託されたもの
遺書を開く。
「……委員長の言った通りだな」
その内容に微笑んで、俺はささやいた。
取り決め通りに、それは、無銘の刀が突き刺さった墓に埋められていた。
――コレは、幸福な未来に辿り着くための戦いだ
彼女は言った。
――107年後のために布石を打とう
俺の提案を受けて、ルミナティはニヤリと笑った。
――図書館というのは、本を貸し借りするところだろう?
「……そうだな、ミス・ルミナティ」
月夜の下で。
アルスハリヤの白煙に包まれて、誰の眼からも隠された俺はささやく。
「あんたの代わりに俺が返しておくよ」
朝日から逃れるように、闇に乗じて俺は消えた。
朝、目覚めると、ベッドの中には幼いスノウが居た。
すぅすぅと眠る彼女は、拠り所を求めるかのように俺の袖を握っていた。
「…………」
見覚えのある光景。
なんで、この白髪メイド、毎朝のように寝床に潜り込んでくるんだと思ってたが……この時からの癖かよ。ほぼほぼ、初対面だったからこそ違和感を覚えていたが、こうして過去をなぞってみれば頷ける理由だった。
早朝。
マージライン家の庭園に出て、俺は身体を伸ばしながら口を開いた。
「アルスハリヤ」
呼びかけると、どこからともなく魔人が姿を現す。
呼んでもないのに、オフィリーヌが駆けてきて俺にすり寄ってくる。
「アルスハリヤ、お前、犬より賢かったのか……」
「本音が口から漏れてるぞ、気をつけろよ。僕の拳がその気になれば、君にブラジル旅行をプレゼント出来るからな?」
「魔導書の核が失せた」
頭を擦り寄せてくる大型犬を撫でながら俺はささやく。
「で?」
アルスハリヤは、美味そうに煙草を吸いながら微笑む。
「なにか問題あるか? 僕が見張っていた約100年、七椿は逃げ惑うゴミ虫みたいに地下天蓋の書庫を這いつくばってただけだ。本格的に動き出すのは、正確に核の場所を把握し、多少の力を取り戻して、時間制限が迫る七年後のことだろ?
そも、君が魔導書の核の居所を把握したところで何になる?」
白煙で作られた時計の針が『刻限』を指して、アルスハリヤは短針をぐるぐると回しながらつぶやく。
「それに、君には時がない……ぐるぐる、ぐるぐる……万華鏡の裡を巡り続ける存在だ……鏡面上の万面鏡像を喰らっている最中だということを忘れるなよ……」
「こんなに廻ってるのに忘れられるかよ」
止まらない目眩に、俺は苦笑しながら答える。
「僕としては、君が時間跳躍を座して待つつもりだということの方に驚きを覚えるね。
跳んだ瞬間、噴火口にドボンッ!! という可能性もあるんだぞ?」
「いや、有り得ない」
俺は、断言する。
「ヤツは、現在から七年後に俺を飛ばす……全盛期の力を取り戻し、あの時の屈辱を思い出して、自身を封じた俺を己の手で殺すことで恥辱を祓う。
七椿の憎悪と殺意によって、鏡面上の万面鏡像が作動したのであれば絶対にそうなる。自分の目の届かないところで、大して苦しむこともなく即死させるなんて殺害方法を普通は選ばない。恨み辛みがある相手を殺すなら、銃よりもナイフを選び、ナイフよりも素手を選ぶ。
そして、七椿なら、素手よりも――派手を選ぶ」
「ま、言い得て妙だな。悪く言えば、感情論の思考停止だ」
「なら、大先生、その論理的思考力をもって鏡面上の万面鏡像による時間跳躍を操作する方法をご教授くださいよ」
「…………」
ぷかぁと、アルスハリヤは煙を吐く。
「まぁ、ないな」
「そういうことだ。無意味な議論の時間をありがとう。
対策なしに喰らった時点で、七椿様を信じて祈るしかないんだよ」
俺は、オフィリーヌの頭をぽんぽんと叩く。
「この犬は、魔導書の核じゃない……分身体のひとつだ。誰かが、核を分身体とすり替えやがった」
「ハッハッハッハッ、面白いじゃないか。七椿に核を渡さないための策が、己にぶっ刺さってるわけだ」
「笑い事じゃねぇんだよ。
息魔の魔導書の核は、すべての分身体の吐いた魔力を吸って吐くモノだ。つまり、分身体よりも吐き出す魔力量が多く、ロザリーみたいに重度の魔力欠乏症を回復させるためには必要不可欠なものだった」
「つまり?」
「もし、ロザリーの治療方法が通用しない程に重症の魔力欠乏症患者がいると仮定すれば、その子の命を救うには魔導書の核が必要だってことだ。
だとすれば、マージライン家は、代々、家庭内で最も重症な子へと核の引き継ぎを行ってきてもおかしくはない。
すり替えを行うなら、普通、そのタイミングで仕掛ける」
大型犬に腰掛けたアルスハリヤは足を組む。
「なるほど、そんな可哀想な女の子がいるとすれば……その子のために、王子様が首飾りを届けなければいけないわけだ」
ニヤニヤとしながら、アルスハリヤは木立ちの方に視線をやろうとして――俺は、無理矢理、その首を正面に向ける。
「……視るな、ボケ。全部、台無しにするつもりか」
「失礼、バレバレなもんでね。
それで、核をすり替えた連中に心当たりはあるのか?」
俺は、携帯で撮影した写真を見せる。
そこに映り込む三条家とマージライン家の従者を確認し、アルスハリヤはまた木立ちを覗き込もうとしたので殴りつける。
「十中八九、コイツらだ。
話してた内容から鑑みても、アレが核であることに確信を抱いてすり替えたんだろ」
「で? どうやって取り戻す?」
「生憎、ココには」
俺は、ニヤリと笑う。
「協力者しかいない」




