白黒つける
『来た』
レイディの声が、イヤホンを通して伝わった。
身を隠していた俺は、口に咥えていたペンライトで画面を照らし、レイディの小鳥が設置されている箇所を確かめる。
『例の二人組を含めて、フードで顔を隠した七人』
音もなく、チャットが届く。
光量をなるべく抑えた画面には、七人の集団が映り込んでおり、腰には魔道触媒器をぶら下げていた。
「…………」
アルスハリヤは、忽然と姿を消していた。事前に聞いていた通り、ヤツと次に出会うのは船上で殺し合いに花を咲かせてる時だ。
だからこそ、俺とレイディで奴らから魔導書の核を奪い返す必要がある。
『やぁ、我が友よ! 夜空を見上げてご覧! 星座だね!
いや、実は、ボクは星というものに一家言がある。夜にひとりで居る時は、窓から星を見上げることしか出来ないからね。だから、何時か、友人が出来た暁には懇切丁寧に教えてあげようと思っ――』
「レイディ、星空をふたりで見上げるのは次の機会だ。
現在は、お客様をマージライン流で歓迎してやらないとな……マイクを開いて、カメラも起動してくれ」
『D'accord』
画面に、七人組の姿が映し出される。
彼女らは、木立の間に身を隠しながら、玩具の小鳥に仕組まれたカメラとマイクには気づかず喋り始めた。
『本当に、息魔の魔導書の核なんだろうな?』
『それを確かめるために、危険を冒してるんでしょ? あんた、少しは自分の頭を使いなさいよ』
『……なんだと?』
『おい、落ち着け。頭の冷やし方を社会で学ばなかったのか』
練度が悪い、というよりは連携が取れていない。
視るからに寄せ集めの連中は、この期に及んで口論を始め、俺はニヤニヤとしながらその様子を眺める。
『まず、我々が持っているこの首飾りは、十中八九、息魔の魔導書の核だ。ロザリー・フォン・マージラインは、魔力欠乏症の完全な治療方法を編み出すことは出来ず、マージライン家の重症者は代々この核を受け継いできた』
『だったら、とっととその核を七椿様に渡せば良いだろ!?』
『汚らしい唾液を飛ばすな無能、貴様の無能が感染ったらどうしてくれる?』
『……あ?』
『良いか、その引き継ぎのタイミングはロザリー・フォン・マージラインの命日だ。
レイディ・フォン・マージラインの症状は軽微、シャル・フォン・マージラインは特異体質ゆえに核の手助けを必要とせず、ヨルン・フォン・マージラインは婿養子だから魔力欠乏症を患うことはない。そして、その妻はとっくの昔にくたばってる。
そうであれば、魔導書の核……生命維持装置を受け継ぐのは誰だ?』
『……オフィーリア・フォン・マージライン』
『さすがの無能でも、引き算くらいは出来るようだな』
フードの裏側で、三条家の女性は七椿派として口端を曲げる。
『だからこそ、我々はオフィーリア・フォン・マージラインの引き継ぎの場に居合わせてすり替えを行った。
だがしかし、三条家内でひとつの噂が出回っている』
聞き入っている六人組へと、彼女は人差し指を振った。
『あの引き継ぎの場で受け継がれたのは偽物だ。本物の核は、大型犬の姿でオフィーリアに憑いている』
『ふふっ』
イヤホンに、レイディの笑い声が忍び込む。
『フロアのド真ん中で、綺麗に踊ってるね』
「あぁ、ノリノリだな」
どうやら、俺が流した偽情報は対象の耳に入っていたらしい。
まんまと、誘き寄せられた七椿派の七人は、仕組まれた通り核を懐に隠した状態で雁首を並べていた。
『つまり、私たちは偽物を掴まされたってこと……? わからないわね……その情報が偽物だったらどうするの?』
『貴様は、驚く程に無能だな。今頃になって文句を言い始めたから流れをおさらいしてやったのに、敵地で疑問を呈するとは』
『お前、さっきから何様のつもりだ? あ? その情報が偽物の可能性があるんなら、オレらの持っている魔導書は置いてくるなり七椿様に渡すなり破壊すれば良かっただろ?』
『阿呆が。
コレは魔導書だぞ? 保管場所はどうする? マージライン家は、ほぼ間違いなくすり替えに気付いているんだぞ? 七椿様に偽物を渡したらどうなると思ってる? コレを破壊したところで、七椿様に益があっても我々には何の益もないんだぞ? 貴様は、七椿様から与えられる報酬目当てで危険を冒してるんじゃないのか?』
『…………』
『だから確かめる。そして、もし我々が持っている魔導書が偽物であれば再度のすり替えを行う』
『どうやって真偽の確認を?』
『実に簡単だ』
嬉しそうに、彼女は笑う。
『現在から朝方まで、オフィーリア・フォン・マージラインから大型犬を引き離す。
症状が出るのであれば真、出なければ偽だ』
『……相手は子供よ? 死んだらどうするの?』
疑問に対し、話者は苦笑を返した。
『七椿様のお言葉を忘れたか?
命は平等だ。子供も大人も関係ない。我々にとって、あの子の命に価値はない。ならば、死んだところで問題はない。
違うか?』
『…………』
『我々の持っている魔導書が核だった場合、何らかの方法で症状を抑えているのだと考えられる。だから、大型犬のみならずオフィーリア・フォン・マージラインの身に着けている衣服と物品はすべて剥ぎ取る。薬を飲んでいる可能性も考慮して、胃の中身もすべて吐かせる。
その状態で朝まで潜伏し、様子を視てから引き上げる』
『…………』
『返事の仕方から教えないといけないのか?』
『……わかった』
『よし、行くぞ』
七人組は動き出し、レイディはぼそりとつぶやく。
『腐ってるな』
「あぁ、腐臭が鼻につく。とっとと、三角コーナーにブチ込んでやらないとな。
やるぞ、レイディ」
『あぁ、どうやら遠慮は不要なようだね』
怒気を籠めて、レイディはささやく。
『ココが、マージライン家の邸宅だってことを教えてやる』
身を屈めた俺は、暗がりの中を進みながら画面を確認し――ささやいた。
「現在だ」
玩具の小鳥が飛んだ。
一羽の小鳥は、庭に灯ったキャンドルライトの只中へと突っ込んでいき――勢いよくそれらを倒した。
「うおっ!? ぉおっ!?」
あっという間に火は燃え広がり、ふたりの足に着火して悲鳴を上げ――水玉。
金魚鉢を被せられたかのように、水の玉がふたりの頭をすっぽりと覆い、大量の泡を噴き出しながら彼女らは藻掻き苦しむ。
「行くぞ。命は平等だ、構うな。悲鳴を上げられたら困る。
死体は後で回収しろ」
一瞬で庭の火を消した五人組は、緩やかに溺死していく仲間を残し、邸宅へと踏み込んでいく。
駆け寄っていった俺は、宙を引っ掻いているふたりを押し倒し、口元の水を吸い込んでやってから、彼女らの両手で口の周りに柵を作ってやる。
思った通り、生成で作られ変化で成形を維持している水の玉は、口元で手の柵を作ってやればソレを越えようとはしなかった。
魔力消費を抑えたのか、水玉の膜を薄く生成している。そうでもなければ、もう少し対応に時間をかけざるを得なかったもしれない。
「げほっ、がはっ、かはっ!!」
「ココにいろ。良いか、絶対に仰向けの状態から動くな。変化の効力が切れるまで、その水は球形を取ろうとするから。体勢を崩せば、また口元に水が流れ込む。そのまま、仰向けで手の形は崩さずに静止してろ。
わかったな?」
涙目で、彼女らは頷く。
走り出した俺は、画面を確認する。
小導体によって操作されたマージライン家・別荘の罠に引っかかり、レイディの手で排除されていく七椿派の姿が映し出された。
『ぁあ! 良いね!! ココまで喜んでもらえるとは、フランス冥利に尽きるよ!! Bienvenue!! Un salop!!』
9歳児の三条燈色は、殆ど戦闘能力を持っていない。
だからこそ、俺はマージライン家の別荘が小導体で操作出来ることを思い出し、そこに罠を仕掛けて排除することを思いついた。
策は当たった。
ホールの天窓が開いて、マグネシウム粉末と酸化剤を詰めた空き缶が降り注ぎ――マッチを咥えた玩具の小鳥は導火線に着火した。
周辺が、閃光で弾け飛ぶ。
「ぎゃっ!!」
咄嗟に背後へと跳んで、テーブルを倒して回避したふたり以外はまともに喰らう。
「なにが起きてる……こんな子供騙しに、真正面から引っかかって……スラップスティックコメディじゃないんだぞ……!」
両眼に手を置いて悲鳴を上げる仲間を黙らせ、三条家とマージライン家の二人組、七椿派である彼女らはお嬢の部屋へと辿り着く。
「よし、行――」
「待て、握るなッ!!」
照明が落ちた深夜、銅板と銅線とインバータによって仕組まれた罠に気づかず、素手でドアノブを握ったマージライン家の女性は高電圧電流で感電し、意識を失って崩れ落ちる。
「無能が……ッ!!」
仲間の靴からゴム底を剥ぎ取り、ソレでドアノブを回した三条家の女性はお嬢の部屋へと踏み入り――盛り上がった布団を払い除ける。
瞬間。
牙を剥き出したオフィリーヌは、布団の中から彼女に襲いかかり組み伏せる。
「うおっ!! や、やめろ!! ぐおっ!!」
腕を噛まれた彼女は、顔を歪めながら逃げ出そうとし――電気が点いた。
「よぉ」
電灯のスイッチを入れた俺は、微笑みながらささやく。
「いらっしゃい」
「……さ、三条燈色」
「ちゃんと、インターホン鳴らしたか? ノックは? 近頃の無能は、最低限の作法も守れないのか?」
「だ、誰だ貴様は……が、子供の出来ることじゃない……」
「自分で言ったろ」
笑って、俺は両手を広げる。
「三条燈色だ。それ以上でもそれ以下でもない。名義に文句があるなら役所に確認しな。
無駄話をするつもりはない。黙って、懐にある核を寄越せ」
「く、クソ……あの情報は偽物か……貴様が流したんだな……し、知っていたら……貴様のような子供がそこまで出来る人間だと知っていれば……ひ、引っかかることはなかった……」
「三秒以内に投げ渡せ。それ以上は時間稼ぎと見做す。
オフィリーヌ、三カウントしたら喉を噛め」
「ま、待て!! 話をしよう!! 我々は協力関係に到れる!!」
「三」
「な、七椿様がいれば、過去も未来も意のままだ!! 黎も霧雨も華扇も目じゃない!! お、男であろうとも、三条家を手中に収めることだって出来るんだぞ!?」
「二」
「よせ……よせよせよせっ!!」
「一ッ!!」
懐から首飾りを出した彼女は、こちらに放り投げようとし――
「んぅん~? なんの騒ぎですのぉ~?」
奇跡的な幸運を目にして喜悦を満面に広げた。
「オフィリーヌッ!!」
勢いよく脱ぎ払った外套が、オフィリーヌの顔面を叩き、怯んだ隙に女が突っ込んでくる。
俺が構えるよりも先に、脚が鳩尾に食い込んだ。
「ぐっ……おっ……!!」
思わず、俺は身を屈めて脇に弾き飛ばされ――ナイフが、お嬢の喉元に突きつけられていた。
「黒星が」
藻掻き苦しむお嬢の顔を見つめ、彼女は勝利の笑みを浮かべる。
「白星に反転したな」
「……無邪気に天体観測してんじゃねーぞ、クソが」
脂汗を垂らしながら、俺は吠えたけるオフィリーヌの頭を撫でて落ち着かせる。
「……ひ、ヒロさん」
状況が理解出来ていないのか。
目を白黒させているお嬢は、ぐすぐすっと鼻を啜りながらささやく。
「お、お逃げになってぇ……こ、ココは、お、オフィーリア・フォン・マージラインが……ひ、引き受けますわぁ……!」
ぐっと。
刃先が喉に刺さり、血を流したお嬢は悲鳴を上げて泣き始める。
「てめぇえッ!! 誰の肌に傷つけてんだ、クソゴミがァ!! 薄汚ぇ手で、その子に触れるんじゃねぇえッ!!」
「はは、犬と一緒にキャンキャン盛るなよ、子供が。
悪いが、私はココでお暇させてもらおうか」
彼女は、薄暗い笑みを浮かべながらゆっくりと動き始める。
「さ~て、お前の大事なこの子は生きて帰れるかな? 部品になって帰ってくるかもなぁ?」
満面の笑みで、彼女はお嬢の首を刃の腹でなぞる。
「はは、楽しみにしてお――」
じりじりと。
出口へと進んでいった彼女は、一度も省みることのなかった仲間の腕を踏みつけ――ぐらりと姿勢を崩した。
その瞬間。
俺とオフィリーヌは駆ける。
体勢を立て直そうとしたその脚に牙が食い込み、苦悶の声を漏らしたヤツはもう片方の脚で俺を薙ぎ払おうとする。
が、その顔面に玩具の小鳥が突き刺さった。
「ぎゃぁ!! ぁあっ!!」
「はは、キャンキャン盛るなよ、大の大人が」
綺麗なウィンクを飛ばして、レイディは廊下の端から小鳥を飛ばした。
「Bienvenue!!」
次から次へと飛んでくる小鳥の群れに、たまらず腕で顔を覆った彼女は、振り回して俺を牽制していたナイフを――勢いよく、オフィーリアへと突き出した。
死なばもろとも。
幼気な少女の首へと刃は迫り――それは、俺が伸ばした手のひらに突き刺さる。
「なっ……!!」
ぐっと。
ナイフごとその手を握り込んで、量産品の引き金を引いた俺は激痛の最中で笑った。
「よぉ」
左で敵と手を繋ぎ、右で己と拳を握った。
「白星が」
思い切り、踏み込んで――
「黒星に反転したな」
魔力を纏った俺の右拳が、彼女の顔面に叩き込まれる。
勢いよく痩身は吹っ飛び、壁に叩きつけられた彼女は呻きながら倒れた。オフィーリアを抱きしめた俺は、血塗れの中指を立てる。
「良い星、視えたか?」
返事はせずに、作法知らずの無能は夢の中へと沈んでいった。




