天命巡りて、命運打たれる
「魔力欠乏症の……解決……?」
唐突に。
己に巣食った宿痾を解決すると言われ、戸惑うかのようにロザリーは目を瞬かせた。
「治るのですか……コレ……?」
「治る」
鹿撃ち帽の角度を調節しながら、ルミナティは断言する。
「なぜなら、私は稀代の天才で名探偵、この世に解き明かせない謎はひとつもない。
ふふん、探偵に重要視されるのは観察力なのだよ観察力。茫漠とした時に流され、傍若とした日々を暮らし、暴虐の限りを尽くす君らでは捉えられない幾億もの情報と手がかりが、私という名の天才を次代の超才へと至らせるわけだ」
「凄い、ルミナティさん、叔母様そっくり……試しに叔母様の霊が憑依したヒロさんを隣に並べたら、見分けがつかなくなってしまいそうです」
「…………」
「試しに叔母様の霊が憑依したヒロさんを隣に並べたら、見分けがつかなくなってしまいそうです」
「…………」
「試しに叔母様の霊が憑依したヒロさんを隣に並べたら、見分けがつかなくなってしまいそうです」
「ごほん、ごほん。
わたぁ(裏声)、わたぁしぃはぁ(裏声)、きだぁいのてんさいどぅぇどぅえ(ビブラート)、めいたんて――」
「ヒロさん、叔母様を侮辱しないでください」
「死者への冒涜だぞ、やめろ。急にふざけるな、今、真面目な話をしてるだろ」
「……すぞ」
どうやら、ロザリーとルミナティにとって、死者への手向けとはこういう類のモノを言うらしく、彼女らはくすくすと笑ってから俺に謝罪をした。
「あの、ロザリー・フォン・マージライン、素直な質問を口にしてもよろしいでしょうか? その、ロザリー・フォン・マージライン、口溶け軽やかに問うても良いでしょうか? かの、ロザリー・フォン・マージライン、口当たり爽やかに疑義を投げかけても?」
「自己アピール、つえーんだよマージライン家はよぉ!? とっとと、話せや、肉体病弱精神屈強お嬢様がよぉ!! ロザリー・フォン・マージライン、ロザリー・フォン・マージライン、ロザリー・フォン・マージライン!! そのやかましさ、当選確実だろうがッ!!」
「なぜ、ルミナティさんは、わたしの魔力欠乏症を治療してくれるんでしょうか……?」
「君の叔母は、魔力欠乏症で死んだ」
ルミナティは、微笑んで夜空を仰いだ。
「私は、謎を解きたいんだよ……彼女が遺した謎を……でも、本来であれば、この謎は彼女が解くべき謎だった……助手が謎を解き明かすなんて変だろう……だから、私は、君には生きて……君が抱いている謎を己自身で解いて欲しい……それだけだ……」
脱いだ鹿撃ち帽で、己を煽ってから彼女は微笑む。
「それに、治すとは言っても、君を治すのは私ではないよ」
ルミナティ・レーン・リーデヴェルトは、真っ直ぐに、ロザリーの胸の中心を指で指して笑った。
「魔力欠乏症の治療方法は……その謎は、君自身が解け。
そして、己の命を己で救うんだ。マージライン家に巣食う悪魔を、私の親友を殺した病魔を、君の心底に根付いた宿魔を、生涯を懸けて解き明かし、マージライン家の血を繋いでいけ。
それこそが」
風が吹く。
吹き付けた突風が、ロザリー・フォン・マージラインの全身を煽り、彼女の金色の髪がぶわっと宵闇に広がった。
「君の使命だ」
「わたしの使命……命……叔母様が繋いだ命……」
ゆっくりと。
ロザリーは、目線を下に向ける。
その視線に付き従うかのように、闇を惑った緑色の光が、一輪の花に止まって――ぽうっと、光り輝いた。
輝いた野花の一輪が、ロザリーの瞳の中で――息衝く。
「わたしは……上手に生きられるでしょうか……この花のように……誰かの目の中で、咲くことが出来るのでしょうか……治る……この病気が治るとしたら……わたしは……わたしは……」
「治る」
言い切って。
ルミナティは、口に咥えたパイプを揺らした。
「君は生きるんだ、ロザリー・フォン・マージライン。
病魔は魔人で打ち倒す……人は人、病は病、魔は魔……人は人と殺し合い、病は病で作られる免疫で死に、魔人は魔法で滅ぼされる……同じモノをぶつけ合わせて対消滅させるのが世の習わしというものだよ」
煙の裏側で、ルミナティの瞳が怪しげに光る。
「万鏡の七椿を……禍の魔人を生命維持装置に変える。禍を転じて福と為し、殃い変じて祝いと称する。大禍時は我らが勝機、将器をもって大天時とする。
息魔の魔導書を使って、魔人の魔力を吸い込み吐き出し、その魔をもってマージライン家の病魔を魔殺する」
そっと。
天命であるかのように、ひとつの命が――ルミナティの指先に止まる。
「マージライン家の宿痾を打倒するのには時がかかるだろう……膨大な時間と魔力が……否、命が必要だ……そして、その魔力を……命を賄えるのは……散々に命を散らし、惨々に命を惨い、燦々に命を燦かせてきた魔人しかいない……百と七年、じわじわと、じっくりと、じくじくと、魔力を吸い取り吐き出し、魔の牢獄に捕らえてやろう……人間は未来に向かうが、魔人は未来に対向する……ようやく……ようやく、魔人に命を教えてやる時が来た……命は……」
命が、静かに飛び立って。
ゆっくりと、物言わず、闇の中へと消えていき――ルミナティの瞳が輝く。
「呼吸する」
インバネスコートを揺らしながら、ルミナティ・レーン・リーデヴェルトは緩慢に口端を曲げる。
「悪いことは言わない、少年よ。
私の助手として、これから成し遂げる一大事業に参加し給え。君と私はそうなる運命なのだからね」
聞き覚えのあるセリフ――俺は、ニヤつきながら問いかける。
「一大事業?」
ルミナティは顔を突き出し、微笑みながらささやいた。
「魔導書の」
微笑んだ彼女は、足元の犬の背を叩く。
「養殖だ」
俺は、思わず、天を仰いで――笑った。




