本棚との喧嘩
巨腕が――振り下ろされる。
掠めるように。
回避した俺とフレアは、床スレスレで滑空し、壁際から一気に上昇する。
「低い低い低い!! もうちょっと上がんねぇのコレ!?」
「残念ながら、きみの腰から下が邪魔だ。搭乗龍に文句があるなら走れ」
「搭乗制限あるなら先に言っとけや、クソがッ!!」
壁。
フレアの手にぶら下がったまま、本棚を駆け上がった俺は、蒼白の閃光を弾き散らしながら跳んだ。
「でけぇ……!!」
それでもなお、その巨躯を超えるのには足りない。
身を翻しながら、両手で空中を掻き分けた瞬間、本棚の巨人は巨大な右棚拳を構える。
来る。
重みのある動き、大きすぎるがゆえに回避範囲が限られる。
圧、圧、圧ッ!!
圧倒的なまでの圧迫感をもって、本棚の巨人は拳を愚鈍に運び、拳圧で煽られた俺は後ろに圧される。
「オラァ!! 勝負ッ!!」
「バカか」
フレアは、真っ向から受けて立とうとした俺を回収する。
片足を掴まれ逆さ吊りになった俺は、その巨拳から逃れて――耳を劈くような大音響――壁に大穴が空いて、大量に散らばった本と冊子、低空飛行したフレアはそれらを綺麗に避けていく。
逆さまになったまま、俺は、腕を組んで本棚の巨人を見つめる。
「参ったな……火属性特化の生徒会長がお荷物なせいで攻略方法が思いつかない……生徒会長なら複数属性身に着けといてくださいよ……」
「文句の多いお客様だな、誰が火属性特化だと言った。
吾は、フレア・ビィ・ルルフレイムだぞ。龍だからと言って、火を吹くしか能がないと思うなよ」
地下天蓋の書庫は、縛りがあるダンジョンだからな。火か水で一属性特化しているキャラクターは、二軍に落とさざるを得ないダンジョンなのだが、俺はそういう縛り要素のあるダンジョンは嫌いです。
「その足りない脳みそから策を絞り出せないのか?」
「足りすぎてるから、常に零れ落ちちゃって品切れなんだよ。
一回、作戦TIMEもらいましょう。ゴールデンレトリバー然りマッコウクジラ然り常に食べ物食ってる系のキャラクター然り、身体が大きな生物は精神的に余裕があって優しいから認めてくれる筈だ」
「いや、無理に決まっ――」
「トゥァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアイム!!」
拳が降ってきて、俺とフレアは、派手に吹き飛ばされる。
本の山に頭から突き刺さった俺は、それらを掻き分けて顔を出した。
「敵ながら卑怯なヤツだ……」
「味方ながら阿呆なヤツだ……」
ベシベシと頭を叩いてくる赤龍の頭頂部に、容赦なく、俺は平手を返して叫んだ。
「チィームD!! 集合ォ!!」
わらわらと、黒砂と委員長と調達部リーダーがやって来て――集合地点目掛けて、本棚の巨人が足を踏み出した。
「チィームD!! 解散ッ!! 解散、解散、かいすぅぁあああああああああああああああああああああああああああああん!! 散れ、散れ、散れぇッ!!」
わらわらと、蜘蛛の子を散らして、俺たちは四方八方に逃げ惑う。
膝をついた本棚の巨人は、伸ばした人差し指で狙い澄まし、俺を潰そうと迫ってくる。
「思い出した!! デカイヤツは優しくない!! 蟻を潰して遊ぶ幼子の残酷さを!! この日、俺は、思い出した!!」
陰が差し、大量の本が降ってきて、俺はそれらを蹴散らしながら逃げ惑う。
「フレア!! フレア!! たすけてたすけて!!」
ふっ、と、正義の生徒会長は鼻で笑って飛び去る。
「フレアさん!! フレアさん!! 生徒会長様!! へるぷへるぷ!!」
「…………」
「フレア様!! フレア様!! よっ、生徒会長!! 稀代の天才!! 比類なき才能の塊!! とっとと助けろ、ゴミクソトカゲ!! 爬虫類爬虫類!! イモリヤモリサンショウウオ!! 仲間うちでは、ザリガニが御馳走!!」
寸でのところで。
フレアにすくい上げられ、彼女の腰に抱き着いた俺は地響きの音を空中で聞いた。
「ありがとう、生徒会長!!」
ゴッゴッと、肘で頭頂部を殴られ俺は落とされる。
「くたばれ、生徒会長!!」
「どういたしまして」
腕。
伸ばされた本棚で出来た腕を滑り落ち、俺は、魔力を鞘に溜める。
「相手が無機物なら」
蒼白い光を纏った本が舞い上がる中で、腕先から付け根まで滑り下りながら、俺は魔力線を伸ばし切った。
「斬れるだろ」
笑いながら、俺は、解き放ち――爆閃――凄まじい勢いで解き放たれた一刀は、本棚の巨人の右頭頂部を斬り飛ばした。
鈍く、腹の底へと、響き渡る悲鳴。
地鳴りを起こしながら、地団駄を踏んだ巨人は、血液のように大量の本を撒き散らした。焼け焦げた右手で、俺は、ダイアナ・ウィン・ジョーンズ『時の町の伝説』を受け取って落下する。
「借りてくぜ?」
「三条さんッ!!」
投げ渡される。
委員長と調達部から射出操作刃弾を受け取った俺は、導体を付け直しながら眼でフレアを呼んだ。
落下の寸前、俺は射出操作刃弾を射出し、同時にフレアは地面スレスレで俺をキャッチする。続けざまに射出操作刃弾を撃ち放ち、その刃を捉えたフレアは、『変化:質量』、『変化:体積』、『変化:速度』を加える。
巨大な刃が、猛烈な勢いで回転する。
巨刃と化した射出操作刃弾は、ありとあらゆる方向から、本棚の巨人を切り刻む。
人間と同じ構造であれば、人間と同じように無力化すれば良い。
巨人の膝と肘の関節に切れ込みを入れ、俺は、ミステリー小説コーナーとファンタジー小説コーナーを切り離した。
降り注ぐ本の雨の中で、高速飛行するフレアにぶら下がり、本棚の巨人の攻撃を避けながら。
「三条燈色、そのまま、焚書にしてやれッ!!」
「コレだから、火属性特化型の龍は嫌だね。
黒砂ッ!!」
指先で射出操作刃弾を操作し、俺は英和辞典と和英辞典の両目を潰して――魔導書を開いた黒砂が脇を駆け抜け、その巨体を囲うようにして、銀で出来た栞を地面に突き刺していく。
バラける。
徐々に文字と化していく本棚の巨人を視て、立ち竦んでいた司書と図書委員がようやく動き始める。
頭が誰だか気付いたのか。
本棚の巨人は狙いを変えて、魔導書を音読で解放している黒砂へと左腕を向けた。
「フレアッ!! 投げろッ!!」
間髪入れずに――ドッ――ノーモーションで、フレアは、俺の全身を魔力で包んで放り投げた。
床に、蒼と白の線を残して。
轟音を立てながら、両足を削って黒砂の前に飛び出した俺は、右拳に全身全霊の魔力を籠める。
「今度こそ、真っ向勝負だッ!!
グーとグーで!!」
横に滑りながら、俺は、真っ黒に焦げ付いた握り拳を構える。
「じゃんけんしようぜッ!!」
拳と拳。
切り裂かれた空と間。
俺は腰を捻りながら、飛来した拳に向かって、思い切り己の拳をかち合わせた。
「砕けろォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
蒼と白。
炸裂した閃光の只中に取り残された俺の右腕は、根本から消失し、笑いながらもう一発を左でくれてやる。
「後出しだ、オラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
圧す。
苦笑したアルスハリヤが、俺の肩に手を置いて、魔力が一段階増し――弾け飛ぶ――本棚の巨人の左拳は消え去って、よろけた巨人は尻もちをつき、文字と化して消えていった。
「…………」
霧で己の右腕を隠した俺は、振り返り、左手で掴んだ『時の町の伝説』を見せつける。
「コレ、面白い?」
黒砂は、静かに、俺を見上げる。
「……うん」
「なら、ちょっと、読んでみようかな」
修復を終えた俺は、彼女に右手を差し出した。
「本好きがそういうなら間違いないでしょ」
彼女は、じっと、俺の手を見つめて。
指先で、そっと、俺の人差し指をつまんで立ち上がった。




