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大圖書館 魔導書目録。
それは、地下天蓋の書庫に封じる程に危険視されていない魔導書の一覧であり、納本の日付やその内容の簡易記載も備わっている。
■. 光輝の魔導書
納本日 : 1913年7月28日
解読効果: 魔導書自体が、約200ルーメンの光源となる
状態 : 紛失
「…………」
黒砂に連れられ、大圖書館の魔導書庫に足を運んだ俺は、そこにあるべき筈の魔導書がなくなっていることを確認する。
「コレ、紛失日ってわかったりする?」
無言で、彼女は首を振る。
紛失日は不明ということは、ますます、ヒロ様の正体が怪しくなってきたな……過去の三条燈色がすべてを知っていた……だとすれば……いや、七椿の権能を考えてみれば、そうとしか思えない……。
――地下天蓋の書庫には行くな
無理に決まってんだろ。俺が地下天蓋の書庫に行くことを前提にした計画なのに、なに言ってんだコイツ。
いや、違うか。
俺が真相に辿り着かない状態で、地下天蓋の書庫に行けば計画がめちゃくちゃになる可能性があるからか。警戒心を与えて調査を行わせようとするなら有効な手立てだ。
ただ、1913年の三条名無しのことはよくわからない。なにがどうなって、現在の状態に陥ってるんだ? 三条名無し、あなた、何者ですか?
魔導書には魔人が封印可能、マージライン家の魔力欠乏症、七椿派は魔導書を捜索しており、お嬢は七椿派に付け狙われ、当の魔人は地下天蓋の書庫から出てこない。
点と線、予想と予測、過去と未来。
すべてを結びつけてみれば、107年を賭したカルイザワ決戦の予想図は浮かんでくるが……いずれにせよ、正答は、地下天蓋の書庫の先にある。
覚悟を決めた俺は、大圖書館の大広間に戻る。
鳳嬢魔法学園の制服を着こなした少女たち。
生徒会の腕章を着けた生徒会員たち、懐の魔導書を確認している図書委員たち、雇われの司書と魔法士たち……ひとり、目を閉じていたクロエ・レーン・リーデヴェルトこと委員長は、俺の気配を感じ取るなり目を開いた。
「三条さん」
俺は、へらへらと彼女に手を振る。
「おっす、委員長。
ちょっと、日、焼けた?」
「早朝のラジオ体操程度では、目に見えて日焼けしたりはしません。数日前に、頭の先からつま先まで、全身を露わにしてお見せしたつもりですが?」
「人の気軽な質問に、致死性カウンター返してくるのやめてくれない?」
フレア・ビィ・ルルフレイムが、透明な液体を注いだグラスを片手にやって来る。
「乾杯!
御機嫌如何かな、三条燈色と愉快な彼女たち。ついに念願叶って、魔人討伐ツアーの開幕だ。ひゃっはっは、胸踊るねぇ、歴史書に残る万鏡の七椿と御対面願えるとは恐悦至極で龍の身にも余る」
「わざわざ、余裕を示しにご挨拶しに来てくれるとは、さすが生徒会長様で。
あんた、緊張とか心配とか礼節とか、ひとりで静かに飲み耽る夜とか、そういうタイプの淑やかさは持ってないの?」
「吾の知る龍は、アホみたいに酒を飲んで殺されるタイプなんでね。
八つの首で、八つの酒桶から、酒をぐびぐび飲んで切り刻まれた阿呆とかいただろう?」
「たかが一個人が、神話の生物を持ち出してくんじゃねーよ」
「まぁ、そう緊張するな」
侍らせている生徒会員の髪をくるくる弄びながら、彼女は、ぼそりとささやく。
「魔人相手には、幾ら、最善を尽くしても無駄だ」
「不条理を条理で語るなよ。
まぁ、あんたなりに、最善を尽くしたのは理解できるが」
今日、地下天蓋の書庫に潜るだけでも、相当な根回しが必要だったに違いない。
魔導書のプロフェッショナルと戦闘のプロフェッショナル、最高質の魔導触媒器に魔道具、七椿派をわざと泳がせて確認した経路、カルイザワと地下天蓋の書庫の関連性の情報……ココまで、滞りなく、事前準備を行えるのはフレア・ビィ・ルルフレイムくらいのものだろう。
「生徒会長」
「なんだ?」
「悪いな」
昨晩、俺が相談した内容を了承した彼女は苦笑する。
「吾に理解出来なかった人間は、きみくらいのものだ」
俺の爪先でグラスを鳴らし、乾杯を終えた生徒会長は去っていき、順番待ちをしていた生徒会調達部の皆様が目配せしてくる。
本日は、バッチリとマニキュアを塗った彼女は、白布で包んだ長物を部下に持たせて眼前へとやって来た。
「持ってきたわよ、お菓子」
そう言って、彼女は、バッと白布を取り去り――そこには、蒼く輝く、一本の刃が鎮座していた。
「射出操作刃弾よ」
「…………」
「魔導触媒器、出して。九鬼正宗」
「…………」
俺から九鬼正宗を受け取った彼女は、砲口に射出操作刃弾を取り付け、鞘に『操作:刃弾』という導体を嵌めた。
彼女は、引き金を引いた。
瞬間――俺の前髪が切れる。
凄まじい動きで射出された射出操作刃弾は、回転を続けながら大圖書館を飛び回って戻ってくる。
彼女が放り投げた鞘の中へと自動で収まり、落ちてきたその鞘ごと彼女はキャッチした。
「と、この通り。
エルフの魔弦の矢を参考に開発された魔道具。貴方の求めるモノがなんなのかわからなくて苦労したわ」
「お菓子じゃねーじゃねぇか!!」
「調達部の方で持ってるから、必要になったら声を掛けて。
はい、予備の数本、腰にぶら下げておいたら? この透明の鞘枷は、魔力を流せば解けるから」
「いらねーわ!! 生成した刀刃、手でぶん投げた方がマシだわ!! どう考えても、魔力で調整可能な魔弦の矢の下位互換じゃねぇか!! お菓子よこせや、お菓子ぃ!!」
「一部地域では、それ、スナックショットって言われてるのよ。導体による生成が下手な人たちに人気で、お菓子みたいに手間をかけず短時間で使えるからって。
つまり、貴方が必要なお菓子とはコレね」
「脳と眼を破壊しながら必死に選んで、クソみてーな道具が出てきた俺の身にもなってくんない!? ねぇ!?」
「なに言ってるの? 脳と眼を破壊しながら、必死にお菓子を選ぶ高校生なんているわけないでしょ?」
「…………」
普通に、俺は泣いた。
戦い続けろと、神に言われているのか。
お菓子の代わりに武器と刃を身に着けた俺は、どんよりとした顔で、生徒会員たちの後に続いて移動する。
大圖書館を支配する銀の天球。
仄かな白銀光に包まれたその天球は、ゆっくりと回りながら、表面に描かれた星図をきらきらと輝かせる。
「では、鍵を開くぞ」
フレアはそう言って、銀白の天球に掌を押し当て――風。
強風が吹き渡ったかと思えば、目にも留まらぬ速度で本棚が移動を始め、ありとあらゆる方向へと本棚が吹き飛んでいく。そのあまりにも苛烈な移動と整頓は、恐怖が伴うほどで、一部の生徒が悲鳴を上げた。
本棚と本棚が分離したり合体したり、天井に張り付いたり壁と床をスライドしたり、銀色の天球の表面を滑り上がっていたり。
気づけば。
俺たちは、本棚の作り上げた通路の中にいた。
一体、どこに、地下へと続く空間があったというのか。
本棚で出来た地下階段が、眼前に形成されており、どよめく生徒たちの前でフレアは指先に火を灯した。
「此処から先は、火気厳禁だ」
彼女は、ふっと、火を息で吹き消した。
「文字通り、火を点ければ、魔導書に精神を喰い尽くされる。
圖書館ではお静かに……マナー違反は、喰い殺されるから、生きて帰りたければ黒砂たちの言うことをよく聞いて本を大切にしろ」
音もなく、彼女は、階段を下りていき――
「ココから先は、本棚の中身……本が支配する世界だ」
ちょいちょいと、彼女は、指の先で俺たちを招いた。
「さぁ、表紙をめくろうか」
口を閉ざして。
俺たちは、ゆっくりと、ページの隙間へと身を滑らせていった。




