戦火の火花
空で、花火が上がる。
中で、火花が散った。
地で、花閃が煌めく。
「ォ」
一語。
一語が口の中で飛び散って、俺が放った一閃が魔の首を捉える。
先頭を駆けてきた鵺の頭は、錐揉みしながら血飛沫を飛ばし、丘の中腹へと音を立てて落ちる。
ぶつ――かる。
真正面からぶつかった人と魔の軍勢は、蒼白の輝きをもって開戦の狼煙を上げた。
右、左、上、下!!
ありとあらゆる方向から迫りくる殺意と咆哮を前にして、引き金を引いては生成を繰り返し、真っ黒な大群に向けて不可視の矢を撒き散らした。
「ァアッ!!」
正面。
曲刀で斬りかかってきた眷属の斬撃を受け止め、逸らし、ガラ空きになった鳩尾に蹴りをブチ込む。
同士討ちを恐れていないのか、左右から斬り込んできた二人組に対し、右に鵺の頭を蹴り飛ばし、左の剣戟を紙一重で躱してから剣腹に衝撃を与えてへし折る。
「上がれ、ヒーロ!! 見晴らしが悪い!!」
「クソがッ!! 花火を見に来たわけであって、人混みを見物しに来たんじゃねぇぞ!!」
「家族サービスに励む父親染みた言葉は後にしろ!! 上がれッ!!」
アルスハリヤの言葉に従って。
右腕を霧状にした俺は樹の枝に巻き付けて上昇し、眼前の牛鬼の頭を蹴りつけて跳び、弧を描きながら上がる。
月明かりに背を向けて、反転した俺は戦場を見下ろした。
黒。
真っ黒に染められた魔の軍勢は、人の大群を取り巻いていた。
「おいおいおい!! うじゃうじゃと!! 招いてもねぇ迷惑客が!! 絶景スポットに御出座ししてんじゃねぇよ!!」
経路線。
緋色の路が折れ曲がりながら大量の経路線を描き、頭が割れ落ちそうな激痛を笑い飛ばし、引き金を引いた右腕を宙へと差し出した。
「生成ォオ!!」
瞬時に。
右腕へと十二の不可視が巻き付き、水飛沫を飛ばしながら成形を終えて射出準備を終える。
集中。
音が止まって、静寂を出迎える。
路、路、路。
眼の前に押し広がった緋色の路へと指先を添えて、回転しながら装填された水矢の流れを沿わせる。
眼を――閻いて――撃った。
轟音と共に射出された不可視の矢は気配を消して、直撃の瞬間に顕現し轟音を立てながら地を揺らした。ド派手な水柱が噴き上がって、豪雨となって降り注ぎ、吹き飛んだ魔物たちは地面に叩きつけられる。
飛来してきた弾と矢を避けながら、霧手を伸ばして引っ掛け、弧を描きながら飛んだ俺は連射する。
回転、装填、射撃ッ!!
腕の周りを回りながら次々と射出準備を終えた不可視の矢を撃ち放ち、軍勢を蹴散らした俺は、飛んできた破片を蹴飛ばしながら空を支配する。
「ヒイロくんっ!!」
声。
反射的に飛んだ俺は、その手を掴む。
俺の手で横抱きにされた月檻は、月光を浴びながら美しく微笑み、そっと俺の頬にキスをする。
「おいッ!!」
「運賃」
ウィンクをして、とんっと俺を押した彼女は地上に舞い戻り――斬。
瞬く間に五人の眷属を斬り伏せて、栗色の髪を宵闇になびかせながら戦場を駆け抜け、その蒼線になぞられた箇所が切り崩されていく。
「……バケモンか、アイツ?」
たったひとりで、数百近い魔物と眷属を圧している月檻は、片手で天狗の頭をねじ切り曲芸じみた跳躍を繰り返しながら軍勢を圧倒する。
「ヒイローッ!! 次はわたしもわたしもーっ!!」
「お兄様ぁーッ!! 私も私もーっ!!」
ぴょんぴょこぴょんぴょこ跳びながら、ラピスとレイは必死で俺を呼んでいた。
「…………」
「おい、聞こえないフリするなよ、子供たちが高い高いをせがんでるぞ」
「あんなデカい子供たちを認知した覚えはありません」
つーか、霧で誤魔化してるとは言え、堂々と魔人の権能を使ってるわけですが……それに対する疑問よりも高い高いなの? 優先順位どうなってんだ?
「ヒーロくん」
俺の肩に乗ったアルスハリヤは空を指す。
「七椿が逃げるぞ」
輿に乗せられた七椿は、袖を振り払いながら光線を撃ち放ち、怒りを満面に刻みながら移動を始めていた。
「向かう先はひとつしかないな」
「お嬢!!」
俺は七椿を追おうとして――足首に髪が絡みつき、ぐるんぐるんと視界が回転し、投げ飛ばされて地面を転がる。
「三条さん!!」
反射的に。
俺を受け止めた委員長は、一緒になって地面を転がり、ようやく止まった頃には土塗れになっていた。
「い、いてぇ……ごめん、委員長、大丈夫……?」
「…………」
無言で。
委員長は、俺の両手の先を見つめる。
「「…………」」
俺の両手は、ものの見事に彼女の胸を鷲掴みしており、その柔らかな感触と共に血の気が引いていく。
「……三条さん」
「アルスハリヤ、お前、タイミングくらい考えろや!!」
「いや、僕は悪くないだろ。目の前に胸があったら揉むだろ、百合破壊者としては」
そっと、俺の手を掴んだ委員長は、退いた俺の前で立ち上がりため息を吐く。丹念に、スカートの土汚れを払ってから姿勢を正した。
「地下天蓋の書庫で、アレだけしたのに足りませんでしたか? 誠心誠意対応させて頂いたつもりでしたが、私ひとりのカスタマーサービスでは不十分であったのであれば謝罪いたします」
「……俺はなにをした?」
「女性も含めて、あそこまでしたのは三条さんが初めてだったのですが……不足があるのであれば、すべてが終わった後に補填いたしますので」
「俺はなにをしたァア!?」
「君は、過去を振り返らない主義なんだろ? 取り返しがつかないことをしてやったから今更気にするな。
七椿を追いかけるぞ」
俺は泣きながら追撃を行おうとして――群れとなった魔物たちが駆けてきて、俺の行く手を阻んだ。
「三条さん、行ってください。私がお引き受けいたします」
抜刀した俺は、正眼に構える。
「断る。107年前にそうやって役割を押し付けた結果、護らないといけない女性を殺しかけた。
俺は、委員長に傷ついて欲しくない」
「…………」
そっと。
委員長は、背後から俺のシャツを掴んで――遠くから鳴り響いてきた爆音が突っ込んできて、眼前の魔物たちを轢き飛ばした。
「Ouah! コレは失敬、マージライン流の運転は慣れてないものでね。美形なボクの顔に免じて許してくれ。
S'il vous plaît!」
玩具の小鳥を指先に止めたレイディ・フォン・マージラインは、スポットライトを浴びて光り輝きながら笑った。
宙空に浮かぶ円盤空車……次々と急行してきたそれらに乗っていたマージライン家の従者たちは、魔道触媒器と真剣味を帯びたまま、よく訓練された動きで戦場へと下り立っていく。
「Que le spectacle commence!」
レイディは指を鳴らし――背後の木立ちから、眩いばかりの光が放たれる。
敷設型特殊魔導触媒器。
強烈な魔力光は、魔物たちの目を潰し怯んだそれらに向かって、半人半魔の従者たちは突っ込んでいく。叫声と共に斬り込んだ彼女らは、各々の得物を振り回し数的不利を物ともせず戦いに明け暮れる。
「恩を返すぞッ!!」
精霊種の女性が、涙を滲ませながら叫ぶ。
「現在こそッ!! 現在こそッ!! マージライン家に恩を返す時!! ロザリー様に拾われた恩を!! あの御方が願った平和を!! 戦い続けた者たちの霊魂を!! 思い出せッ!! 我らは!!」
かつて、神隠しにより裂け目から堕ちて、この世界で生きることを余儀なくされた彼女らは――叫ぶ。
「この地で生まれたッ!!」
応えるように。
涙混じりの絶叫が迸り、逆巻くようにして剣と魔法が解き放たれる。
眷属たちの必死の指示にも関わらず、圧された魔の大群は徐々に押し込まれていき、続々と到着する援軍がそれに拍車をかけた。
「改めまして、三条家の男の子。盟約の通りに歓迎するよ」
笑いながら、恭しく礼をしたレイディは手を差し出す。
「キミは、ボクの友達になってくれる?」
「あぁ」
俺は、その手を握る。
「あの星に誓うよ」
ゆっくりと目を見開いて――レイディは微笑む。
「ついに、この時が来たんだね」
「あぁ、そうだ。
前やったみたいに、俺たちふたりで……いや、107年を築いた皆で」
俺は、笑う。
「マージライン流に、ぶちかましてやろうぜ」
「Bien sûr」
滑るようにして。
円盤空車は急発進して、俺たちは戦火のド真ん中を突切っていった。




