匹儔の視界
「……アルスハリヤ」
肩を竦めて。
瓦礫の山の上から、魔人は下りてくる。
「おいおい、そんな眼で僕を視るなよ。怪異の屍骸を操って、君の窮地を救ってやった大恩ある人物に向ける眼かよソレが。
僕らは親友通り越して大親友、固い絆で結ばれた相棒同士じゃないか」
「なんで、俺がこの時代にいる」
握り手に手をかけたまま、俺は、眼前のアルスハリヤを睨めつける。
「当初の予定なら、俺たちはこの時代に飛ばされてなかった。親友通り越して大親友、固い絆で結ばれた相棒同士にも関わらず、なんで異常事態を発生させた?」
「では、弁明させて頂こ――」
光線が飛び、アルスハリヤは片手でソレを弾き飛ばす。
七椿は顔を歪めて、憤怒を表情に籠めた。
「アルスハリヤァ……!!」
「やれやれ、嫌われたものだね。魔人同士、仲良しこよしといかないまでも、久々の再会に爽やかな挨拶を交わし合うくらいは許されるんじゃないのか。
やぁ、久しぶりだな、万鏡の。死ね」
大量の怪異の屍骸が煙に包まれ、身体の作りとは反した動きで立ち上がる。
己の腕を破壊しながら、ぐるぐると回転させ、それらは一斉に七椿へと向かっていく。あまりにもその量が多すぎるせいか、さすがの七椿も迎撃に追われ、紫煙をくゆらせたアルスハリヤはその光景を眺める。
「うん、この時代の屍体は質が良いな。実に操りやすい。七椿の作った怪異の肥溜めにしては上出来だ。
話を戻すがね、ヒーロくん、僕とて大切な君をこんな惨状に落とすつもりはなかったんだよ」
凄まじい力で、俺の頭を胸に抱き込んだアルスハリヤは「よしよし」と頭を撫でてくる。
その顔面に、折れた無銘刀を幾度も突き刺すが、彼女は笑いながら受け流した。
「君の視えないところで、僕と七椿の綱引きが行われていたんだよ。全盛期の僕であれば、敗けるわけもなかったが、残念ながらどこぞの死にたがりとの心中のせいで、衰えた僕ではオーエスオーエスと頑張っても無理があった。
要するに、僕が七椿との綱引きに敗けたことで、君は三条燈色と縁深い三条家の男の肉体に着地することになったわけだ」
俺に刺されながら、アルスハリヤは続ける。
「本来であれば、君は、三条緋路の屍体に意識が入り込むことで共に死んでいた。
だがしかし、この僕は」
両手を広げて、アルスハリヤはにこやかに嗤う。
「死廟のアルスハリヤだ。
権能によって三条緋路の肉体を仮死状態で保持した僕は、死の女神の胸の中から君を取り戻した。実に泣けるじゃないか。大切な相棒の命を救った僕は、言うなれば、君にとっての生の女神というわけだ」
「咄嗟に、何時もみたいに、俺の自殺を食い止めたようなもんだろ……で? なんで、お前は、三条緋路の身体の中にいなかった?」
「元々、僕と君は別個の個体だ。当然、その精神もね。ゆえに、君とは違って、僕はこの時代の自身の肉体へと引っ張られた」
アルスハリヤは、トレンチコートの裾をもって頭を下げる。
「こうして、僕は海の向こう側から遥々、可愛い王子様のために馳せ参じたというわけさ」
両手を組んで、神に祈るかのようにアルスハリヤは目を閉じた。
「本来、この時代の僕は起きていなかったわけだが、君がこの時代でどんな歪みを見せてくれるのか気になって気になって……『興味』が尽きなかったがゆえに目を覚まし……だって、心配じゃないか、僕がいなければ、恥ずかしがりやの君は美少女たちといちゃいちゃ出来ない……美少女と美少女の間に割り込み、らぶらぶ、いちゃいちゃ、ちゅっちゅっとさせて、君を不幸――いや、幸福へと導くのが僕の役割だというのに」
「お前、ホントに死ねよ。死ね。良い機会だから、七椿ごとココで滅っしてやるよ」
「おっと、それで良いのかな」
煙を吐きながら、アルスハリヤは口端を曲げる。
「僕なしで、七椿に勝てるのかい? んぅん? ヒーロくぅん、大親友かつ大相棒、大大大好きな僕なしで七椿に勝てるのかなぁ? ん? んぅ~ん?」
「…………」
歯噛みする俺の前で、満面の笑みを浮かべたアルスハリヤは両腕を広げる。
「さぁ、おいで! 仲直りのハグをしようじゃないか!」
「…………」
「やれやれ、困ったな……力を貸したくなくなってきたぞ……相棒の力になるのは責務とは言え……この僕を信頼出来ないような人間を相棒とは言い難い……困ったな……僕は、今、全身を引き裂かれたかのような気持ちで苦悩しているよ……」
血を吐く思いで、俺は、アルスハリヤの腕の中に抱き込まれる。
魔人と言えども、女体は女体、柔らかな身体に抱きしめられた俺は頭を撫でられる。
「くっくっく、おいおい、僕は君を何時でも殺せるぞ……無防備なうなじを見せて……さてさて、次は『だいだいだ~いすき、アルスハリヤ様ぁ。その素晴らしいお力をお貸しください』とでも言ってみたまえよ」
「て、テメェ……!!」
「どうしたぁ、顔が赤いぞぉ? ヒーロくん、どうしたどうしたぁ? その辛くて切なくて絶望に染まった顔はなんだぁ? んぅ~ん?」
「…………い」
「なんて?」
「だ、だいだいだ~いすき、アルスハリヤ様ぁ!! その素晴らしいお力をお貸しくださぃいいいい!!」
「ぎゃはっはっは!! なんてざまだ、可哀想になぁ!! そこまで、僕に縋って!! よしよし、良い子だ良い子だ、この僕の力を哀れな相棒に貸してやろうじゃないか」
爆笑するアルスハリヤから離れ、唇を噛み切っていた俺は、死んだ目でボソボソと「殺す殺す殺す殺す殺す……」とささやき続ける。
「まぁ、そう絶望するなよ。
僕には、この時代の三条緋路の肉体ごと君を殺して、未来を変えるという選択肢もあった。にも関わらず、君の命を救ってやったんだ。深い愛情を感じ給えよ。僕は、その他多数の幾万もの歪みよりも君の歪みを選んだんだ」
綺麗な笑みで、アルスハリヤはささやく。
「精々、生贄の祭壇の上で踊り続けてくれよ、三条燈色……僕は、君の歪んだ顔で愉悦を感じ……精一杯、君を幸せにするために努力をし続けよう……」
そのアルスハリヤの宣言と共に。
曇天の下が光り輝き、一本の光線が世界を薙ぎ払った。
ぽんっと、アルスハリヤは俺の肩を押し――倒れ込んだ俺の眼前を、焼き切れた前髪が飛んだ。
「…………」
避ける素振りすら見せず、無傷のアルスハリヤは、棒立ちしたまま口端から煙を漏らす。
ぴくぴくと、蠢く肉片の山の上で、肩を怒らせた七椿は口を開ける。
「アルスハリヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! お主、ようも、妾の前に姿を見せられたものじゃなァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「相変わらず、五月蝿い醜女だな。人間を壊すしか能のない阿呆童子が。君には、美学というものがないのか。僕が丹念に用意して愛でてきた、人間どもを壊し続け、僕のお気に入りにまで手をつけようとする。
いやぁ、実に」
冷めきった笑顔を浮かべるアルスハリヤは、煙草の先端で七椿を指した。
「度し難い醜悪さだ」
「そっくりそのまま、お主に返すわ!! 幾度も、幾度も、幾度も、妾の邪魔立てばかりしおって!! 建久2年!! 妾の邪正昼夜の照魔鏡を盗み出し、陰陽道のクソガキなんぞに味方しおって、あんな石ころに閉じ込めたことは忘れておらんぞっ!!」
「あぁ、あの漬物石か。丁度良いところにあってね。薄汚い狐もどきを閉じ込めるには、手頃な粗雑さをもってたから気に入ってたんだ」
「殺ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおす!!」
鋭い鏡片を手に、七椿は突っ込んできて――
「「死ねぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」」
俺と七椿は、綺麗なクロスを描き、前方と後方からアルスハリヤを切断した。
「いや、待て、おかしいだろ」
当然のように、復元したアルスハリヤは、ふーふーっと息を荒げながら斬りかかった俺の刀を受け止めながらつぶやく。
「敵はあっちだ、あっち。なんで、僕を斬ってるんだ。七椿相手よりも殺意を剥き出しにするな。やめろ。視てみろ、七椿が引いてるぞ」
「…………」
唖然としている七椿の前で、俺は、震えながら必死で己を止めようとする。
「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 攻撃が吸い込まれるぅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!」
「まぁ、もう好きにしたまえよ(切断)」
思う存分、アルスハリヤを斬り裂いてから。
ようやく、正気を取り戻した俺は、すっきりと笑いながらアルスハリヤに謝罪する。
「ごめぇん!!」
「人を殺しておいて、爽やかに笑って謝ってくる。
君はそういう人間だよ」
「なんじゃなんじゃあ!! お主ら、味方同士というわけではないのか!! 勝手に殺し合うがいいわ!! 死ぬれ死ぬれ死ぬれ!! 虫螻どもは、勝手に互いを憎しみ合って自壊するがいいわ!!」
胴の周りに円圏素文鏡を滑らせ、廻し、手のひらをかざした七椿は光を溜めて――
「失せろ、虫螻ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
極大の光線が飛来する。
言葉もなく。
真っ直ぐに、俺は光線へと駆けていき、アルスハリヤは白煙で光線を歪める。
煙――否、霧に包まれた俺は、地上を滑り落ち、噴出した白霧に押されたまま刀を抜刀し――合流したアルスハリヤと共に、七椿の胴体へと十字の斬撃を刻み込む。
「がっ!!」
血反吐を吐き散らし、七椿は驚愕の表情で俺たちを見上げる。
「で、三条燈色くん」
投げ捨てられた煙草が、泥の中に埋まり――その火ごと消える。
「七椿はどうする?」
「わかりきってることを、いちいち、聞くんじゃねーよ。
それと、俺は」
アルスハリヤと肩を並べて、俺は、鞘に収めた刀の鍔を鳴らした。
「三条緋路だ」
「……では、三条緋路」
雨の降りしきる中。
俺の振るった刃光で、煙草に火を点けたアルスハリヤは微笑する。
「足を引っ張るなよ」
「こっちのセリフだ」
同時に――俺とアルスハリヤは、七椿の懐へと突っ込んだ。




