天に賽す
左と右、腕が飛んだ。
「に、人間に……」
両腕をもがれた七椿は、顔面を歪めて叫ぶ。
「人間に与するか、アルスハリヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「やれやれ、勘違いするなよ」
腕に纏わりつかせている白煙で、俺と同時に七椿の腕を切断したアルスハリヤは微笑んで答える。
「僕が味方してるのは、三条緋路だ。
現在の僕は、そこらの人間で遊ぶよりも良い趣味を見つけてね……君のように趣味の悪い醜女には理解出来ないかもしれないが」
再度、斬撃が飛んで。
交錯した俺とアルスハリヤは、七椿の両足を斬り飛ばした。
「コレを愉悦と云う」
「こ、この虫螻が……虫螻どもがァ……!!」
「いやぁ、実に醜い面をしている」
転がった七椿を見下ろし、芝居がかった様子で腕を広げたアルスハリヤはささやく。
「鏡でも視てきたらどうだ?」
咄嗟に。
俺はアルスハリヤを突き飛ばし、口から光線を吐いた七椿の攻撃を躱そうとしていたアルスハリヤの頭が吹き飛んだ。
「……おい」
めりめりと、音を立てながら復元した彼女は嘆息を吐く。
「君は、一体、僕と七椿、どっちの味方だ?」
「じょ、冗談抜きで身体が勝手に……本当にごめん……本気でふざけてないわ……し、心底にお前への憎しみが染み付いてる……」
蹴られて。
横にスライドした俺は、掠った光線の熱さに腕を振る。
「ありがとう!! アルスハリヤ先生!!」
「まったく、こんなでも魔人が相手なんだぞ。気を抜くな。腕や足が消し飛ぶくらいなら再生してやれるが、心臓か脳が止まれば君の精神も引きずられて死ぬぞ。
僕の愉しみのために、足掻き苦しみながら生を繋げ」
「あのさ」
高速復元した七椿の光線を掻い潜りながら、俺はアルスハリヤに問いかける。
「色々あって、あの腐れ魔人、封印しないとマズ――」
「説明不要。
大体、事情は理解しているよ。要は、大正時代の君の嫁を救うために、七椿を素敵な生命維持装置に変えようって話だろ? 実に、ロマンティックで素敵じゃあないか。結婚指輪にでも変えてやって、盛大に結婚式を開いて絶望になってくれ」
「……お前、何時から視てた?」
「良い女には秘密が多いのさ」
駆け走りながら、アルスハリヤは俺にウィンクを投げかける。
互いを蹴り合って、俺とアルスハリヤは鏡中からの攻撃を避け、白煙に包まれて飛んだ俺は七椿を切り伏せる。
「む、虫螻どもがちょこまかとぉ!!」
そのまま伏せた俺は、七椿に足払いをかけ、絶妙なタイミングでアルスハリヤは浮いた身体を地面に叩きつける。
「アルスハリヤァ!! プランBだ!!」
「そんなもんないだろ」
無銘刀に宿った白霧、俺を宙空に飛ばしたアルスハリヤは、両手でソレをコントロールし――七椿へと叩き落とし、俺は、その首を一刀の下に両断する。
その首は、アルスハリヤの足元へと転がっていき――
「へい、パース!!」
美しいフォームで、アルスハリヤはその首を蹴り上げて、俺は綺麗なアーチを描いて宙空に飛び上がる。
「魔人を地獄にシュゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!」
見事にオーバーヘッドキックを決めて、地面に叩きつけられた生首は、血と泥に塗れながら苦悶を吐いた。
「こ、殺す……殺す殺す殺すぞよ、アルスハリヤァ……!!」
「現在ので、恨み辛みがすべて僕に集まるのは納得がいかないんだが」
「ぶち殺してやるぞ、アルスハリヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「どさくさ紛れに、君まで僕に呪詛を吐くな」
わーっと、集合した俺とアルスハリヤは、せっせと生首を地面に埋めて簡易的な封印を施した。
首を失って彷徨っている胴体を左右から蹴りまくり、散々に虐めてから、俺とアルスハリヤは額を突き合わせる。
「とっとと、息魔の魔導書を起動して封印を終わらせたいところだが……まずは、あの魔導書を動かせる御主人様を復活させる必要がある」
俺は、倒れ伏したまま、動かないルミナティを親指で指した。
「助けてやってくれ」
「任せろ、人助けは僕の得意分野だ」
「…………」
「息を荒げながら、刃を突きつけるな。喉に刺さってるだろ」
喉から無銘刀を引き抜いてから、アルスハリヤはルミナティの下へと行こうとして――凄まじい勢いで、上空へと泥と水が噴き上がり、四方八方へと出鱈目な出力で光線が撒き散らされる。
「やれやれ」
視てから躱しているアルスハリヤは、俺の回避を補助しながら、鏡中から身を乗り出して乱射する七椿を見つめる。
「相変わらず、出力だけなら手放しで褒めてやれる性能をしてるな。生み出せる鏡像が無限だから埒が明かない。確かに、そのひとつひとつを潰し切るのはほぼ不可能、封印する方が手っ取り早いわけか」
「アルスハリヤ、俺はいい!! ルミナティのところに行け!!」
「おいおい、君ともあろう男が、間の抜けたことを口に出すなよ」
周辺に撒いた白霧を呼び寄せた突風で操作し、飛んでくる光線を逆方向へと撃ち返しながらアルスハリヤはささやく。
「僕が君の傍から離れれば、その時点で君はその肉体ごとお陀仏だ。
人間の身体では、もう限界だろう? とうの昔に体力の底はつき、足もまともに動いてない筈だ。むしろ、その状態で、オーバーヘッドキックまでしてのけるその精神力には感嘆通り越して恐怖すら覚えるね」
「…………」
「君が、なにを考えているのか教えてやろうか?」
ニヤリと笑って、アルスハリヤは言った。
「風を待って……天に賽を投げるつもりだろ?」
俺は、彼女に笑い返す。
「どの目が出るか、運試しと行こうぜ」
そうして、俺とアルスハリヤは防御に専念し――突風が吹いた。
鏡という鏡が。
音を立てて破裂し、順々にその中から大量の血液が溢れ出し、悲鳴を上げながら七椿の両腕が宙空を彷徨う。放射状に罅の入った鏡は、内面から何度も拳の形に膨れ上がり、なにかを叩きつける音と共に罅が大きくなっていく。
そして、ついに――砕け散る。
鏡中から吹き上がった風と共に、鏡片を撒き散らし、ふたりのエルフが飛び出した。
エスティルパメントに襟首をがっちりと掴まれ、ぐったりとしているアステミルは、ぬいぐるみかなにかのように微動だにしない。
「おいおい……おいおいおいおいおいおい!!」
エスティルパメントは、満面の笑みで叫声を上げる。
「怠惰で麻痺した脳の退屈が、消し飛んじまいそうじゃねぇかァア!!」
魔人と人間と――裁き。
三者三様、顔を合わせて対峙する。
下り立った執行者は、遅れて落ちてきた棺桶を左右に従えて、肌に刻まれた魔力線から神々しい光を放った。




