107年の疑義
中央に置かれた十二支時計。
その周囲に寄り添って、二人の少女がこちらを見据えていた。
鳳嬢魔法学園の制服を着た彼女らの腕には、生徒会員であることを示す腕章が巻き付いている。狭苦しい部屋の中で制汗剤と香水の香りが混じり合い、霧の国の霧が昇って赤黒い警告色を発した。
「三条燈色さんね」
「あぁ」
上か。
「閉めてもらえる?」
俺は、地下室の扉を閉め――視線を上に向けた。
天井に張り付いていた二人の少女が、真上から急襲し、俺はひとりの手首を掴んで壁に放り投げる。
「きゃっ!」
頭から落ちたので、片足を挟んでクッションに。
もうひとりの首筋に、逆手で抜き放った黒戒の無刃を当てる。汗を垂らした急襲者は、頭上に剣を掲げたまま制止した。
「サプライズにしては乱暴だな」
「ごめんなさい、念のために本人であることを確かめたくて」
リーダーらしき少女の指示を受け、襲ってきたふたりの少女は魔導触媒器を仕舞った。
「フレア様の言った通りね。三条燈色をスコア0だとは思うなって……まぁ、でも、私たちは貴方が地下天蓋の書庫に行くべきではないと思ってる。
で、なにが欲しいの?」
「お菓子」
苦笑して、彼女は俺に椅子を進めてくる。
どっかりと、足を組んで座った俺は、背もたれに身を預けて椅子を揺らす。
「私たちは、生徒会の調達部隊よ。魔導触媒器、導体、魔道具、魔導書、宝石、咒符に供物……必要なものがあれば、立ち所に揃えて眼前に並べてみせる」
「お菓子」
「ふっ、自分で考えろということね。わかったわよ。
明日、出発前までに揃えておけばいいのね?」
「いや、だからお菓子ね、お菓子。さっき、俺が精算しようと思ったベストセレクション。それ以上でもそれ以下でもないから」
「わかった、揃えておく」
「…………」
嫌な予感しかしない。後で、フレアを通じて念押ししておこう。
「で、他には?」
「情報が欲しい」
「どんな?」
俺の正面で同様に足を組んだ少女は、マニキュアを塗り直しながらささやく。
「100年前のカルイザワについて。正確に言えば107年前、ココでなにが起こったのか、当時のことを出来るだけ詳細に確認したい」
ぱちんと、指を鳴らして。
部屋が暗くなったかと思えば、背後の壁に映像が投影される。
「歴史の授業をするつもりはないから、この地に残る証拠と資料を根拠にして要点のみを話すようにする。
1913年、カルイザワの地で、魔人『万鏡の七椿』との決戦が行われた。所謂、『カルイザワ決戦』……政府主導で行われたと言われているけれど、実際のところ、その決戦に政府は一切関わっていない」
「エスティルパメント・クルエ・ラ・ウィッチクラフト……エンシェント・エルフの封印執行者か……?」
「確かに、エスティルパメントが関わってはいる。
けれど、実際に決戦を主導したのは、リーデヴェルト家と三条家の人間……ルミナティ・レーン・リーデヴェルトと三条名無し」
「あ? 名無し?」
俺の問いかけに、爪に息を吹きかけながら彼女は答える。
「そのままの意味。三条家の家系図から消されてるのよ。存在ごとなかったことにされてるから『名無し』。実際の名前はあるんでしょうし、彼女についての資料も残っているけれど、三条の手が入っているから正しい情報かはわからないわね。
ただ、女癖が悪かったのは確からしく『三条家の遊び人』として口伝で語り継がれてる」
「いや、女好きが行き過ぎたとしても、家系図から消される程じゃないだろ? なんで、歴史に残るような決戦を主導して魔人と戦ったにも関わらず、存在ごとなかったことにされてるんだよ?」
「簡単なことよ」
俺の疑問に、彼女は目と口で答える。
「カルイザワ決戦で、ルミナティ・レーン・リーデヴェルトと三条名無しが魔人側に付いたから」
「……あぁ?」
「そして、彼女らはふたり仲良く、エスティルパメント・クルエ・ラ・ウィッチクラフトに首を撥ねられた。
リーデヴェルト家と三条家は、躍起になってその事実を捻じ曲げ、『1913年、カルイザワにて政府主導による魔人討伐戦が行われた』という記述のみに留まることになったというわけ」
静かに。
顔を上げた俺は、ゆっくりと疑問を舌にのせた。
「なぜ? どうして、ルミナティと名無しは七椿の味方をした?」
「さぁ? 正気じゃない人間の考えることなんてわからないでしょ? なにせ、ルミナティ・レーン・リーデヴェルトは、己の名声と名誉のために魔導書の養殖を始めたマッドマジシャン。三条名無しは三条名無しで、女好きの遊び人として、そこらをほっつき歩いてた放蕩娘だしね」
なにかが。
なにかが、引っ掛かっている。
ルミナティと名無しが正気じゃなかったとしても、万鏡の七椿が彼女らを味方として受け入れたりするのだろうか? 両者の死体に七椿の烙印があったというなら、眷属の契約を結んでいたとして納得も出来るが……なんだ、この感じ……なにかを見落としている気がする……。
どこかに、矛盾が存在してい――俺は、目を見開く。
「……おかしい」
「え?」
「おかしいだろ、今の話。噛み合わない。なんで、『魔人討伐戦』と銘打たれてるのに、エスティルパメントは七椿を封印したんだ?」
生徒会員たちは、顔を見合わせる。
「あまりにも、魔人の力が強大だっただけでしょ? エスティルパメントも討伐出来るなら討伐しようと思ってたんでしょうけど、実際の魔人の力は彼女の想定を超えていて、魔人を封じるしかなかった。
はい、コレで、矛盾はなくなったんじゃない?」
「……封印されていなかったとしたら?」
「え?」
――地下天蓋の書庫には行くな
「万鏡の七椿が封印されていなかったとしたら?」
「まさか、有り得ない。七椿が封印されていなかったとしたら、どうして、地下天蓋の書庫の魔導書の中で眠ってるのよ? 本の間に挟まれてる栞じゃあるまいし、大人しく、じっと雌伏の時を過ごす意味もないでしょ?」
「…………」
俺は、膝の上に両手を置いて、前髪の隙間から眼前の虚空を睨めつける。
誰にも気取られずに思考を巡らせて――
「まぁ、確かにな。考え過ぎか」
笑いながら立ち上がり、彼女らは頷いた。
「じゃあ、お菓子の手配はよろしく。情報も助かったよ。フレアには、生徒会の調達部は優秀だって伝えておく」
「お気遣いどうも。
もし、なにか必要な物が出来たら連絡して。当日の八時間前までなら多少の無茶は利くから」
「オッケー、わかった」
微笑を浮かべたまま、俺は階段を上がって店外へと出て――
「…………」
表情を消した。
「で、ヒーロくん、怖い顔してどうするつもりだ?」
「決まってんだろ」
俺は、口端を曲げて、通りへと一歩を踏み出す。
「怖いことだよ」




