与えた恋と求めた力
猛スピードで、円盤空車は進む。
元々、円盤空車は観光用の乗り物だ。360度、視界を遮るモノがなにもないこの車は、景色を堪能することには長けているが、戦火を潜り抜けるには適していない――ように思えた。
立ち塞がった眷属たちは、必死の形相で炎弾を連発する。
だがしかし、それらはすべて円盤空車が展開する対魔障壁に弾かれ、逆にマージライン家の従者たちによる精密射撃で撃ち抜かれるか、弾き飛ばされて無理矢理押し退けられる。
「対魔障壁……体表に広げてるならともかく、車内からの魔力は通るのか?」
「よく視ればわかるよ」
従者による射撃の瞬間。
そう、引き金を引いたその瞬間、対魔障壁に銃眼が空いた。その穴を通すようにして、従者たちは魔法弾を撃ち込んでいく。
「対魔障壁を生み出してる敷設型特殊魔導触媒器と従者たちの魔道触媒器を同期させてるのか……引き金の瞬間に弾道計算を加えて銃眼を空けてるんだな?」
「さすが、我が友。
Oui、その通りだよ。円盤空車は浮力によって浮き上がり、地形の影響を受けることはない。カルイザワは観光地ゆえに舗装路は多いが自然による地形変化にも富んだ土地だ。自生する自然林によって、視界も良好とは言い難い。
この地で七椿と戦う際に、視界を確保し機動力と防御性能を兼ね揃える形となれば円盤空車しかなかった」
「端から観光用じゃなかったってことか」
「いや、観光用さ」
レイディは、俺に微笑みかける。
「これから、ボクたちは結末を観光する。誰もが羨む最高の結末をね」
「VIP席を自前で用意してくださって光栄だね」
小鳥による索敵で、塞がれていない進路を取りながら進む車内で俺はささやく。
「マージライン家か?」
「いや、あの子は、何時もなにか落ち込むことがあると同じ場所にいる」
曲面で形成された対魔障壁で、正面からの乱射を弾き飛ばし、迷いひとつなく猛進する円盤空車の中で彼女は言った。
「ロザリー様の墓前だ」
「……ココで、眠ってるのか」
「本人は、三条緋路と同じ墓に眠ることを望んだけどね……三条家としてもマージライン家としても、それを許すことは出来なかった。かたや現界と異界の宥和の立役者、かたや魔人に味方して死路を築いた名無しだ。
歴史上では同じ墓に埋める理由は見つからないし、双方、正式に婚礼を結んだわけでもないのだから体面上でもその理由は見つからない」
顔を曇らせたレイディは、か細い声でつぶやく。
「だから、オフィーリアはその名無しを許していない。いや、感情的に受け付けられていないと言った方が良いかな……あの子は、ロザリー様が三条緋路に騙されて不幸になったと思いこんでいる」
「でも――」
「あぁ、わかってる。矛盾してるさ。同時にロザリー・フォン・マージラインは、初恋を遂げて幸福に逝ったと断言しているんだから。あの子は、ロザリー様が幸せだったことを知っているが、彼女が耳にする声はすべて三条緋路が不幸にしたと言っている。
自分が敬愛しているロザリー様は幸福だったが、男に騙されて不幸になった……矛盾しているように思えるが、必死の想いで彼女が出した答えはソレだ」
弾丸が行き交う中で、俺はゆっくりと口を開く。
「真実は……教えてないのか?」
「可愛い、妹なんだよ」
唇を噛んだ彼女は、前を見据えてつぶやく。
「優しい子だ、正義を重んじて、真実を尊重して前に進もうとする。でも、あの子に戦う力はない。教えれば、七椿と戦おうとするだろう。だから、幼い頃からお母様は『前に出過ぎないように』とあの子に教え込んできた。
でも、間違いだった」
悔しそうに。
歯噛みしたレイディは、顔を伏せて苦悶を漏らす。
「あの子は……ボクの代わりに三条家の男子と結ばれることになって……魔導書を引き継ぐことになった……結局、なにもわからないあの子を巻き込むことになってしまったんだ……それは……それは、ボクの役割だった……本来であれば、ボクの……ボクの引き受けるべき役目だったのに……」
「一人二役は無理だろ」
俺は彼女の頭を撫でて、落ち着かせる。
「大丈夫だ。あの子は、きっと成し遂げる。俺の知ってるオフィーリア・フォン・マージラインは、確かに弱くてドジで視てて怖くなるような女の子だが……あの子には、淑女としての矜持がある」
ゆっくりと、俺は眼前を見据える。
「なにをすべきかは、あの子の血が知ってる。
俺の知ってるマージライン家の女の子は――」
――我がマージライン家が、万鏡の七椿を打ち倒します
「強い」
「……姉妹で映画を視たことがあるんだ」
レイディは、ささめく。
「笑っちゃうような陳腐な恋愛映画さ……最後は、ベタベタなキスシーンで終わるようなヤツ……大体の批評家が鼻で笑って、観客の大半が退屈で席を立つような……幼いシャルはあっという間に飽きて眠り込んで、ボクもうとうととしかけてた……でも、そんな中で、オフィーリアだけは……」
俺の脳裏に。
小さな女の子が、かぶりつくようにして画面を見つめる絵が浮かぶ。
楽しそうに、今にも歓声を上げそうなくらいの無邪気さで、腰を浮き上がらせてその素敵な恋に釘付けになっている。
「目を……輝かせていた……」
嗚咽を上げながら、レイディは力なく俺の服を掴む。
「初恋なんだ……ずっと……ずっと、待ち望んでたんだ……かけがえのない……恋心なんだ……誰もが笑っちゃうような陳腐なものかもしれない……でも、あの子は、ずっと……大切に抱えてた……ずっとずっとずっと……待ってたんだ……」
震えながら、小さくてか弱い子供に戻った彼女は俺の服を引いて――顔を上げる。
「おねがい……あの子の恋を素敵なものにしてあげて……七椿なんかに壊させないで……ボクが護りたかった……あの輝きを……」
俺は、その願いを受け止める。
「まもって……」
その手を握って、跪いた俺は微笑む。
「返事は必要ないだろ?」
レイディは嬉しそうに笑って――衝撃――車内にいた従者たちが姿勢を崩し、レイディを抱えた俺は真下に九鬼正宗を突き刺して留まる。
巨影。
幾重にも重なった髑髏の群体は、ひとつの大きな素体を築き上げて、一体の巨躯へと己を変じさせていた。
髑髏群はその巨大な手のひらで、円盤空車を押し潰そうとし――炎弾――凄まじい勢いで降り注いだ炎弾によって、髑髏たちは分裂を余儀なくされ、フレア・ビィ・ルルフレイムはその頭蓋骨にあぐらをかいて座り込む。
「三条燈色、コレは吾が貰い受ける。
行け」
開いた魔導書を親指で止めた黒砂哀は、顔の横でソレを構えたまま詠唱をつぶやく。
彼女の足元から湧き出た文字が巨体に絡みつき、身悶えする度に振り落とされた髑髏が舞い散り、それらは炎熱によってドロドロに溶け落ちる。
「……行って」
俺は、レイディを見下ろし――その微笑を視て、霧手を屋根に引っ掛けて闇夜に飛び出し、すれ違いざまに髑髏を切断する。
「フレア、気をつけろよ!!」
「ひゃっはっは……気をつける?」
フレア・ビィ・ルルフレイムは、手のひらを頭蓋骨の頂点に叩きつけ――赤黒い断裂が走り、そこから噴き出た炎柱が内部から髑髏の群体を溶かし尽くす。
「誰が?」
地響きと共に第二、第三の髑髏の群体が押し寄せ、笑いながらフレアは次に飛びつき、同様に粉々に焼き壊していく。
「さすが、ルルフレイム家の生徒会長」
滑空。
夜空を飛んだ俺は着地し、たたらを踏みながら前に進んで一閃する。
道を塞いだ眷属たちは気圧されて道を空け、屋根から飛び降りてきた生徒会役員たちが襲いかかり彼女らを押さえつける。
「悪い、助かる!!」
「生徒会調達部をよろしく!! フレア会長に言い伝えてよね!!」
見覚えのある調達部の役員たちに後ろ手を振り、魔力線を伸ばした俺は壁を疾走りながら一気に駆け抜ける。
画面に表示される墓。
そこを目指して、駆けて、駆けて、駆けて……ようやく、見つける。
墓石の前で、膝頭を抱えて鼻を啜っている女の子を。
手の甲で目元を擦りながら、涙を流していたオフィーリアへと俺は近づいていき、気配を察した彼女は勢いよく立ち上がる。
「迎えに来た」
俺は、微笑む。
「泣き疲れただろ……そろそろ帰ろうぜ?」
「帰りませんわ」
じりじりと後退りしながら、彼女は毅然として言った。
「わたくしは……貴方が嫌いです……ずっとわたくしを騙してきた貴方が……ロザリー様を不幸にした男が嫌いですわ……どうして……どうして、ロザリー様を捨てたんですの……なぜ、一緒に居てあげなかったんですの……男だからなんですの身分差がなんですの結ばれない恋がなんですの……マージライン家から連れ出して、なにもかも忘れて、ふたりで幸せになれば良かった……なのに……どうして……!?」
俺と緋路を重ねたオフィーリアは、わなわなと震えながら首飾りを握り締め――涙を飛ばしながら叫ぶ。
「どうして、傍に居てくれなかったの!? わたくしの傍に!? なんで、消えたの!? ずっと!! ずっと、一緒に居られると思ったのに!! わたくしを!! どうして!!」
ぽろぽろと泣きながら、オフィーリアはつぶやく。
「連れて行って……くださらなかったの……?」
――わたしも連れてって
彼女の影が重なり、俺は、そっと答える。
「成すべきことがあるからだ」
俺は、彼女へと踏み込む。
「護りたいモノがあるからだ」
一歩、また一歩、彼女へと近づく。
「繋ぎたい」
そして、辿り着いた彼女の前で言った。
「命が在ったからだ」
無言で。
涙を零しながら見上げる彼女に――俺は答える。
「俺は、帰ろうとしたよ……這いつくばって、無様に地面に全身を擦りつけて……帰ろうとした……あの子の笑顔が視たかったから……でも、連れて行くことは出来なかった……色々なモノを捨てることが出来なかったからじゃない……あの子の笑顔が……あの陽だまりが、救ってくれると思ったから……その一筋の光明が、帰る場所になると思ったから……たくさんの人々の未来を繋いでくれると思ったから……だから、俺は……きっと、ロザリーも……後悔していない……」
微笑みかけて、俺は彼女の涙を拭った。
「君に逢えて……良かった……」
オフィーリアは、目を見開いて――殺気――咄嗟に彼女を抱きしめて、左肩が吹き飛び、激痛と共に振り返る。
月。
いや、鏡に映った月世界。
そこから光線を放った七椿は、俺たちを見下して鼻で笑う。
「変わらんのう、三条の緋路……そんなにその童が大事か」
「この子は」
次々と迫りくる光線から、オフィーリアを自身の肉体で護り通し、強く抱き締めたまま――俺は微笑む。
「希望だ……繋がった命だ……素敵な恋にしてやるって……誓ったんだよ……俺は、あの子に教えてやったんだ……素敵な恋の送り方を……だったら……それを護り通すのが……ッ!!」
血に塗れた手をかざし。
月夜を見上げた俺は、その指の隙間に捉えた敵に吠える。
「俺の役目だろうがッ!!」
「虫が囀るな」
両手を押し広げた七椿が放った、幾重にも折り重なった鏡片が俺たちへと向かい――横合いから掻き消される。
驚愕。
愕然とした七椿は、宵闇に浮かぶ極光を見つめた。
ピンク色のフリル付きの衣装、胸元には風で揺れるリボン、ヴェールのように薄く透けている薄桃色のマント、花と翼が生えた靴を履いており、手には星と月を組み合わせたステッキが握られている。
ひとりの女の子は、平然と魔人と並び立つ。
「……ずっと、思ってた」
彼女は、ささやく。
「なんで、シャルはこんな力を持ってるんだろうって……現在までに、マージライン家の人たちが魔法少女になった例はないって……だから、シャルは、こんな力は要らないと思ってた……でも、現在、ようやくわかった……」
ゆっくりと。
彼女は目を開いて――蒼色の瞳が、敵を捉えた。
「魔法少女は、お前を倒すための力だ」
風が吹く。
金色の髪が夜空を流れて、星のように瞬いた。
「わかった……ようやく、わかった……この身体に流れてる血が言ってる……シャルの全身が叫んでる……現在だ……現在なんだ……お姉ちゃんを……家族を傷つけるヤツを……泣かせるヤツを……赦さないために……この力が在る……シャルは……現在……呼ばれてる……!!」
シャル・フォン・マージラインは――叫ぶ。
「行くよ、魔人ッ!!
私が!! マージライン家がッ!!」
彼女が握ったステッキから、蒼白の光が迸る。
「お前を!! 打ち倒すッ!!」
夜空を埋め尽くすかのような極大の光線が、構えたステッキから音もなく伸び切って――七椿の胸の中心を貫いた。




