カルイザワとアーカイブ
「エスティルパメント・クルエ・ラ・ウィッチクラフトと接触したぁ!?」
机の下から、顔を出したルミナティ・レーン・リーデヴェルトは大声を上げる。
いつも通り、狭苦しい事務所内には本と資料がうず高く積もり、ホコリ舞い散る雪化粧を纏っていた。
そんな事務所内を這いずり回るものだから、膝と肘が真っ白になるのは当然のことで、ホコリ塗れの彼女は咽ながら立ち上がる。
「つまり……君は、昨夜の災禍の真っ只中でワルツでも踊ってたのか?」
「ダンサブルなアレンジを加えて」
肘と膝で体重をかけて、破れている鞄へと自分の衣服を無理矢理詰め込もうとしているルミナティはぽかんと口を開ける。
「よく生きてたもんだ……どの新聞社でも、一面を飾っているのは昨夜のエスティルパメントと七椿の接触のことだよ」
「生きてはいますが、無事ではありませんけどね」
俺は、包帯でぐるぐる巻きの額を指し、ルミナティから新聞を受け取る。
「封印執行者はどの組織にも団体にも個人にも属さないとされているのは常識だが、古往今来、政府とメディアの癒着は常にしてあるものだ。視給えよ。各紙、エスティルパメントを日本政府の犬であるかのように取り扱っている」
「つまり、七椿を追い払ったのは政府の手柄だと?」
インバネスコートの汚れを払ってから、彼女は肩を竦める。
「何時ものことだよ、今朝の目玉焼きが双子だったのも日本政府のお陰様だ。
まったく、昨晩から情報網を通じて入ってくるネタが忙しすぎる……数日もすれば、また、差別主義者どもが大騒ぎするぞ……裂け目から溢れてくる異邦人も、更に肩身が狭くなるだろうな……そこら中できな臭い動きがあるし、異界を逆恨みしている連中が組織化して動き始めたらもう止められんぞ……」
ブツブツ言いながら、ルミナティは鞄に藁太郎をブチ込む。
「というか、さっきからなにしてるんですか?」
大きな音を立てながら、慌ただしく棚を開けたり古書のページをめくったり保存食を入れたり、荷造りをしているらしいルミナティに俺は問いかける。
「なにって……帝都を出るに決まっているだろう? 名探偵でなくとも、この先、ココに未来はないことはわからないもんかね?」
「帝都を出てどこへ?」
ルミナティは、バタンと本を閉じてささやく。
「カルイザワ」
ゆっくりと。
俺は、眼を見開いて息を呑んだ。
「なんで、カルイザワに?」
「魔導書養殖だよ、魔導書の養殖。
ふふん、名探偵の慧眼光ると言ったところか。実は、魔導書とカルイザワには大いなる繋がりがあることがわかったのだよ」
俺にインバネスコートを押し付け、薄着になったルミナティは安楽椅子に座り込む。
「大圖書館とカルイザワは、裂け目を通じて繋がっている」
「大圖書館……鳳嬢魔法学園の……?」
「なに? 鳳嬢魔法学園? なんだ、どこの話をしているんだい?
大圖書館は、大圖書館だよ。帝都の知識と記録と歴史の集合体、私が『魔導書』と呼んでいる魔的要素をもった危険管理物を収納管理し、災禍を招かないための隔離設備だよ」
考えてみれば、この時代に鳳嬢魔法学園が存在しているわけがない。
大正二年は、ようやく、魔法士の有用性が認められてきたタイミングなのだから、この時期に魔法の取り扱いを学ぶ教育機関が現れるわけもない。
元々、大圖書館は別個の設備として存在しており、後に鳳嬢魔法学園へと併合されたのか。
「私は、帝都に幾つかの手足を持っている。独自の調査機関で、名探偵である私に忠誠を誓ってくれているわけだよ。ふふ、凄いだろ」
リーデヴェルト家の従者か。
ルミナティには金も縁もあるようには思えないし、名探偵とか嘯いてるがただの自称だし、朝食の双子の目玉焼きは自分ひとりで食いやがった人非人なので、彼女が手足として使える人間がいるとすればリーデヴェルト家の従者くらいしかいない筈だ。
「で、その、リーデヴェルト家の従者はなんて?」
「は、はぁ!? り、リーデヴェルト家の従者ではないが!? ど、独自の調査機関なんだが!?」
「はいはい、独自のリーデヴェルト家、独自のリーデヴェルト家」
「ご、ごほん、ともかく、我々の調査によれば大圖書館にはカルイザワ直通の通路が用意されている。異界の民の仕業だ。格の高い半人半魔は、儀式をもって裂け目を通路として変容させている」
現代でも、大圖書館とカルイザワは繋がっていた……次元扉として整備され、フレアや黒砂といった一部の人間のみがその存在を知っていたようだが……この時期から通路は存在していたのか。
「君の質問を先取りしよう――なぜ、大圖書館とカルイザワは繋がっているのか?」
名探偵らしく。
鼻高々に俺の疑問を看破したルミナティは、パイプを咥えてぶらぶらと揺らす。
「隠れ蓑だ」
彼女は、くぐもった声でつぶやく。
「カルイザワで戦争が起きるぞ」
カルイザワ決戦――その予兆を感じ取っていたらしいルミナティに驚きつつ、徐々に、その裏に潜んでいる絡繰が視えてくる。
「質問しても?」
「どうぞ」
「大圖書館は、危険物としか言いようのない魔導書を収納管理する設備……であるならば、一般人の立ち入りが禁じられていたりしませんか?」
「その通り。管理者以外の立ち入りは禁じられている」
「……異邦人か」
俺は、片手で顔を覆ってささやく。
「カルイザワには大量の裂け目が存在している……そこで通路を生み出し、一気に異界の同族を招き入れて攻勢をかける……そのために、大圖書館とカルイザワが繋がっている裂け目を通路化した……大圖書館は隠れ蓑だ……一般人の立ち入りが禁じられているのであれば、すべて、秘密裏に行動を行うことが出来る……」
「驚いたな、君も名探偵になれるぞ」
「大圖書館の管理者は……?」
「ロザリー・フォン・マージライン」
鹿撃ち帽を指で押し上げ、天井を眺めながら探偵は言った。
「マージライン家のお嬢様だ」
「……ロザリーじゃない」
俺は、頭の中に、マージライン家に匿われている半人半魔の従者たちのことを思い描く。
「近々、大圖書館の管理権を鳳皇家に受け渡すという話にはなっているらしいから、事が起こるとすればその前だろうね」
「俺が、半人半魔の一員だったら」
線と線が結びつく。
「その戦争に魔人を結びつけて利用する」
「仰られる通り、何らかの手段で万鏡の七椿をカルイザワに誘き寄せて暴れさせれば、効率的に低予算で第二の帝都を生み出すことが出来る。そこにエスティルパメント・クルエ・ラ・ウィッチクラフトまで加われば、想像もつかないようなお祭りになるだろうね」
未来では、まるで魔人対人間として語られていたカルイザワ決戦が、実際には異人対現人の争いであったことが明白になり薄汚い図式として描かれる。
「で、ミス・ルミナティ」
「先生」
「……先生は、なんだって、そんな死地に自ら飛び込むような真似を?」
「簡単な話だよ、助手くん」
くるんくるん、人差し指を振りながら彼女は得意気に口を開く。
「大圖書館の魔導書をカルイザワに運ぶためだ。
そして」
机を叩いて、名探偵は宣言する。
「カルイザワのダンジョンで魔導書を養殖する」
おいおい。
俺は、片手で頭を抱える。
過去と未来が、こう繋がるのかよ。
「つまり、先生は、大圖書館から魔導書を盗もうとしているわけですね? 大圖書館とカルイザワが通路で通じていることは、盗難という観点では非常に都合が良いわけだ」
「まったく、人聞きの悪いことを言うね君は。
図書館というのは、本を貸し借りするところだろう? 借りるんだよ借りる、ちゃんと増やして返すに決まってるだろう」
「貸し借りってのは、互いの合意をもって成立するもんでしょ」
「いいかい、助手くん!! コレは正義の戦いなのだよ!! カルイザワでの戦争に魔導書が利用されたらどうするんだ!! その前に、この私が、魔導書の保管に適しているダンジョンに移し貴重図書を保護してやろうという話だよ!! 推理完了!!」
「さすが先生、頭と屁理屈が良く回る」
こうやって、ルミナティはカルイザワを活動拠点として、各地のダンジョンに大圖書館の魔導書をばら撒くことになるわけだ。お粗末な歴史で結構。
しかし、何時聞いてもはぐらかされるが、ルミナティはなぜ魔導書の養殖なんぞをしようとしているのか……現状、主戦派のリーダーとして魔力を増やすためとか、そういう意思は感じられないが……。
まぁ、答えの出ない命題について考えても仕方ない。
俺は、ため息を吐いて、事務所の出口へと向かう。
「こら、助手くん、どこへ行こうというのだね!? 偉大なる名探偵の手助けをするのは助手の役目だろう!! 共に大圖書館潜入計画を考えようじゃないか!! 我々の正義のために!!」
「その正義のためにすべきことがあるんですよ」
俺は、振り返ってニヤリと笑う。
「ようやく、俺の都合の良いように運命が回り始めたんでね……幸運の女神の後ろ髪を掴み損ねないように……未来の顔馴染みに会って来ますよ」
「未来の?」
ルミナティからの問いかけには答えず。
俺は、扉を開けて、事務所の外へと出て行った。




