……!! あの子は……!! あの子は……悲しくても辛くても泣きたくても……歯ぁ食いしばって、耐えて繋いだんだよ……!! あの子が繋いだ路が、ぜんぶぜんぶぜんぶ、大切なものを抱えて現在まで至ってんだ……!!
テメェが……テメェが、マージライン家の小娘と侮ったあの子は……無価値だと嘯いたその命は……あんなにも綺麗に……ッ!!」
俺は血を流しながら――叫ぶ。
「輝いてんだよッ!!」
星空を見上げて、俺は、想いを喉に乗せる。
「シャル・フォン・マージラインッ!!」
鏡片の只中で。
マージライン家の血を流した女の子は、涙で濡れた顔で俺を見つめる。
「撃てッ!! お前の想いを!! あの子が繋いできたモノを!! 全部ッ!!」
俺は、咆哮を上げる。
「ぶちかませぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」
咄嗟に。
魔人は、空を仰いで少女を捉えた。
「そうだ、見上げてみろ……お前が無価値だと言った命を……シャルは……私は……お前が薄汚いと称した……!!」
防御を捨てて。
鏡片を全身に受けた彼女は、己の血を受け入れながら口を大きく開き――絶叫が、星空にぶち撒けられる。
「マージライン家の小娘だぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
星。
否、それは光。
天から落ちた星の光は、七椿の全身を覆い隠し、連続した破砕音が散らばって空間そのものが割れ落ちる。どこからか上がった悲鳴は、音もなく蒸発し、その閃光から逃れた俺はオフィーリアを抱えて墓石の裏に隠れる。
何時までも、何時までも、何時までも。
杖の先から放たれた極大の光線は、輝きと化し天地を貫き雲を吹き飛ばした。
その余波によって木々が吹き飛び、荒れ狂う突風が天高く舞い上がり、光に包まれた墓石は七椿を地獄に誘うかのように消失していった。
音がやむ。
地に出来た盆地の上で、浮かぶ魔法少女は宙空でよろけながら、真っ赤に染まった手を天にかざした。
その指の隙間に――星が流れる。
「あはは……」
涙を流しながら、彼女は目を閉じる。
「空が……貰い泣きしてる……」
万感の想いを籠めてささやき、彼女はゆっくりと意識を失って――ぱさりと、地面に落ちた。




