白熱、魔導書バトル!!
下層へと進む度に。
宙空を漂う文字の量が増えてきて、接触する魔導書の格も上がってくる。
また、要救助者と脱落者も増えていき、物資の数も削られていって、気付いた時には人数は半数以下にまで減っていた。
「黒砂、『喜悦道化の魔導書』、また来たよ」
残った少数精鋭の俺たちは、既に魔導書にも慣れきっており、黒砂はバウンドしてくる道化の頭を魔導書で弾き飛ばした。
魔導書には、それぞれ、解読効果と解読条件と封読方法が備わっている。
例えば、よく見かける『喜悦道化の魔導書』の解読効果は『視床下部過誤腫によるジェラスティック発作を引き起こす』ことで、解読条件は『喜悦道化の魔導書を視て笑う』ことである。
バウンドしてくる道化の頭を視て、笑う人間なんていないだろうが、ヤツは首元から触手を伸ばして物理的に笑わせてこようとする。
そのため、封読方法である『笑わずに魔導書で弾き飛ばす』を迅速に行わなければならない。
「生徒会長!!」
床を走り回る魔導書をコップで捕まえていたフレアは、うんざりとした表情でこちらを振り返った。
「なんだ、一般庶民派生徒。
魔導書関連のクレームなら、黒砂率いる図書委員が引き受ける。地下天蓋の書庫の魔導書が、お優しい本権保護団体やらのお陰で、自由に伸び伸びと放牧されてる魔導書の捕獲に忙しいんだ。
おい! そっちに行ったぞ!! 足首を切り離される前に捕まえろ!!」
おっとりとしている司書の先生が、魔導書を雑に蹴飛ばし、ひっくり返ったところに銀コップを被せる。
「一回、休憩しようぜ休憩!! 魔導書の殺意が高すぎて疲れちゃったよ!! お菓子食べようぜお菓子!!」
「ひゃっはっは、三条燈色」
フレアは、すっと、懐からポテトチップスを取り出す。
「同意見だ……」
「同じ答えに辿り着いたな……」
俺はフレアからポテチを受け取り、嬉々として袋を開けようとし――黒砂のハイキックで、勢いよく、地面に叩きつけられる。
「……だめ」
鼻血をだらだらと垂らした俺と目線を合わせ、ちょこんと膝を曲げた黒砂は小首を傾げる。
「……だめ」
「最近の図書委員は、ハイキックで注意すんの? 酷くない? 鼻血、止まらないんですけど?」
「ひゃっはっは、龍の罠にかかったな愚かな人間が。地下天蓋の書庫の法則によって、飲食は縛られている……そのポテチの袋も、空気で膨らませているだけで中身は空だ」
「畜生、騙された!! 頭の切れるヤツだぜ!!」
「三条さんがバカなだけでは?」
出来の悪い子供にやるように、呆れ顔の委員長はハンカチで俺の鼻を拭ってくれる。
「心苦しいのですが、あと数回も戦闘をこなせば、私の魔道具も品切れになります。倹約を旨としてきた私ではありますが、猪の如き突っ込む坂東武者ながらの勇猛果敢三条さんのフォローのために贅沢してしまいました」
「家計簿つけてよ!!」
「貴方と家庭を築いた覚えはありません」
ついでみたいに、丁寧に顔も拭かれた俺は立ち上がり――
「会長!」
なにかを見つけたらしい生徒会員が、フレアのことを呼び、俺たちもぞろぞろとその後ろを付いていく。
赤、青、黄。
大小異なる三つの歯車が付いた黄金の扉が、べったりと床に貼り付き、階下へと繋がる階段を塞いでいた。
「魔導書です。
以前、地下天蓋の書庫に足を踏み入れた時、第五階層から第六階層に続く階段は、このような扉で塞がれていませんでした」
「……七椿派に勘付かれたか」
魔力の痕跡を追っている七椿派に気取られたらしく、彼女らは魔導書で階段を塞ぎ、俺たちを撒こうとしているらしい。
地下天蓋の書庫に潜っているのだから当然なのだが、相手側にも魔導書を取り扱う司書がいて、魔導書を活性化させて行く手を阻む策を考案し実行しているようだった。
「黒砂」
「……『三疑門の魔導書』」
問われた図書委員は、ぼそりと答える。
「三疑門の魔導書は、解読者が魔導書に籠めた三つの疑問を問いかけてくる……すべての問いかけに、正答を出さなければ……門を閉ざしたまま二度と開かない……」
「出たよ! RPGに有りがちなクイズでテンポを落としてくるヤツ!! だるいんだよ、そういうの!! ぶっ壊して、先に進もうぜ!!」
「ひゃっはっは、同意だな。破壊するぞ」
「……物理的衝撃では壊せない」
「恐縮ながら、私の出番のようですね」
すっと、前に出た委員長は、綺麗な黒髪を搔き上げる。
「脳筋の方々は、常識の内側までお下がりください。森羅万象とまでは言わなくとも、この世界の大概の事には回答出来る自信があります」
「うぉお!! 委員長、すげぇ!! 頭脳明晰頭脳明瞭!!」
「……回答を声に出せば、魔導書が勝手に頭の中を読む」
微笑みながら、委員長は『三疑門の魔導書』の前に立ち、門の歯車が回り出して音声が発せられる。
『問1』
委員長は、自信満々で頷く。
『Hになればなるほど、硬くなる棒ってな~んだ?』
「…………」
『Hになればなるほど、硬くなる棒ってな~んだ?』
「…………」
『Hになればなるほど、硬くなる棒ってな~んだ?』
「……鉛筆」
『不正解。残りライフ2。
Hになればなるほど、硬くなる棒ってな~んだ?』
ゆっくりと、委員長は下がって、俺は笑顔で彼女の肩を叩いた。
「後は任せろ」
俺は、自信満々で腕を組み――
『Hになればなるほど、硬くなる棒ってな~んだ?』
「ち○ぽぉ!!」
『男性の身体の真ん中でブラブラしてるものってな~んだ?』
「ち○ぽぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」
『毛むくじゃらで『ちん』から始まるものってな~んだ?』
「ち○ぽぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
仰け反りながら叫んだ。
正解音が連続で鳴り響き、地下へと続く扉が開いた。真顔の生徒会員たちは、ぞろぞろと階段を下りていく。
そして、ばったりと、七椿派の眷属たちと鉢合わせた。
「う、嘘でしょ!? 鳳嬢のお嬢様たちが、まかり間違えても、あの問いかけに正答を出せるわけがないのに!!」
「残念ながら、お嬢様方とは一線を画した超越者がいるんでね……この回答は、カルイザワで予習済みだ」
顔を真っ赤にした委員長は、咳払いをし、俺は九鬼正宗を抜刀する。
「魔人が引き籠もってる伏魔殿までご案内頂こうか、御令嬢たち。拒否権は、その場で切り捨てるからよろしく」
五人の眷属は、音もなく、一歩目を踏み出し――フレアは、そのひとりの首筋に爪先を突きつけた。
「あの世に逝くまで終わらない献血に協力したくなければ、そのまま、じっと、吾の爪先を感じていろ……龍の爪は、人の首を簡単に切り裂くぞ……」
動きを止めると思いきや。
あっさりと、仲間を見捨てた四人は、魔導触媒器の引き金を引いた。
「GO!! ホワイトリリィ・キス・マーク!!」
俺は、銀コップに捕らえておいた魔導書を解き放ち、白い百合の柄を持った愛機は、猛烈なエンジン音を掻き鳴らしながら眷属たちへと迫る。
「こ、コイツ!? 『四輪鎌鼬の魔導書』を従えてるの!?」
「こっちも!! こっちも、魔導書を出しなさいよ!!」
慌てふためいた眷属たちは、懐から銀コップを抜き放った。
「行っけぇ!! クリムゾン・ホラーハウス!!」
「……行って、ブラック・マトリクス」
「ブチかませ!! アイシクル・ムーン!!」
「行ってください、ルール・ストレージ!!」
ブォン、ブォン、ブォオン!!
辺り一面に駆動音をぶち撒けながら、魔導書たちは正面からぶつかり合い、火花を散らしながら熱いバトルが始まる。
「やるじゃねぇか!!」
「そっちこそ!!」
俺たちは、互いの力を認め合い、自慢の愛機の戦いを見守って――当然のように反転してきた愛機から逃げ出し、叛逆の物語を始めたラジコンカーに追われて阿鼻叫喚に陥り、悲鳴を上げながら逃げ惑った。
最終的に、『ブラック・マトリクス』を完璧に操った黒砂が、ひとりで事態を掌握していた。
まともに働いていたフレアは、生成した縄で眷属を数珠繋ぎにして捕縛する。
「吾のドラゴン・エンペラーを出すまでもなかったようだなぁ」
「フレア、魔導書を舐めてると……死ぬぞ……?」
「あの男の雰囲気に呑まれた……七椿様に申し訳が立たない……綿密な計画が、あんな男のせいで狂うことになるなんて……」
負け惜しみを口にした眷属の前で、俺は鼻を鳴らした。
「ハッ、雑魚が。
俺とホワイトリリィ・キス・マークの絆の力を甘くみるなよ?」
「三条さん、絆の力が膝に食い込んでますよ」
俺は、相棒の四輪駆動車を膝から剥がし取り、床に思い切り叩きつけてから銀コップで捕獲する。
治療を終えてから。
俺は、微笑み、眷属たちに顔を寄せる。
「さぁて、そろそろ」
彼女らは、顔を青くして、俺を見つめ――
「魔人戦のゴングを鳴らしてもらおうか」
観念したかのように肩を落とした。




