ルミナティ・レーン・リーデヴェルト
「犯人は君だろ?」
開け放たれた窓。
窓枠に片足をかけて、手燭の灯りに照らされた人影は、ぼさぼさの金髪を背負っていた。
鹿撃ち帽にインバネスコート……その手には、血に塗れた十字架を握り込んでいる。
彼女は猫みたいな身のこなしで、頭から血を流しているルミナティの前へと飛び降りた。
「…………」
今、まさにルミナティを殺そうとしていた同級生は、突如として現れた謎の少女を視て愕然とする。
「な、なんで……?」
「一、わたしは天才だから。二、現場に残されていた十字架には香水の香りが残っていた。三、この香水は舶来品の衛生麝香液で、ハンカチーフに付けて嗜む香水を十字架に振りかける人間は君しかいない。
そして、その四」
四本目の指を立てて――金髪碧眼の彼女は笑った。
「先手必勝」
折りたたまれた四本の指、握り込んだ拳は、凶器を持った同級生の顔面に入り――鼻血を吹き散らしながら、どうと倒れた彼女は気を失っていた。
「君」
インバネスコートに両手を突っ込んだ彼女は、ルミナティの命を狙った同級生のもっていた凶器……カエルのホルマリン浸けを放り投げながら微笑んだ。
「わたしの助手になりたまえよ」
コレが、ルミナティ・レーン・リーデヴェルトの持つ最古の記憶。
ヨルン・フォン・マージラインとの出会いだった。
帝都師範女学校。
華族のみが通うことを許される教育機関であり、由緒正しきお嬢様たちが所作作法から一通りの勉学、怪異への対峙法までを学ぶ学び舎だ。
その女学校に通っているルミナティは、包帯を巻いた頭から発せられる痛みに合わせてため息を吐いた。
閉鎖された空間には、閉鎖された感情が生まれる。
見知らぬ同級生から一方的な恋慕を受けたルミナティは、その恋情に晒され、恋愛のいろはも知らぬうちに愛憎渦巻く事件に巻き込まれてしまった。
彼女の友人すらも巻き込んだ事件は、『怪異よりも怪異らしい』と噂されるヨルン・フォン・マージラインの手で解決に導かれた。
死ぬ寸前だった。
窮地に陥った彼女を助けたのは、疑いようもなく、あのマージライン家の令嬢だった。
それゆえに、『助手になれ』という誘いも無碍には出来ず、ルミナティはヨルンが根城にしている空き教室までやって来たのだ。
やって来たのだが――
「第一の助手、藁太郎だ」
「…………」
「第二の助手、カエル男爵だ」
「…………」
「第三の助手、ルミナティ・レーン・リーデヴェルトだ」
机に置かれた藁人形とカエルのホルマリン浸けと同一扱いされ、かつてない侮辱を受けたルミナティはこめかみを押さえる。
「……私は、貴女の助手になったつもりはありません」
「先生」
「は?」
「わたしのことは、きちんと『先生』と言い給え。もしくは、ミス・ヨルンでも可。それ以外の呼び名でわたしを呼称した場合、世界が滅びかねないから気をつけたまえよ」
謎の小型のシーソーに、金属製の重りを乗せて遊んでいるヨルンは、包帯でぐるぐる巻きにしている右手を見せつける。
「視たまえ、助手よ。君を救ったこの鉄拳の痛ましい姿を。罪悪感で、その薄い胸が痛んだりはしないのかね。悲しいな。いつの間に、この日の本に住む大和撫子は恩情というものを忘れてしまったんだろうね。
やれやれ悲しい悲しい、やれやれ、やれ悲やれ悲、やれ悲しや~」
「そのように、4分の4拍子で恩を着せなくても感謝はしています」
ルミナティは、立ち上がり、スカートを払ってから――ごほんと咳払いをする。
「しかし、『先生』、貴女はこの一ヶ月で遅刻回数10回、欠席回数12回、教員の方々を困らせている問題児だと聞き及んでいます。
私、規則を守らない人間とは行動を共に出来ません」
「人様に、ちんけな規則を押し付けるのはよしたまえ。わたしが無遅刻無欠席だったとしても、世界の趨勢にはなんの影響もないよ」
昼食らしいおにぎりをシーソーに乗せて、ヨルンは目を細める。
「……君は、呼吸しているか?」
「え?」
「呼吸だよ、呼吸」
吸って吐いて、胸を膨らませたヨルンはつまらなそうにささやく。
「人間はね、普段、呼吸していることを忘れている。たまに、うっすらと思い出す。自分が息を吸って吐いていることを。
生きるというのは、そういうことだと思わないかい? 我々にとって、命とは非常にか細い糸のようなものだ。だからこそ、人は人を愛し、その愛が裏返って殺意に至る。他者の命なんてものは、結局のところ、自分のために犠牲にしても良いモノだと思っている」
「…………」
「命とはなんだ? 我々は、なんのために生きる? 世の大人どもの言う通り、命には価値があるのか?」
微笑んで。
ヨルンは、ささやいて手を差し伸べてくる。
「どうかな、お嬢さん、わたしと一緒に」
それは、あたかも、秘密の舞踏会へと誘うかのようで――
「この謎を解き明かさないか?」
気づけば、ルミナティはその手を握っていた。
なぜかと問われれば、その問いに答えられるのはずっと後のこと――彼女が、ヨルン・フォン・マージラインと別離した時だった。
この日から、ルミナティはヨルンと行動を共にするようになった。
所謂、助手としてのお手伝いである。
ヨルン・フォン・マージラインは、適当も適当、大適当な人間で、放っておけばそのまま死んでしまうかと思うくらいのものぐさだった。
彼女が勝手に独占している空き教室は、何時も、わけのわからないガラクタと本で埋まっている。
そのガラクタの海を泳ぐようにして、ヨルンは歩き回り、アゴに手を当ててブツブツつぶやきながら考え事をしているのが常だった。
さすがに、掃除が必要だと思い「先生、捨てますよ」と声をかけると、不機嫌そうに顔をしかめた彼女はこう言った。
「偉大な頭脳にとっては、些細なものなどありえない」
小賢しいことを言う女性だと、ルミナティは彼女以上に顔をしかめたが、ソレが『緋色の研究』からの引用だと知って呆れた。
ヨルンの装いが、シャーロック・ホームズの猿真似だと知ってますます呆れた。
「わたしは、天才だから、物の位置を完璧に把握している。動かせばわかるからな。君が助手の立ち位置を超えて、わたしを挑発するような行為を行った場合、大声を出しながら泣き喚いて糾弾するつもりだから忘れるなよ」
ヨルンの口癖は『わたしは、天才だから』だ。
やけに自信過剰なのはマージライン家の特徴らしく、自画自賛の源泉に肩まで浸かって、平気な顔で『わたしは天才だからな』と言いふらす。
でも、あながち間違いでもない。
『我が推理の戦利品』と称している藁太郎とカエル男爵は、彼女にとっての優勝杯のようなもので、その他にもごちゃごちゃと解決した事件の現場からかっぱらってきた品々が並んでいる。
これらすべてが解決した事件に纏わる品々だとすれば、推理力は相当なものなのだろう。
表彰台に上がって優勝杯をもらうため、ヨルンは華族の権力をフル活用し、手に入れた情報を元に警察よりも早く現場入りする。
当然、ルミナティも、その現場に連れ込まれるわけになるのだが――
「ぜい……ぜいぜい……ぜい……」
なぜか、探偵の現場は常に体力勝負だった。
おしとやかに茶道やら華道を嗜んできたルミナティにとっては、猛犬のように犯人へと突っ込んでいくヨルンを追うだけでも精一杯で、怪異が纏わる事件なんて何度も死ぬような思いをした。
「君」
そんな体力のないルミナティを見つめて、アゴに手を置いたヨルンはつぶやく。
「胸に脂肪がないのに、どうしてそんなに遅いんだ……? 埃及のラクダみたいに、腰の後ろ辺りに栄養を溜めたこぶでも付けてるのか……?」
「……絞め殺しますよ」
汗を流しながら、俯いた彼女はささやく。
「私は……貴女と違って……呼吸の仕方が下手なんですよ……ずっと……」
「ふむ」
思わず、本音が漏れて、ハッと顔を上げる。
何時もみたいに、感情を表に出さず、ヨルンはパイプを口に咥えた。
「君は、命の使い方が下手くそそうだからな」
「…………」
「聞けば、リーデヴェルト家の淑女は、一日の計画が分単位で決まっているそうだな。家の規則でそうなっているとか。
となると、わたしなんぞの後ろで徒競走に励んでいるのはマズいのかな?」
「……別に」
はぁはぁと、呼吸を繰り返しながらルミナティはつぶやく。
「命を救ってくれた方の世話をしていると……言っていますから……貴女……じゃない、先生の右手が治れば御役御免……元の生活に後戻りですよ……女性と交際するのは規約違反だから……その規約のせいで、この間、殺されかけました……」
ぽたぽたと、垂れ落ちる汗を見つめながら、ルミナティは門限の時間は大丈夫かと心配している自分に自嘲する。
「あぁ、なるほど。
どうして、君がよく口にする規約が気に食わないのかわかった」
パイプの先端で、ヨルンはルミナティを指した。
「それは、君が敷いた経路じゃないからだ」
「…………」
「ふむ、この右手が治ったら君は元の経路に戻ってしまうのか……それは困るな……初めて、人間の助手が出来たんだ……君とは本の趣味も合うしね……ワトスンなくしてホームズは有り得ない……」
ニヤリと、ヨルンは笑う。
「この右手が治らなければ、君はまだわたしの助手でいてくれるんだな?」
「……なにを?」
ルミナティを連れて。
威風堂々と、インバネスコートの裾を揺らしながら、ヨルン・フォン・マージラインはリーデヴェルト家の屋敷へと入っていく。
数分後。
「待て、貴様ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
「あっはっはっは!!」
鼻血を噴き出した鼻を押さえつけながら、真っ赤な顔で追いかけてくるルミナティの父から、へし折れた右手を抱えたヨルンは笑って逃げる。
その横に並んで、ルミナティは必死で走りながら叫んだ。
「バカじゃないですか!? なんで、貴女は、何時も最後には殴るの!? また、やりましたね!? なにが、その四、『先手必勝』ですか!? こんなことされたら!! こんなことされたら!!」
ルミナティは、偉そうに説教をしている途中で、ヨルンにぶん殴られた父の顔を思い出し――笑った。
「私、もう、帰れないじゃないですかっ!!」
「はっはっは、安心したまえ、わたしのところに来れば良い!! 女学校をやめて、探偵事務所を立ち上げるんだ!!」
ふたりは、笑いながら通りを駆け抜ける。
「わたしと一緒に来い、ルミナティ・レーン・リーデヴェルト!
わたしは、君と一緒なら」
この世の規則から、ふたりは肩を並べて逃げてゆく。
「命とは、なんなのか――その謎を解ける気がする!」
ルミナティは、答えず、ただ笑いながら彼女の横に並び続ける。
「ルミナティ!!」
満面の笑みで、ヨルンは呼びかける。
「呼吸しているかっ!?」
「あははっ!! あははははっ!! あはははははははっ!!」
大笑いしながら、すべてを捨てて、ふたりは駆けていった。
それから時は経ち。
宣言した通り、帝都の中心に立派な探偵事務所を立ち上げたヨルンは、持ち込んだ本の山でその事務所を埋め尽くし、第一から第三の助手を呼び寄せてから、机の上に『名探偵』と書かれた紙の三角柱を立てる。
「なんですか、それ?」
「ふふん、『名探偵』の証だよ。天才たるわたしに相応しいとは思わないかね? 我が半身たる君にも『助手』の三角柱を作ってやろうと思ったんだが、わざわざ、『助手』を強調するようなやり方もどうかと思ってね……欲しい……?」
「微塵も要りません」
名探偵とその助手の活動は、息が詰まるような貧困を乗り越えた後、ようやく軌道にノッていった。
なににしても、ヨルンの抜群の推理力が物を言い、評判が評判を呼んで警察からも依頼が舞い込むようになった。
仕事が尽きることはなかったので、徐々に、ルミナティの足と体力も鍛えられ、怪異相手の捜査も特に怖いとは思わなくなった。
制約のない無軌道のヨルンの世話をするのは大変だったが、そこにやり甲斐を感じ、自身が定めた自分とヨルンのための規約が未来の糧になることに幸福を感じた。
生まれて初めて、ルミナティは呼吸の仕方を知った。
時計の秒針に従って、歩き続ける自分は絡繰人形のようで、そこから解放された現在に生きる価値を見出した。
いずれ。
いずれ、ルミナティの言う通り、彼女と一緒であれば『命の価値とはなんなのか?』という謎を解き明かすことが出来るだろうと思った。
そう思っていた矢先――
「…………」
「先生?」
呆然と。
立ち尽くして、真っ赤に染まった『緋色の研究』を見下ろすヨルンを見つけた。
「……なぜ」
ヨルンは、哀しそうに上を見上げる。
「なぜ、現在なんだ……?」
それは、マージライン家に巣食う宿痾だった。
魔力欠乏症。
代々、マージライン家の人間が罹患する病で治療法は存在しない。少しでも、魔力の濃い場所で過ごす必要があるとかかりつけ医は言った。
唯一、マージライン家でヨルンの味方をしている彼女の姉は、綺麗な金髪をもった娘……ヨルンにとっての姪を連れて会いに来て、カルイザワにマージライン家の別荘があるから、そこで療養したらどうかと勧めてくれた。
それは、つまり、帝都の事務所を捨てることを意味していた。
「ダメだッ!!」
カルイザワに移ると言った瞬間、鬼気迫る表情でヨルンは反対した。
「こ、ココは、わたしと君の事務所だぞ!? 大切な事務所だ!! ようやく、ココまで来たんだ!! 謎が!! もう少しで謎が解けそうなんだ!! 様々な命を視てきた!! 君と一緒に!! だ、だから、この事務所を捨てるわけにはいかない!! 君もわかるだろ、ルミナティ!? わかるだろ!?」
彼女は、現在までに視たことのないような……子供じみた泣き顔を浮かべてささやいた。
「わたしたちの……夢なんだぞ……?」
再三の説得にヨルンが応じた時、彼女は力なく微笑んだ。
「あぁ……そうだね……治ったら……治ったら、戻ってくればいい……」
その諦観に包まれた表情は、もう二度と、自分がココに戻ってこれないと思っていることを物語っていた。
ルミナティは、ヨルンと貯めた金を持ってカルイザワに移動した。
ヨルンを心配した姉も付いてきて、まだ幼い姪っ子も旅路を共にした。有難いことに、ヨルンとその姪は相性がよく、以前の面影がないくらいに暗い表情をしたヨルンに笑顔を取り戻してくれた。
カルイザワは、帝都と比べればなにもなかった。
その寂しくて、静かで、どこまでも広がる地を視て……ヨルンは、ぽつりとささやく。
「終わりの地だ」
彼女の瞳は、寂れた大地を見つめる。
「人はいずれ死ぬ……幾ら必死で走っても……その規約からは……逃げられないんだな……」
小康と悪化が続いた。
嘔吐と喀血を繰り返す度に、ヨルンの目からは光が消えていき、いつの間にか彼女は自身を『天才』と呼ぶことはなくなった。
どんどんどんどん、ヨルンは弱っていき痩せ細っていく。
ルミナティは、必死で治療法を探した。
カルイザワから帝都まで移動し、隅から隅までその方法を探し続けた。多少、危ない橋も渡ったりした。探偵時代に培った縁故を頼ったり、勘当扱いされていたリーデヴェルト家に戻り、雨が降りしきる中で土下座して救いを求めたりもした。
だが、無駄だった。
この世界に――魔力欠乏症の治療法は存在しない。
「ぁあ……」
机の上に積んだ本の山を両手で崩し倒し、壁に叩きつけ、調査結果の資料をすべて切り裂いた。
「ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
そんなことをしても意味はない。
意味はないとわかっていても――しないわけにはいかなかった。
ルミナティが治療法を探し続ける間に、ヨルンは近所の子供たちと仲良くなっていた。
症状が悪化するにつれて、野花すらも避けて歩くようになった彼女は、痩せこけた頬をほころばせながら子供たちと遊んでいる。
「君たちは……」
庭に咲き誇る野花を見つめながら、枯れた声でヨルンは言った。
「呼吸……しているか……?」
思わず。
蹲ったルミナティは、自身の腕に噛みついて嗚咽を隠した。
無力な自分に罰を与えるかのように。
恐れていた時はやってきた。
床に伏せたヨルンは、ぼーっと天井を見上げており、かかりつけ医は無言で首を振ってから退出していった。
彼女の枕元には、枯れ落ちた花束があった。
前日、ヨルンが可愛がっていた近所の子らが、涙ながらに持ってきた花束だった。その花々は、庭に咲いていたもので、ヨルンが必死で踏まないようにと気をつけながら世話をし続けた命だった。
「…………」
その枯れた花と枕を並べて。
ヨルン・フォン・マージラインの命が潰えようとしていた。
「叔母様……?」
彼女の姪は、ゆさゆさとヨルンを揺さぶる。
「叔母様……起きてください、叔母様……ロザリーと遊んでください……叔母様……叔母様……?」
泣きながら。
ロザリーを抱きしめたヨルンの姉は、彼女を抱きかかえたまま部屋の隅に蹲る。
「…………るみなてぃ」
呼ばれて。
目を見開いたルミナティは、必死で寄っていき彼女の手を握り締める。
「なに……なに、先生……なに……?」
「じむしょに……じむしょに……かえりたい……じむしょに……わたしたちのゆめを……おいてきてしまった……あ、あそこに……ぜんぶ……おいてきてしまった……」
「か、かえれる……かえれるでしょ……な、なおったら……先生がなおったら……かえれるでしょ……だ、だから……げんきになってください……ね……いっしょにかえりましょうよ……せんせい……」
「わたしは……」
彼女の干からびた頬に――涙が流れ落ちる。
「なんのために……うまれてきたのだろうか……いったい……なんのために……」
「わ、私は!! 私はっ!!」
思い切り。
力を入れて、ルミナティは彼女の手を握り締める。
「せんせいに……せんせいに救われたんですよ……あ、あなたに命を救ってもらった……わ、わからないなら……あなたにわからないなら……私のためにうまれてきたことにしてください……それなら……それならいいでしょ……?」
「はなが……」
枕元の枯れた花を見つめ、ヨルンは微笑む。
「かれてしまった……やはり、いのちには……かちなんてないのか……わ、わたしは……ただ、しょうめいしたかった……なぞを……ときたかった……い、いのちには……かちがあると……いいたかった……さきほこるはなが……はながみたかった……わたしがしんでも……さきほこるはなが……」
「しなない……せんせいは、しなない……私が……私が助けるから……あの事務所に帰りましょうよ……ふたりで……謎を解きましょう……わ、私たち、これからじゃないですか……ねぇ、せんせい……」
「……あの子を」
ヨルンは、首を曲げて姪を見つめる。
「あの子をたのむ……あの子の命を……つないでくれ……マージライン家の宿痾をとめてくれ……きみなら……きみならできる……しんじてる……だって、きみは……」
咲き誇るように。
ヨルンは、満面の笑みを浮かべる。
「天才のわたしの助手だからな」
「いや……まって……いやですよ……せんせい……ヨルン……まって……」
「いち……ロザリーを助ける……に……きみはしあわせになる……さん……なぞをといて、わたしときみのゆめをかなえる……そして、そのよん……」
優しく。
右の拳が、ルミナティの頬に当たって――涙を拭った。
「ありがとう……わたしのてをにぎってくれて……」
ゆっくりと。
ヨルンの手が、ルミナティの手の中で力を失う。
「ま、まって……わ、私、帰るところなんてないんですよ……あ、あなたが……あなたが私を連れ出してくれたんでしょ……あ、あなたが……あなたが、私を救ってくれたんでしょ……?」
涙を流しながら、ルミナティは彼女を揺さぶる。
「さ、さきにいかないでよ……わ、私、先生とは違って……体力ないんだから……い、いつも、待っててくれたでしょ……ねぇ、せんせい………せんせい……?」
幾ら揺さぶっても、動かない彼女を見つめて――
「いかないでぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!! せんせい!! せんせい、いかないでぇえええええええええええええええええええええええええええ!! 私をおいてかないでぇえええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
絶叫が迸る。
何時までも、何時までも、何時までも。
ルミナティ・レーン・リーデヴェルトは泣き叫び続けて……気づけば、彼女は、豪雨の只中にいた。
裸足で、ふらふらと。
真夜中を歩く彼女は、両手に持っているモノに気付いた。
鹿撃ち帽とインバネスコート。
ルミナティは、微笑んで――鹿撃ち帽をかぶって、インバネスコートを羽織ってから――天を仰いだ。
「解きましょう……先生……一緒に……」
雨粒を顔に受けながら、ルミナティは笑って涙を流す。
「私たちの謎を……解きましょう……」
雨粒が、顔に当たる。
ゆっくりと、息が肺に吸い込まれて……吐き出された。
泥中に沈んだ意識が浮かび上がってきて、骨が突き刺さった臓腑が生を伝えてくる。
「……せんせい」
ルミナティ・レーン・リーデヴェルトは――目を開けた。




