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封じる者と封じられる者

 薄暗い物置小屋。


 そこに置かれた四つの席には、種族も身分も意思も超えて、カルイザワ決戦に臨む者たちが腰を下ろしていた。


「万鏡の七椿が来る」


 レイリー・ビィ・ルルフレイム。


「ふむん、改めて策の細部を確認する必要があるな」


 ルミナティ・レーン・リーデヴェルト。


「最強の私以外にとっては、長く苦しい戦いになるでしょうね」


 アステミル・クルエ・ラ・キルリシア。


「ようやく、楽しい決戦の開幕だってわけだ」


 三条緋路。


「ヒロさん、あーんしてください。あーん」


 ロザリー・フォン・マージライン。


「「「「…………」」」」

「あーん、お口開けてくださーい。あーんですよ、あーん」

「……ちょっとTIMEで」


 俺は、自分の膝に乗っているロザリーに微笑みかける。


「今直ぐ、下りろ小娘。

 あのね、俺たち、真面目に会議をしてるわけよ。視てみ、皆、真剣な顔してるでしょ? これから、命を賭したカルイザワ決戦に臨むわけなのよ? あーんとかじゃないのよ、あーんとかじゃ?

 だから、お前、やめろって!! 口にぜんざいを押し付けるんじゃねぇ!! あんこで、ベタベタになっちゃうだろうがァ!!」

「お断りいたします!!」


 俺の膝の上で、ロザリーは元気に笑う。


「このロザリー・フォン・マージライン!! 先日、ヒロさんに教えてもらった『あーん』なる妙技を身に着けるまで死ぬに死ねません!! もっと、いちゃいちゃしたいです!! よろしくお願いします、ロザリー・フォン・マージラインです!!」

「三条緋路の言う通り、私は、主戦派の連中を止めようとはしなかった……当初の計画通り、ハーメルンの笛吹き男よろしく、奴らは帝都からカルイザワへと七椿を連れてくる」

「俺、このまま話進めんの!?」

「さて、本日、この場を取り仕切らせて頂くのは天才たる私しかあるまい。

 ふふん、諸君、改めて、計画を整理しようではないか」


 偉ぶって、胸を反らしたルミナティは、ぶんぶんと人差し指を振り回す。


「我々の七椿封印計画における最大の障害は、エスティルパメント・クルエ・ラ・ウィッチクラフト。

 ヤツの目的は、我々と同じ七椿の封印だが……その趣旨は少々異なる」

「我が師の言うところの封印とは、エンシェント・エルフに代々伝わる特殊な魔道具アイテムを用いた封印術のことをします。

 永柩の葬具(メメント・モリ)と呼ばれる棺桶を模した魔道具アイテムの中に、魔人の魔力を封じて撹拌し精神体そのものをい交ぜにします。一度、閉じ込められれば出てこれないとされていますが、我が師は封印そのものは完璧にこなすものの、その管理に情熱を傾けていないので……正直、この封印は数十年と持たないでしょう」


 とんとんと、ルミナティは椅子の腕置きを指で叩く。

 

「ふむん、要するに、エスティルパメント・クルエ・ラ・ウィッチクラフトはこの世界の味方とは成り得ないわけだ。

 ただ、魔人が現出した際に現れる体の良い機構システムのようなものか」

「エスティルパメントの焦点は、被害を最小限に抑えるためじゃなく、世界が滅びないところにあるってわけだ。残念ながら、あの暴力の台風みたいなエルフは、魔人の敵ではあるが人類の味方ってわけでもない」

「念のために言っておきますが、私は最強ゆえに人類の味方ですよ。

 強者は弱者に寄り添い、時に厳しく時に優しく、慈母の如く愛を注ぐものです……あの、私も、ぜんざいもらっても良いですか? 大盛りで、溢れんばかりに、慈母の如く愛とあんこをたっぷり」


 半人半魔の従者たちから、ぜんざいを受け取り、自称最強のエルフは甘味に舌鼓を打つ。


 コイツ、甘いモノのために人類の味方してるんじゃないだろうな……そう言いたくなるくらいに、大正時代の師匠は、幸せそうな顔でぜんざいを食べていた。


「肝心要の要点はひとつだ」


 レイリーは、長い指と爪を立てる。


「どうやって、長耳のバケモノを止める?」

「「「…………」」」


 俺たちは、一斉にアステミルを見つめる。


「貴方たちは、ぜんざい一杯で暴風域に突っ込んで台風を止めろと言うつもりですか!? この可憐な美少女エルフに対して!? 裸一貫、この身ひとつで人災に抗えと!?」

「……もう一杯食べる?」

「一杯、増えたくらいで止めてたまりますか!! ぜんざい二杯で台風が止まったら、あんこ業界は比類なき躍進を遂げてますよ!!」


 俺の首に両手を回し、ニコニコしているロザリーの顔を避けて、俺はニヤつきながらささやいた。


「なぁ、前提を間違えてないか?」

「……なに?」

「別に止める必要はねーだろ」


 俺は、笑う。


「漁夫の利だ、横から掻っ攫えば良い」

「ふっふっふ、さすが、我が助手だよ……灰色の脳細胞を持つこの私も、その意見に同意する……なにも、我々は、エスティルパメント・クルエ・ラ・ウィッチクラフトを止める必要はない……むしろ逆だ……人は人、病は病、魔は魔……」


 俺とルミナティは、ニヤリと笑って同時に言った。


「「バケモノはバケモノ」」


 足を組んだレイリーは、苦笑する。


「あの計画を実行に移して、その上でバケモノ同士をぶつけ合わせるつもりか。

 正気の沙汰とは思えない。貴様ら、カルイザワを焼け野原の舞台にして『魔人対超人』で興行でも起こすつもりか?」

「シェイクスピアの舞台を眺めて、観客がハムレットの狂気に呑まれたりするか?

 舞台は舞台だ……客席から犠牲を出すつもりはねーよ。107年後のハッピーエンドに向けて、脚本は既に書き下ろされてるんだ。コレ以上、暴れ回るクソガキのせいで、咲かなくなる百合を増やすつもりはないんでね」

「……演者の変更は出来ないんですかね」


 アステミルは、ため息を吐いて、それから笑みを浮かべる。


「だがしかし、演者以外、その脚本は気に入りました。特にハッピーエンドというところが良い。生来、バッドエンドは嗜まない性質たちでしてね。

 というか、私ぃ? 強すぎてぇ、あのぉ、ハッピーエンド以外ぃ? 視たことないんですけどねぇ? この気持ち、わかりますぅ? たは~、あ、すみませぇん、一般の人にはわかりませんよねぇ~?」

「お前、もう、黙ってあんこ食ってろよ」


 素直な性質たちなので、無言で、アステミルはあんこを食べ始める。


 そんな姿を眺めながら、俺は思考を巡らせる。


 万鏡の七椿が来る。


 ありとあらゆる思惑が混じり合い、カルイザワでの決戦が始まろうとしている。


 それはつまり、この時代から……三条緋路の肉体から、俺は抜け出し、元の時代に戻らなければならないことを示していた。


「ヒロさん」


 最近になって、よく笑うようになった――ロザリー・フォン・マージラインは、不安ひとつない笑顔で言った。


「七椿を封じたら、いっぱい、デートをしましょうね!」

「…………」


 この時代から消える前に。


 少なくとも、この子には、伝えておかなければならないだろう。


 俺は、手燭の向こう側、窓を透かした先にある月夜を見上げて、なにも語らない夜の女王へと目を向ける。


 きっと、天にそびえるこの月だけが――戦いの結末を知っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 辛いなぁ……辛い、ロザリーのその笑顔が辛くてしょうがねぇよ
[良い点] さすがロザリー・フォン・マージライン! ポンコツ可愛い。そして師匠ウザ可愛い。
[一言] バケモンにはバケモンをぶつけんだよ!
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