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地下書庫の洗礼

 記の王国。


 魔導書が支配する地下天蓋の書庫(アンダーアーカイブ)では、遵守すべき法則ルールが存在している。


 その一、『圖書館ではお静かに』

 その二、『火気水気厳禁』

 その三、『読んだ本は、元の場所に戻してください』

 その四、『食事は一切出来ません。お菓子もご遠慮ください』


 ゆっくりと、俺は、法則ルールに縛られた周囲を見回した。


 ヒエログリフ、デモティック、ギリシア文字が刻まれたロゼッタストーン、古代メソポタミアで紀元直後まで使用された粘土板、ナイル川流域に生息するパピルス草を加工して作られるパピルス、羊皮紙パーチメントの中でも仔牛の皮を使用したベラム、紙が発明される以前に中国で用いられた竹簡・木簡……製紙技術が開発されるまで、各地で用いられた『記録』が沈黙を守っている。


 上、左、右、下。


 ぎっしりと詰め込まれた記録は、空間を形作っている。どこからか漏れ出た文字が、ゆらゆらと空中を彷徨さまよっていた。


「文字ってのは、たまに空中を散歩したりするもんかね?」


 口枷マスクとワイヤレスイヤホンを着けた俺は、オープンチャットで言葉を漏らす。


「……触れないで」


 指で触れようとした俺の手首を、黒砂こくさは掴んで止める。


「……意味が変わる」


 ゆっくりと、俺は、宙を泳いでいる文字から離れた。


 原作でも地下天蓋の書庫(アンダーアーカイブ)、というか、魔導書関連はホラーゲーム染みてたしな……その特色に合わせた攻略を求められるからパズルゲーム風味もあったし……万鏡の七椿戦が面倒なのも、魔導書が関わるからと言っても過言ではない。


「全員、集合しろ」


 フレアの指示で、俺たちは一箇所に集まる。


「ハンドシグナルは、頭に入っているな? 口枷マスクとワイヤレスイヤホンが破損した場合は、戦術的サインを用いる。

 これから、AからFでチームと音声回線ボイスチャットを分ける。この人数に対してオープンでしゃべられると混乱するからな。リーダーの指示には、絶対に従え。ただし、総司令官はおれだから、リーダーがなんと言おうとも、おれの指示には絶対服従しろ」


 なんてことのないように、フレアは普段通りの調子で話す。


 話の中身は、地上でも確認を取った内容の繰り返しだ。地下天蓋の書庫(アンダーアーカイブ)の当たりにして、混乱をきたしたメンバーを落ち着かせるために、えて反復しているのだろう。


「チームは分けるが、分かれて動いたりはしない。

 開豁地かいかつちではダイヤモンドフォーメーション、閉所地ではファイルフォーメーションで進め。各チームがフォローする範囲は、画面ウィンドウで指示した通りだ。なにがあろうとも、その位置は遵守しろ」


 フレア率いるAチームを除いて、各チームのリーダーは、司書か図書委員になっている。一チームは平均五人で形成されているから、三十人近くが七椿討伐戦に参加していることになる。


 俺は、Dチームに割り振られている。


 Dチームは五人で、リーダーは黒砂哀、フレアが気をかせたのか委員長とも同じチームだ。残りのふたりは、生徒会の調達部のリーダーと歴戦のつわものの気配を漂わせている魔法士の女性だった。


 俺は、Dチームのチャットに参加する。


 さて。


 三条家の御曹司として、ユーモアセンスが爆発している自己紹介ってヤツを見せてやりますかね。


「三条燈色です。好きなイラストレーターさんの百合絵で、白米を三杯食べたことがあります。しかも、大盛りです。

 貴女たちとは格が違うんで、そこんとこよろしくお願いします」

「「「「…………」」」」


 爆笑し過ぎて、全員、ミュートにしているようだな。


 その後、俺を除いた全員で自己紹介と挨拶が行われ、綺麗に差別された俺はニヤニヤしながら腕を組み余裕を見せつける。


「では、進むぞ」


 各チームの振り分けも終わり、俺たちは、ゆっくりと進み始める。


 地下二階までの道程どうていは、特になんの障害もなく、魔導書とも接触せずに済――


「…………」


 無言で、停止した黒砂は、俺たちへ止まるように指示ハンドシグナルを出した。


 ゆっくりと、彼女は、前髪の隙間からのぞく赤い眼で周囲を見回し、ぼそりとささやいた。


「……走って」

「え?」

「今すぐ」


 彼女は、つぶやく。


「走って」


 魔法士の女性は苦笑する。


「それは、どういう意――」


 消える。


 魔法士の女性は、その場から掻き消え――俺と黒砂は、同時に、委員長と調達部のリーダーを地面に押し倒した。


接触エンゲージッ!! フレア、走れッ!!」


 瞬間、地面から這い出てきた『子供が描いた落書き』は、ぐにょんぐにょんと伸び縮みしながらわらう幼児の姿をとった。


 鉛筆で描かれた子供の落書きは、大笑いしながら委員長の足を引っ張り、開いた絵本の中へと引っ張り込もうとし――抜刀した俺は、その腕を切り離す。


 が、その腕は、三本に枝分かれして委員長に掴みかかり、彼女をかばって受けた俺の皮膚がどろりととろけ落ちる。


「黒砂ッ!!」


 俺が叫んだ瞬間、パチィンと。


 音を立てて、銀硬貨を親指で弾き上げた黒砂はてのひらを構えて――その中心に落ちた銀硬貨シルバーコインが弾け飛ぶ。


 弾け飛んだ銀硬貨の残骸は、わらう幼児たちに突き刺さり、小さな子供たちは悲鳴を上げながらどろどろと溶け始める。


「……しるせ」


 片手で魔導書を開いた黒砂は、解読条件を満たすために音読を始める。


「……触れよ、滲めよ、刻みたまえよ」


 転がりながら迫ってくる幼児たちには、目もくれず、魔力で髪を逆立たせた黒砂は声を漏らし続ける。


「……双紙、装丁、総冊」


 音を立てて、本を閉じ、彼女は光り輝く魔導書の題名タイトルをなぞった。


「了」


 吸い込まれる。


 迫りくる幼児の群れは、バラバラにほどけ落ちて文字に戻り、黒砂が手にしている魔導書へと吸収される。


「三条燈色ッ!!」


 オープンチャットで、フレアは俺を呼んだ。


「分厚いのが来たぞッ!! 読み聞かせてやるから手伝えッ!!」


 地響き。


 上方を見上げた俺の視界に、信じ難い光景が飛び込んでくる。


 幾つもの本棚と本棚をかけ合わせて、視界に入り切らない程の巨躯きょくとしているバケモノが、地鳴りを起こしながらずしんずしんと歩んでくる。


 本棚の巨人(ブックウォーカー)


 その腕を、その脚を、その頭を振るたびに。


 大量の本を雨のように降らしながら、本棚で作られた巨人は、大量の和英辞典と英和辞典で作られた両眼をこちらに向ける。


「おいおい!!」


 俺は、笑いながら、九鬼正宗を抜き放つ。


「ファンタジー小説のコーナーはどこだよ!?」

「……右上腕」

「良いねぇ!!」


 引き金(トリガー)を引き、俺は、口枷マスクのズレを直す。


現在いまから、借りに行ってやるよッ!!」


 魔力線を足に伸ばした俺は、跳躍し、羽を生やして飛び回るフレアの手を握り――空高く、舞い上がった。

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― 新着の感想 ―
[一言] アーカイブを出た後にお菓子をあげればヒーローくんの好感度が爆上がりしそうなのに、ガチ恋勢は不在なんですよね…残念!
[一言] 殺意高いなー、魔導書 ってかルールの4見たら最初からお菓子、駄目じゃねぇか そら調達部も本気にしないのは当たり前だし、脳と目を破壊しながら選んだ意味がゼロでおハーブ生えましてよ
[良い点] 橙色君と月檻が別行動を取りつつヒロイック的な活動を取れるようになったのが作中原作ゲームに比べると良くなった点だと再確認できました 今回みたいに(いつも?)月檻に休暇を取らせつつ、橙色君が地…
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