絡繰刀、七宝夜桜
基礎は、無銘の刀。
着想は、無名の血。
帰結は、無命の石。
魔道触媒器の構造を真似て完成した絡繰刀――『七宝夜桜』。
『七宝夜桜』の名は、原作でも登場する魔道触媒器から取った。
桜の柄をあしらった鞘には、七つの導体を装着出来る式枠があり、そこから伸びる導線は枝を模していて、魔力を流し込めば宵の桜が顕現するかのように浮かび上がる。
当然、俺の作った七宝夜桜は、名の基となった魔道触媒器とは全く異なる。
それは、ただの無骨で無銘で無機な鉄の塊だ。
潰した刃の代わりに導線が走り、その線は鍔口の圧縮機へと繋がっている。油圧式工具を模した鈎は、魔力の基となる宝石が装着出来るようになっている。
鈎状の圧縮機は、引き金を絞ることで作動し、無形極の要領で掻き集めた外部魔力を用い圧力駆動で宝石を押し潰し溶かし込む。
押し潰された宝石を引き金にして、鞘に刻んだ魔法陣を基にした古流魔法が発動する。この魔法陣は、鞘に刀を仕舞った状態で完成するため、魔法を発動する際には鞘に刀身を収めておく必要がある。
手で印を結ぶことでも、魔法陣の代替が可能だが、印による入力は精密さと速度と順序を要求され、高難易度であるため納刀状態での魔法陣による入力が好ましい。
導体と導線の組み合わせにより、ほぼ無限の選択肢がある魔道触媒器とは違って、溶かした宝石を導線に流し込み魔法陣を形成する絡繰刀には発動できる魔法に限りがある。
ただ、折れやすい日本刀を振るい続けるよりかは良いし、宝石に籠められた魔力を用いるので、使用者の魔力量に左右されない運用が可能だ。
俺は、左人差し指と中指と薬指を折り曲げ、小指を犬歯で切って血を流し――THORN――明赤色の光が迸り、結ばれたルーン印は血の供物を受け入れ、割れ落ちた紅玉が刀身に流れ込み赭色の刃と化した。
眼。
巨大な羊頭の怪異と眼が合って――俺は、刃を叩き込み――右の角が吹き飛んで、返す刃で左側頭部が廻りながら舞い上がった。
引き金。
目にも留まらぬ速度で、俺は刀身を鞘へと収めた。
納刀、入力、発動。
鍔が鳴る。
ちぃん……軽やかな音が鳴って、鍔口から流れ落ちた蒼玉の蒼血は、鞘へと垂れ落ちて――蒼白い光と共に魔法陣が完成する。
背後から、三体の鬼が迫る。
角を生やした奴らは、唾液を撒き散らしながら、俺へと棍棒を振り下ろし――同時――振り向きざまに、俺は、刀を抜き放つ。
抜――刀。
首が、飛ぶ。
蒼色の剣閃は、円を結んで、宙空に三つの首が上がった。
足元に落ちてきたソレを踏みつけて、俺は、絡繰刀を背負って引き金を引く。その度に、魔力によって圧された圧縮機は、鈍い音を立てて、桜花によく似た魔力の燐光を散らす。
「いやぁ、参ったな」
俺は、笑う。
「幸運の女神が、自ずから引き返してきて熱烈な祝福を浴びせてきやがるぜ」
混戦に陥った戦場を視ながら、不思議と冷静さを取り戻した俺は笑みを消す。
勝利の女神であれば、女性とキスして欲しいな……百合の守護者としてあるまじき発言をしてしまった……猛省しよう……。
俺は、正常に動作している絡繰刀を見つめる。
テスト段階では、動作に安定性がなかったが、この土壇場でまともに動くようになってくれたらしい。刃に血を流し込むことで、斬れ味が上がることから着想を得たが、意外と上手くいってくれたので儲けものだ。
俺は、レイリーが渡してくれた小袋の中の宝石を数える。
一、二、三……この宝石が尽きれば、絡繰刀はただのゴミになるわけで、予備の刀を拾っておく必要はあるだろう。
「ひっ……ひっ、ひっ、ひいっ……!!」
お護りのように、日本刀を抱えている中年の女性に近づき、俺はその懐からひょいっとソレを取り上げる。
「き、貴様!! なにをするかっ!! それは、貴様風情では指一本触れられぬ名刀ぞ!!
私を誰だと思っ――」
「老い先短いババア」
俺は、笑って、絶句する彼女にささやく。
「その汚ぇ目ん玉をかっ開いて、テメェがしてきたことを視てみろよ。現在、お前は自分が仕向けたことを体験している。親友を、恋人を、家族を、この国を、護ろうとして死んでいった英霊が目玉に焼き付けた景色を目にしている。
よく視ろ」
血塗れの俺は、両手を広げて、人と魔が殺し合う戦場を見せつける。
「お前が座ってた席からは視えない光景だ」
「…………」
震えながら、腰を抜かした彼女は、ぱくぱくと口を開閉する。
三日月の形に口が裂けた一つ目の坊主が、笑いながらこちらに駆けてきて、彼女は悲鳴を上げて俺の足に縋り付く。
「た、たすけてっ!! いやだっ!! し、死にたくない!! たすけて!! たすけて、たすけて、たすけてっ!!」
「……俺は」
しゃがみ込んだ俺は、目線を合わせて微笑む。
「聞けなかった……ココに来た時には、屍体の山の上にいた……誰も救えなかった……誰の『たすけて』も聞けなかった……俺の愛する百合が……テメェのクソみたいな裁量で……幾つ、失われたと思ってる……己はなにも求めず、他者の命のみを求めた連中が……何人、死んだと思ってる……」
「謝る!! 謝る、謝る、謝る!! 幾らでも謝罪する!! え、エスティルパメントに連れてこられたんだ!! わ、私は!! 私は、間違えていた!! 頼む!! たすけてくれ!! 頼む、頼む、頼むッ!!」
涙と鼻水にまみれて、みっともなく懇願する彼女の手を振り払い――俺は、名刀とやらを放り投げる。
両手で受け取って、彼女の顔が絶望に歪む。
「コイツは」
俺は、親指で己を指した。
「コイツは……きっと、『たすけて』なんて言わなかった……言えなかった……たったひとりの……たったひとりの大切な人を……護り通そうとしたんだ……ただ、塀の外から見守り続けた女の子のために……命を懸けた……」
一つ目の坊主は、満面の笑みで、血で塗れた両手を彼女へと伸ばす。
「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! たすけてぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
絶叫が響き渡り――『ヒロさん』――声が聞こえて、振り返った俺は、抜刀と同時に一つ目を真ん中から断ち切った。
血の飛沫が上がる。
生暖かい血に塗れて、真っ赤に染まった彼女は呆然と涙を流した。
俺は、その姿を見下げ――叫ぶ。
「戦えッ!! テメェでテメェの命を拾ってみせろッ!! 自分の命くらい、自分の命を懸けて護り通してみせろッ!!
わかったかッ!?」
「わ、わかった……わかったわかったわかった……」
絡繰人形のように、こくこくと首を上下させた彼女は、おっかなびっくり刀を引き抜いて近くの軍人の下へと駆けていった。
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
悲鳴が聞こえてきて。
顔を上げると、全速力で逃げるアステミルと、彼女を笑顔で追いかけるエスティルパメントが目に入ってくる。
「誰の面が厚すぎて、剥いても剥いても出てこないつったァ……?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! 若気の至りです若気の至りなんです若気の至りゆえの愚行なんです!! 我が師よ、どうか、その怒りを収め給え!! コレは、あの、アレなんですっ!!
私ではなくて――ぁあっ!! 丁度良いところに!! サンジョー、たすけてくださいっ!!」
「…………」
既に、地面に倒れ込み、死体のフリをしていた俺は秒で未来の師を見捨てる。
「アステミル、てめーの面の皮は何枚まで剥けるんだろうなァ……?」
「私は最強!! 最強!! 最強!! 逃げ足もまた最強!! ゆえに捕まらない!! 生き残る生き残る生き残るッ!! このカルイザワ決戦を生き延びて、自伝を書くことにしましょう!! タイトルはそう!! 『アステミル最強伝~秒で見捨てられても最強~』!! コレは売れますね!!」
「秒で死んでも最強と言えるか試してやるよッ!! オラァ!! 死ねぇ、ろくなことしねークソ弟子がァ!!」
「ホップ・ステップ・ストロンゲストォッ!!」
俺は、立ち上がり、鬼ごっこを楽しんでいる師弟を眺め、エスティルパメントに追いかけられてあそこまで余裕があるのは、若気の至りでノリにノッている師匠くらいのもんだろうなと思った。
「……助手、助手、助手」
大砲まで持ち出してきた軍人の横で、宝石を節約するため戦場に落ちている無銘刀で、怪異共を切り払っていた俺は足首を引っ張られる。
怪異の死体の山から、息魔の魔導書と一緒に、ルミナティはひょっこりと顔を出した。
「調子はどうだい?」
「そんな、盆と正月にだけ会う親戚の叔母さんみたいなことを戦場で言われても……」
「エスティルパメントが、目障り気障り耳障りの三冠王を追いかけているせいで、七椿が暇をしてしまっている……息魔の魔導書を取り憑かせるには、もう少し弱らせなければ……上手いことエスティルパメントを惹きつけるぞ……」
「須らく同意。
下手すると、妾ビーム撃たれておしまいだしね」
「あんなもの撃たれたら、我々は死んでしまうからな。そうなったら終わりだ」
わっはっはとふたりで笑い合っていると、瓦礫の中から人影が飛び上がる。
五衣唐衣裳を揺らしながら、天に下り立った七椿は、円圏素文鏡を眼前にセットしハートマークを両手で作った。
「皆々様~? 妾、じゃぞぉ~? 盛り上がっとるかぁ~?
ゆっくぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 妾・ビィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ――」
「「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 終わったぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」」
俺とルミナティは、泣きながら絶叫し抱き合って――爆炎――七色の閃光が七椿を包み込み、ハートマークが黒焦げになる。
「妾の命……こわれちゃった……」
魔人の眼下。
金と銀の龍人を引き連れた老獪な龍、オルゴォル・ビィ・ルルフレイムは、愉しそうに笑いながら指輪を揺らした。
「ふはっ、ひひっ、けらけら、おまぇ、こんな場所まで『翼の代価を払うから取りに来い』などとオレを呼び寄せて……魔人とかち合わせるとは……けらけら……やはり、おまぇ、全身のネジが外れているなぁ……?」
龍は、人を視て笑う。
「さんじょぉ、ひろぉ……?」
「よっしゃぁ!! まんまと呼び寄せられた助っ人ゲットぉ!!」
「……絶対に、何時か殺されるぞ、君」
まんまと呼び寄せられた助っ人は、牙を剝き出して笑いながら次弾を番えた。