素敵な恋になりますように
第一に、俺は、百合の守護者である。
百合の守護者たるこの俺が、自身が男であると認識しながらも、彼女の恋人として名乗りを上げるのは……ルール違反だ。
だが、現在、俺が間借りしているこの身体の持ち主は三条緋路であり、もし彼が生きていてロザリーから同様の相談を受けたとすれば、喜んで恋とはなんとやらと教えを口にしたことだろう。
俺は、三条緋路のために戦うことを誓い、彼の『ロザリーを護る』という願いを果たすために全身全霊を尽くすつもりだった。そうであるならば、俺は、彼女の願いを受け入れるべきだろう。
しかし、受け入れれば俺の脳は破壊される。
おかしくないか。
我が天国である百合ゲー世界に転生したにも関わらず、尽く、俺の脳が破壊されているこの現況はおかしくないか。お遊び感覚で人の脳を破壊してくる地獄の使者がいない現在、大切な脳は厳重に保全されて然るべきじゃないのか。
「…………」
「…………」
いや、だって、この空気で断れるわけなくない?
つーか、俺、婚約者だの恋人だの、何人作れば気が済むんだよってくらいいるよね。
白髪メイドから始まって、殺し合ったアイズベルト家の天才様に、未来ではニューフェイスの金髪縦ロールが待ってるってなんだよ。アホか。盛りすぎだろ。『俺、大正時代に恋人いるんだよね(笑)』ってか。おもしれーな、○ねヒイロ。
「…………」
「…………」
そもそも、俺、ロザリーのことをむざむざ死なせるつもりないし……お嬢が話してたけど、貴女、元気に長生きしてらっしゃるよね……そうしたら、俺がココで頷いたら、ただ百合と脳を破壊するだけにならない……?
「…………」
「…………」
もう、コレ、『YES』以外認められない感じだよね? 酷くない? 自分で自分の脳を破壊しろって? 死刑囚ですら執行人が介錯してくれるのに、俺には顎で切腹を申し付けるの不平等にも程がありませんか?
「…………」
「…………」
ちくしょう、なんで、俺は真顔をキープしたままシリアスな雰囲気を醸し出してるんだ。真顔キープ罪か。無意味にえげつない罪状を申し付けやがって。
「……申し訳ございません」
ぐすっと、鼻を啜ったロザリーは笑みを浮かべる。
「やはり、わたしなんかと恋人の真似事なんて嫌で――」
「教えちゃおっかなぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
俺は、号泣しながら、咆哮を上げる。
「恋のいろは、一から十まで、嫌ってなるくらいに教えちゃおっかなぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!? ラブラブ、イチャイチャ、フォーエバー、教えちゃおっかなぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
「ヒロさんっ!」
両手を組んだロザリーは、ぴょこぴょこと身を弾ませながら笑う。
「ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます! 大感謝、大感激、大感動のロザリー・フォン・マージラインです!! 恋とは愛とはラヴとはなんなのか、じっくりゆっくり、手ほどき頂きたいロザリー・フォン・マージラインです!! 皆様、ご機嫌よう、ロザリー・フォン・マージラインです!!」
「ぴーちくぱーちく、まるで、選挙カーみてぇな女だなァ!?」
「せんきょ……かぁ?」
小首を傾げるお嬢様の前で、俺はポーズを決める。
「いいか、マージライン家のロザリーさんよ、俺はやるといったらやる男だぜ。妥協も遠慮も休憩も一切しねぇ。(女性同士の)恋愛マスターとまで呼ばれたこの俺が、初心なお嬢様にありとあらゆるラヴを叩き込んでやる」
「わー、ぱちぱちー」
ロザリーは、満面の笑みで、お嬢様らしく控えめな拍手を送ってくる。
俺は、そんな愛らしい姿を見つめながら、息も絶え絶えに思考を巡らせていた。
命を……命を救わなければ……早いところ、ロザリーの命を救わなければ……俺の命が危ない……脳が壊れる……『未来から来た人型ユリスキーだけど、あんた、ものごっつ長生きしとるやん(笑)』とか言っても信じてくれないだろうし……とっとと、ロザリーの病気をなんとかして速攻で『恋愛ティーチャー編』を終了させなければ……特に関係ないが、アルスハリヤ、テメェだけは殺す……!!
ロザリーに背を向けて、荒らげていた息を整えた俺は振り返る。
「では、ロザリーくん、まずは恋人同士の初歩の初歩、初デートで早々に会話デッキを使い切り沈黙するしかない気まずい感じを習得しようじゃないか」
「はい、先生! はい、先生!! はぁい、先生!!」
「はい、そこの人の話を聞くことも出来ない喧しい劣等生」
「それよりも、わたし、接吻を教えて頂きたいです!!」
「このドスケベがァ!!」
俺は、拳が割れんほどの勢いで机を殴りつける。
「このッ!! ドスケベがァ!!」
「どすけ……べぇ? どなたですか……?」
「無知を装う婬験あらたかなお嬢様がよ!! 恋愛ド素人が、接吻なんぞ1億年早いわッ!! 男女の接吻は悪しき文化!!(悪しき文化) 女女の接吻は善き文化!!(善き文化) 脳を護るために、女の子同士のキスを毎日摂取するように心がけよう!!」
「わー、ぱちぱちー」
「己の醜悪さを自覚させられるから拍手しないで」
「男女の接吻は悪しき文化とのことですが、恋験あらたかな先生は、女性と接吻したことがないのでしょうか?」
「(本日の授業はココまで、解)散ッ!!」
日本のNINJA漫画で身に着けた高速移動で煙に撒こうとした俺は、当然のように笑顔のロザリーに捕まる。
「まだ、始まったばかりではありませんか。ささ、どうぞ、ゆったりとお寛ぎください。現在、お茶とお縄を持ってきますから」
「歓迎と捕縛のダブルコンボに奥ゆかしさを感じる……」
「ふふふ、ヒロさんったら。
冗談に決まっ――」
勢いよく、ロザリーは蹲り……にっこりと笑って、顔を上げた彼女の口の周りは真っ赤に染まっていた。
「ヒロさん」
近寄ろうとした俺を牽制するかのように、彼女はか細くささやいた。
「楽しいですね……とても楽しい……わたし、ヒロさんのことなら、ちゃんと好きになれる気がします……そして、恋を知って……可愛い着物を着た女学生のように……茶屋で恋の話をできるでしょうか……ふふ……」
「…………」
「もっと、早く」
彼女は、悲しそうに微笑する。
「ヒロさんと会いたかったな」
俺は、微笑んで、彼女のことを毛布で包む。
「そんな心配すんな、病気は治るよ、俺が保証してやる。残念ながら、あんた、他の人と同じようにしわくちゃの婆さんになって布団の上で死ぬんだ。家族に看取られてさ、俺のことなんぞどうでもよくなるくらいにたくさんの恋も経験するだろうよ」
「もし、病気が治ったら」
ロザリーは、咳き込みながら必死で笑う。
「しわくちゃのおばあちゃんになっても、わたしの傍にいてくれますか?」
「…………」
「約束してくれるなら、ちょっとでも長生き出来るように頑張っちゃいますよ」
ぎゅっと、握り拳を作ったロザリーの両手は震えていて。
もし、ココで、俺が『それは無理だ』と言えば、彼女の息の根を止めることになりかねないような気がした。
だから、俺は、その手をぽんぽんと叩いて嘘をつく。
「約束するよ」
「ふふ、ありがとうございます」
自分が死の運命から逃れ得ないと知っている彼女は、冗談だと言わんばかりに笑ってから立ち上がる。
「わたしの恋が」
陽の光を浴びながら。
毛布をかぶった彼女は、くるりと、着物の裾を翻し笑った。
「素敵なものになりますように」
「なんだそりゃ」
「おまじないですよ、おまじない。このロザリー・フォン・マージライン、ほんの少々、感傷に浸ってしまいたくなる年頃なんです。
だから、ね、ヒロさん」
ヴェールをかぶった花嫁のように。
はにかんだロザリーは、綺麗な金髪を揺らしながらささやいた。
「わたしのおまじない、叶えてくださいね」
俺の答えは聞かずに。
咳をしながら、ロザリー・フォン・マージラインは物置小屋の外へと消える。
「…………」
立ち尽くした俺は、じっと、天井を眺め続けて――いつの間にか、出入り口付近の台に藁人形が置かれていた。
ぎぃっと、音がして。
見慣れた鹿撃ち帽が、こちらを覗き込む。
「話をしても……良いかな?」
微笑んで、俺は、ゆっくりと頷いた。




