仲良しこよしのドライブデート
軽快に。
アロハシャツ姿のアルスハリヤは、スーパーカーを走らせる。
心地よいそよ風、流れゆく景色、ムカつくアロハ魔人……渾然一体と化した周囲情報に、俺は、目眩を覚えて目元を押さえる。
「さて」
サングラスをかけて、愉しそうに車を走らせる魔人はささやく。
「久しぶりの再会だ。アルコールはないが、楽しいおしゃべりでもしながら、同窓会と洒落込もうじゃないか」
「誰がテメェと同期だよ。同体なだけだろ。
現在の俺は、少年時代のヒイロの身体の裡にいるってことで合ってるよな……? 大体、10歳くらいか……?」
「9歳だな。小学3年生だ。これから7年後に僕と殺し合って心中し、この自慢のスーパーカーは廃車になる」
「9歳で婚約者がいるのかよ、このクソガキ……大正二年にヒロの肉体で、鏡面上の万面鏡像を喰らってこの時代に飛ばされたのか? あの時、俺とお前は分かれてたわけだけど、時間跳躍の調整は効いた?」
「雷おこし食べるか?」
「アサクサ観光してきてんじゃねーよ!!
食べるわ」
俺は、アルスハリヤが突き出してきた雷おこしをボリボリと食べる。
「簡潔に言えば、鏡面上の万面鏡像は暴発を起こした。あの時、七椿の精神は息魔の魔導書に吸い尽くされ、半ば、暴走した殺意に振り回される形で権能が発動したわけだ。
結果として、七椿の権能は中途半端に遂行されている途中で止まっている」
正面を見つめたままのアルスハリヤは、俺に持たせた雷おこしの袋からむんずと中身を掴み上げて噛み砕く。
「目眩、しないか?」
「……する」
「君は、現在、七椿の鏡面上の万面鏡像を喰らっている最中だ。いずれ、権能は発動する。時限爆弾みたいなものだな。恐らく、いずれ、本来の目的地とされている時代にまで跳ぶ」
廻る。
確かに、俺は、廻っている。
万華鏡の中に入ったままの状態、鏡の国を彷徨っている最中、言われてみればどことなく周辺がぼんやりとしている。
「次に、俺は、どこに跳ぶんだ?」
「さてね。僕は神ではないもので、賽子を振る資格をもってない。
七椿が、振った賽の出目はまだ誰の眼にも映っていない」
雷おこしをつまもうとして……空になった袋を弄っていた魔人の手は、手持ち無沙汰になって俺の頭を撫でる。
「おい、コラ」
「失敬失敬、随分と可愛らしい姿になったものだから。
僕は、こう視えても人間の子供が好きでね。未成熟な精神を持つ玩具は、弄ぶには適さないから、愛でるだけに努めている。相棒の君ならよくわかっているだろうが、良い魔人なんだよ、僕は」
手を弾き飛ばす。それでも、アルスハリヤの手が追ってくる。
俺は、頭を蹴っ飛ばそうとして――ひらりと避けられ、放った蹴りがハンドルに直撃する。
「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」」
思い切り、車体は右にブレて――対向車が突っ込んできて、慌ててハンドルを回したアルスハリヤは間一髪のところで避ける。
「お前、アホか!? 避けてんじゃねぇよ!! 黙って喰らえや!! お前は、俺のサンドバッグだろうが!?」
「こんなに理不尽な罵倒は初めてだ、胸に響くね」
「つーか、お前、俺のこと出待ちしてたけど……先にこっちの時代に来てたのか?」
こなれた手付きで、右折しながらアルスハリヤは否定する。
「いや、待っていた」
「あ?」
「七椿から鏡面上の万面鏡像を喰らって、時間跳躍しようとも思ったが前みたいに綱引きで敗ければ、君と同じ時代に跳べるとは限らないからね……ヤツの動向を窺いながら、雌伏の時を過ごしていたのさ」
「…………」
「そう、露骨に嫌そうな顔するなよ」
信号で止まって、アルスハリヤは自分のサングラスを俺にかける。
薄暗く染まった彼女は、ニヤリと嗤う。
「君のためじゃあない。自分のためだ。僕は、己の悦のためにしか動かない。自己の求める益を啜るために待ち焦がれてただけだ」
ぶかぶかのサングラスを取り外し、俺はアルスハリヤに投げ返す。
信号が青になって、車体は前へと進み出した。
「ただ、恐らく、僕はそろそろ眠りに落ちる……どうやら、この肉体にとって、僕の意識は異物扱いらしくてね……この100年間、意識が混濁して目覚めたら、アレヤコレヤの事件を巻き起こしているということが頻発していた……つまり、強制的に意識を閉ざされて、元々の僕の意識が目覚めているわけだ……恐らくだが、次に眠れば、僕の意識は元の意識に呑まれることになる……」
「要するに、現在までの記憶やらを失って、元の『死廟のアルスハリヤ』として船上で俺と殺し合うことになるわけだ。
俺も、また、近いうちに時間跳躍して元の三条燈色に戻る」
「そういうことだな。
こんなに仲良しこよしな僕と君が、互いに記憶を失って、殺し合う宿命にあるとはね。神はなんて残酷なんだろうか」
また、信号で止まる。
徐々に、都心に迫るにつれて、車と信号の数が増えてきていた。
「で? これから、どうするつもりだい?」
「まずは、息魔の魔導書の核を確認する。必要であれば、核を隠して、それから安全な場所で時間跳躍が行われるのを待つ。
この目的から考えてみれば、お嬢との婚約関係は有効的に働く。ルミナティの手で、ロザリーの元に渡った核は……マージライン家が保持している筈だ」
「つまり、君は、己の意思であの喧しい金髪縦ロールお嬢様と婚約を結ぶわけだ。
いやぁ、実にめでたいねぇ。ついに、百合殺しとして観念したか」
俺は、脂汗を流しながら左胸を掴み上げる。
「はっ……はっ、はっ、はっ、はっ、はぁっ……!!」
「か、過呼吸を起こすなよ……お、おい、僕の軽口ひとつで死ぬのはよせ……ほ、ほら、紙袋だ……深呼吸しろ……」
俺は、アルスハリヤに介助されながら、雷おこしの袋を口に当てて呼吸を繰り返す。
ようやく、落ち着いてきて俺は項垂れる。
「このまま……終わらせるわけにはいかねぇんだよ……まだ、カルイザワ決戦は終わってない……七椿との決着もついてねぇ……ヒロも、ロザリーも、ルミナティも……未来のために死力を尽くした……アイツらの懸けた命を……無為にしてたまるか……107年後……俺の手で……」
俺は、ゆっくりと顔を上げる。
「終わらせる」
「くっくっく……」
アルスハリヤは、笑いながらアクセルを踏み込む。
「盛り上がってきたじゃないか……君を待った甲斐があったよ……連綿と紡がれてきた人間の想いが……悲劇となるか喜劇となるか……君の隣で、じっくりと鑑賞させてもらおうじゃあないか……」
聳える摩天楼。
人間と魔人が向かう先に聳え立つ高層ビルは、陽だまりの中で怪しく光り輝き、俺はそれを見上げてささやく。
「……後は」
――ヒロさん
「後は任せろ」
感傷は過ぎ去ってゆき、残された者たちを乗せた車は目的地へと向かっていった。




